11

この日は朝から最悪だった。

「相変わらず薄暗い家ねえ」
「…なにしに来たの?」
「遊びに来たのよ、どんな男を連れ込んでるのか見てやろうと思って」
「隠さないで見せなさいよ、どうせ一緒に住んでるんでしょ?」
「ちょっと、まってよ!」

止める間もなくずかずかと家の中に入りこんできた女の子たちは、遠慮もなく辺りをくまなく見回し始めた。どうやら本当に私の家から聞こえてくる声の原因を探しにきたらしい。焦った私は視線をさまよわせ思考を巡らせた。
分裂体の彼らは昨日の夜から帰らずにまだ家の中にいる。きっと女の子たちの声も聞こえているはずだ。彼らが気を利かせて姿を隠してくれていることを祈るしかない。

「…なによ誰もいないじゃない、八重子、あんた隠してないで連れてきなさいよ」
「だから、誰もいないんだってば」
「じゃあ、あんたの家から男の声が聞こえてきたのはどういうことよ?納得できるよう説明して!」
「それは、」
「ほら!やっぱり男がいるんじゃない!」
「もういいからさっさと連れてきてよ!」

そう言って女の子が私の背中を押した瞬間、家の奥からひんやりとした冷たい風が流れ込んできた。その風に押されるように短い悲鳴とともに女の子たちが次々その場に倒れこんでいく。不自然にもその風は私を避けているようにも感じた。
この家がどれだけぼろかろうと、家の奥から風など吹いてくるはずがない。それじゃあ、この不気味な風の正体は、まさか。冷や汗が私の背を伝ったとき、今度は家の外で雷鳴が鳴り響いた。

「きゃああああ!!なに、なんなの!?雷!?」
「さっきの風もなに!?八重子!あんたの家どうなってんのよ!!」
「さ、さあ…」
「見てよあれ!!」

女の子が声を上げ指をさした方向にみんな一斉に顔を向ける。そこには薄暗い廊下に大きな翼を広げて佇むなにかがいた。そのなにかはうまい具合に影に覆われていて顔を確認することすらできない。女の子たちは恐怖のあまり声もでないのか、固まったままただじっと廊下に佇む者を凝視していた。
重苦しい静けさが漂う中、影に覆われたそれは大きな翼を見せびらかすようにゆるりと広げる。その瞬間、家の外で再度激しい雷鳴が轟いた。

「きゃああああ!!」
「ば、ばば、ばけものー!!」

喉がつぶれるほどの悲鳴を上げながら、女の子たちは家の外へ走り去って行った。
嵐が去ったあとのように静けさを取り戻した家の中で、ぽつんとひとり取り残された私は深いため息をつく。廊下から聞こえてくる笑い声に頭を抱えた。

「…空喜、なんてことをしてくれたの」
「カカカッ!なにをうなだれておるのだ!八重子も見ただろう?あいつらの恐怖に歪んだ顔を!」
「空喜、お前はただ突っ立っていただけだろうが!すべては儂のおかげよ、儂の風がなければあそこまで怖がらせることもできなかったに違いない!」
「なにを得意気に…腹立たしいやつめ、こんな子供騙しであいつらが八重子に寄りつかなくなると思うのか、排除するならば徹底的にやらねば気が済まん」
「これ以上やると村人どもの生死にかかわる、八重子との約束を破るつもりか積怒」
「なにもせずただ見ていただけのやつが偉そうな口を叩くな」
「ただ見ていたわけではない、儂はお前たちが間違いを起こさぬよう見張りをしていた」
「物は言いようだな」
「みんな、無茶苦茶だよ…」

呆れたように呟くと騒がしかったみんなの口がぴたりと閉じ、視線が一斉に私に向けられた。込み上げる思いをそのままに私は口を開く。

「私の家、ばけもの屋敷だって言われるようになっちゃったらどうするの」

叱るように言いながらも、私の顔には隠しきれない笑みがこぼれていた。
近づく哀絶の手が私の頬を優しく包みこみ、そっと額を合わせる。

「そうだ、お前はいつもそうやって笑っていればいい、八重子には笑顔が一番よく似合う」

ぱちりと瞬きをした哀絶の瞳がやわらかく私を見つめた。
もうなにを噂されても怖くない。こんなにも晴れやかな気持ちになれたのは随分久しぶりのことだった。

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