12

「八重子」

家の前の雪を片づけていたら背後から声をかけられた。振り返ると彼が軽く手を振りながらこちらに近づいてきているのが見える。
目の前まで来た彼は私と目が合うと、気まずそうに目をそらした。

「あーその、あいつらが来たんだって?大丈夫だったか?」
「……なにもなかったよ」
「そっか、なんかさ、あいつらが変なこと言ってて」
「変なこと?」
「お前の家にはばけものが住んでるって、まあ誰も信じてねえけどな」

そう言って気まずさを吹き飛ばすように笑う彼に、私も答えるように軽く笑った。表面上は普通に話しているが、もう以前のような仲のいい関係ではなくなってしまっていることは明白だった。
このぎこちなさがなによりの証拠。会話をしながらも彼は私を探るように見てくるし、私はばれないように必死に普通の態度を保っている。私と彼の間には静かな緊張感が漂っていた。

笑うことをやめた彼は白い息を吐くと一歩私に体を近づける。とうとう来た。私は覚悟を決めてぎゅうっと自分の着物を握りしめた。

「……俺になにか隠してないか?」

彼の目は嘘を許さないとばかりに、鋭く私を見つめてくる。私はなにもわからないふりをして瞬きを数回繰り返した。

「私がなにを隠すっていうの、いきなりどうしたの?」
「本当か?」
「本当だよ、ねえどうしたの?」
「…じゃあどうして俺を…」

彼はそれ以上口にしなかった。苦しそうに歪められた顔に心臓が針で刺されたようにじくりと痛む。彼はまだ、私を想ってくれている。その気持ちが痛いほど伝わってきたが、私がその想いに答えることはない。それはこの先もずっと変わらない事実だった。
以前はそれがたまらなくいやだったはずなのに、今はその事実を受け入れてしまっている。ちらりと半天狗の姿が脳裏をよぎった。

「…ごめん、私そろそろ家の中に戻るね」
「あ、ああ、わかった」
「じゃあ、またね」
「ああ、また…」

私が手を振ると彼もぎこちなく手を振り返す。唐突に話を切り上げた私を不審に思っているようだが、私は気づかないふりをしたまま家の中に入った。
彼はたぶん、私がなにかを隠していると疑っている。このままだといずれ半天狗のことが彼にばれてしまうだろう。彼はきっと鬼と一緒にいる私を許さない。彼のお父さんは鬼に喰い殺されたのだから。半天狗と一緒にいる私にも怒りをぶつけてくるに違いない。無意識に唇を噛みしめる。なんとしてでも、半天狗の存在を隠さなければ。

俯く私の視界に一本の長い指先が現れた。それは噛みしめている私の唇の上を楽しむようにすべっていく。

「そんなに噛みしめると血がでてしまうぞ」
「……可楽」
「なにかあったのか?八重子」

顔を上げるとにやついている可楽と目が合った。至極楽しそうに笑う可楽を軽く睨みつけると唇にふれている手を払いのけ部屋の中に入っていく。
なんて白々しい。私と彼が話していたところをすべて見ていたくせに。

「全部知ってるくせに」
「ああ知っているとも、お前があの小僧と親密に話しこんでいたこともすべてな」
「親密?どこをどう見ればそう見えるのよ、親密どころか彼に疑われてるんだから」
「ほお、そうか」
「…関係ないと思ってる?彼にばれたら村のみんなにもばれて大変なことになっちゃうんだよ、わかってるの?」
「それは大変だのう」
「もう…可楽はいつもそうだね、とりあえずこれからはあまり私の家にこないようにしてね」
「それは聞けん願いじゃ」

可楽の言葉が私の足を止めた。振り返ると私を見下ろす可楽の目が楽しそうに細められる。どうやら聞き違いではなかったらしい。

「どうして?彼にばれちゃうかもしれないんだよ?」
「さっきから小僧の話ばかりだな、そんなに小僧に知られるのが恐ろしいか」
「こ、こわいに決まってるでしょ!だってばれたら、」
「村人どもになにをされるかわからんと言うのだろう?人間が鬼と共にいるなど許されることではないからなあ」
「……可楽、怒ってるの?」
「儂が?なぜ儂が怒らなければならんのじゃ、積怒でもあるまいに」

可楽は笑っているが目は笑っていなかった。いつもの可楽ではない。ただならぬ雰囲気に怖気づきそうになりながらも必死に思考を巡らせた。
どうしていきなりこんなことに。私が可楽の癇に障るようなことをしたのだろうか。可楽はしきりに彼の存在を気にしていた。まさか。

「……可楽、私と彼の仲を疑ってるの?」

私の言葉に、可楽は挑発するように首を傾げにやりと口を歪める。その姿にかっと熱くなった衝動のままに声を張り上げた。

「なんで、なんでよ!可楽も積怒と同じなの!?私は可楽のそばにいるのに、これから先もずっとずっといるって言ったのに!!どうしていつまでも私を疑うの!?」
「儂だけではない、口にしないだけで空喜も哀絶もお前を疑っている」
「……なんで?どうして、」
「八重子、わからんか」
「わかんないよ、全然わかんない……」

可楽たちとはいい関係を築けていると思っていたのに、彼らは心の中では私を信じていなかった。その事実がどうしようもなく悲しい。私はこんなにも彼らを信じているというのに。もうどうすればいいのかわからない。村のみんなに半天狗のことがばれることよりも、彼らに信じてもらえないことのほうが何倍もつらかった。
うなだれる私の肩に可楽の額がふれる。耳のすぐそばで可楽の小さな声が聞こえた。

「儂は八重子の言葉が欲しい」

言葉とはなんだろう。ずっと前から何度も口にしている、そばにいるという言葉は可楽の欲しい言葉ではないのだろうか。わからない。可楽が、半天狗がなんの言葉を欲しいと思っているのか私にはわからない。

いつまでも口を開かない私に可楽は一度静かに息を吐くと、すがるように私の首筋に額をすり寄せた。

「……儂の欲しい言葉はひとつだけじゃ」

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