13

険しい雪道を歩き続け、一息つこうと近場の木を背に腰を下ろす。雪道はどうしてこうも歩きづらいのか。
早く春になればいいのにと悪態をつきながら白い息を吐くと、ぽとりとなにかが落ちてきた。見ると膝の上に見覚えのない花が乗っている。自然に笑みを浮かべそっと花を持ち上げた。

「気に入ったか八重子」
「うん、ありがとう積怒」

背後から投げかけられた予想通りの声に心があたたかくなる。きっと日に当たらないように木の陰に隠れながらこっちをじっと見ているのだろう。
いつからついてきていたのか。日の光に当たる危険性があるのだからついてこなくていいと言ったのに。

「いつも違う花をもってくるね、それに私が全然知らない花ばかり、冬でもこんなにいろんな花があるんだね」
「春になればもっと色鮮やかな花をもってきてやる」
「……積怒、無理しなくていいんだよ?別に毎回花をもってこなくても、」
「儂のやることになにか文句でもあるのか」
「ふふっ、わかったよ、次も楽しみにしてるね」

拗ねたように言う積怒が面白くて思わず笑ってしまうと、背後の気配がずいっと近づいてきた。慌てて立ち上がり後ろを振り返るとすぐそばに積怒が立っている。
日に当たるぎりぎりのところに立つ積怒に私のほうが冷や汗を流した。

「積怒、もっと下がったほうがいいよ、ちょっと危ないかも」
「八重子、この間可楽が言ったことを覚えているか」
「……え?」
「お前を疑っているという話だ」

積怒の言葉に私の気分は面白いように落ちていく。まさかあのときの話をされるとは思わなかった。あの話は私の中でもまだ解決できていないことで、しこりのように心の奥底に残り続けている。できればあまり思いだしたくなかったのに、残酷にも積怒はわざわざ口にしてきた。
積怒は常日頃、私がまだ彼を好きなんじゃないかと疑っている。きっと彼らの中で一番疑いの気持ちが強いのだろう。なにを言うこともできず俯く私に、積怒は静かに話し始めた。

「…可楽の言っていたことは儂の願いでもある、空喜と哀絶も同じだ」
「言葉が欲しいって…」
「そうだ」
「でも私、その言葉がわからない、ずっとそばにいるって言ってるのにそれじゃだめなの?」
「それではだめだ」
「一体なんの言葉が欲しいの」
「腹立たしい、お前は人間のくせにそんなこともわからんのか」
「人間とか関係あるの?」
「こういうことは人間のほうが理解していると思っていたが、どうやら違うようだな」

ふんっと馬鹿にしたように鼻を鳴らす積怒にむっとしたがなにも言い返せなかった。
たぶん、これは私が悪い。私がなにもわからないせいで、積怒たちが不安に思ってしまっているのだろう。そうだとしてもわからないものはわからないのだから、私にはどうすることもできない。積怒も、もったいぶらずに教えてくれてもいいのに。

「……積怒のケチ」
「なんだと?」
「ヒントくらい教えてくれてもいいのに」
「呆れるほどにぶいやつだな、こんなこともわからずにお前はあの小僧に懐いていたのか?」
「また彼の話?もうやめてよ」
「なにもわからんお前が悪い」
「……私、もう行くね」
「まて八重子、」

立ち去ろうとする私を呼び止めた積怒が不自然に口を閉じた。それから考えるように視線を巡らせ少しの間を置いたあと、不満そうに私を見つめてくる。
これは半天狗の本体からお呼びがかかったに違いない。私は少しだけ笑って肩をすくめてみせた。

「はやく戻ったほうがいいよ」
「八重子」
「じゃあ、また夜にね」

なにかを言いたそうに口ごもる積怒に軽く手を振って、日の当たる雪道を歩いていく。
強引に話を切り上げたがどうせ今日の夜も積怒とは会えるのだし、話の続きはそのときでも大丈夫だろう。私としては何度考えてもわからない話などもうしたくはないけれど。夜も積怒に怒られるのか。そう思うと自然と足取りが重くなる。振り返ると、すでに木の陰から積怒の姿は消えていた。





「……八重子」

歩きだして数分経った頃、思いもよらない声に飛びあがるほど驚いた。声のした方向に顔を向けると、目を見開いてこっちを見ている彼の姿がある。
いつの間に、いつからそこにいたのか。辺りに人の気配はなくひとりだと思って、なんの配慮もなく積怒と話してしまっていた。彼のただならぬ雰囲気に焦りが加速する。彼に、見られてしまったかもしれない。積怒と話す私の姿を。

「さっきのは、なんだ?あれは鬼だろう?なんで鬼とあんな、あんな普通に話してんだよ!!」

彼の叫びは深く私の心臓をえぐっていく。ああやっぱり、見られてしまっていた。
顔を俯けぎゅうっと着物の裾を握りしめる私に、彼はすべてを悟ったように乾いた笑いを吐きだした。

「そういうことか、ようやくわかったよ、お前は鬼と仲良くしてたってわけか、だから俺のことは振ったんだな」
「…まって、お願いだから話を聞いて、」
「いいや無理だ、もうなにを聞いてもお前を信じない、俺は自分の目で見たものだけを信じる、だってそれが真実なんだからな、そうだろう?」
「……」
「俺は鬼が大嫌いだ、八重子、お前も当然許さない」

殺意のこもった目で私を睨みつけると彼は素早く村のほうへ走り去って行った。きっと村のみんなに伝えに行ったのだろう。辺りを見渡すが積怒の姿はどこにもない。本体のもとへ戻ったのだから当然だ。

唇を噛みしめ天を仰ぐ。
今日の夜は、会えないかもしれない。

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