諦める人のきらびやかな日常


「宗次郎ー、もう無理、もう疲れたー」
「もうですか?さっき休んだばかりですよ、もうちょっと頑張りましょうよ」
「さっきって、半日前に休んだだけなんですけど、半日も休まず歩いてるんだから少しくらい休ませてほしいんですけど」
「ああ、もうそんなに歩いたんですね、でも僕はまだ疲れてないし早く仕事も終わらせたいしなあ、んーじゃあこうしません?」
「はい?」
「僕とかけっこしてあなたが勝ったら一休みとしましょう、でも僕が勝ったらこのまま歩き続けます、これで公平に決められますね」
「どこが公平!?確実私の負けに決まってるじゃん!足の速さであんたに勝てるわけないし!不公平だ不公平!」
「いやだなあ、僕だってこんなとこで本気は出しませんよ」

いつも通りにこにこと笑みを浮かべる宗次郎に疲れがどっと増した気がした。宗次郎が本気なんか出さなくても私が宗次郎にかけっこで勝てるわけがない。そんなことわかってるくせにこいつめ。ようは宗次郎には休憩する気がまったくないということ。さっさと志々雄様に頼まれた人探しを終わらせて帰りたいらしい。
そんなに私とふたりっきりでいるのが嫌なんですかねえ。はいはい、わかってますよ。どうせ私はただのお飾りです!

「もういいよ、休まなくていいです、歩きます」
「いきなり素直になりましたね、いいんですか?僕とのかけっこに勝てば休めるのに」
「だから勝てるわけないし、走ったら余計疲れるからいいよもう」
「そうですか、じゃあこのまま歩きましょう」

微笑んだ顔を前へと戻し再び歩き出す宗次郎の後を後ろからのろのろとついて行く。前を歩く宗次郎には疲れというものが微塵も感じられない。さっきと同じく軽快に歩いて行く様を見てやっぱりこいつは化け物だと鉛のように重い足を引きずりながら思った。
前を歩く宗次郎との距離が少し開きすぎたなとよたよたと歩くスピードを上げると、いつの間にか宗次郎が私の隣に。横を見上げると気にせずにこやかな表情で前を見ている宗次郎の横顔が。なぜか歩くスピードが私に合わせられていることに気付き首を傾げる。

「宗次郎、どうしたの?」
「いえ、あまりにあなたが遅いものですからゆっくり歩くのはそれほどいいものなのかなあって」
「それ嫌味?絶対嫌味だよね?私だって疲れてなかったらもっと早く歩くっての!」
「仕方ないですねえ、それじゃあ少し休みましょうか」

思いもしなかった宗次郎の言葉に私は目をキラキラさせて近くの草むらへダイブ。半日振りに寝転がったため、その気持ち良さにごろごろしていると熊みたいですねと笑いながら隣に宗次郎が腰を下ろしてきた。
いや、熊ってちょっと。どんな表現だ、人間じゃなくなってるんですけど。

「あー、ぽかぽかして気持ちいー」
「今日は天気もいいですからね」
「…宗次郎ちょっと背伸びたよね?」
「そうですか?」
「うん、たぶん伸びてる」

寝転がっていた体を起こし宗次郎に肩を寄せ頭の位置を確認する。あ、やっぱりこいつ伸びてる。私とそんなに身長変わんなかったのに、こいつはこのままどんどん伸びていくんだろうな。宗次郎のくせに。
そのまま何気なく目線を頭から宗次郎の顔に向けた瞬間、その異常な顔の近さに慌てて少し距離をとった。ち、近い近い近い。まさかあんなに、あんなに近くに宗次郎の顔があったなんて。おおお落ち着け私。ばくばくと音をたてる心臓と茹でダコのように赤くなる顔を必死に押さえようとしている私を見て宗次郎はどうしたんですか?と何食わぬ顔で笑っている。この野郎。え、あれ?なんか近付いてきてるような、ちょ、だからくるなって!

「顔が赤いですよ?」
「ち、ちが、いいからちょっと離れて下さい、ほんとに!」
「額も少し熱いですね、おかしいなあ、さっきまで風邪なんてひいてなかったと思うんですけど」
「だあああ!!さ、触んないで!はっ離れろ!」
「あ、でもこの心臓の音は異常ですね、すごいドキドキしてますし」
「ギャアアア!!ちょ、どどどこ触ってんの!」
「あれ、僕だけじゃなくあなたも成長してるみたいですよ、前触ったときより少し大きく、」
「やめろー!!」

人の胸に手を置いたかと思うと心臓の音がすごいとか言いながらいきなり揉んできやがった。しかも遠慮無しに鷲掴み。もう爆発寸前の私は混乱しながらも宗次郎の手を払いのけ一気に距離をとった。そんな私を見てまたもや軽く笑いだす宗次郎。
こ、こいつ。この前だって今だって断りも無しに勝手に人の胸触ってくるなんて。いや、断ったらいいというわけじゃないんだけど。にこにこ。何の悪びれもなく笑顔でさらりとそんなことをやってしまう宗次郎に、私はいつも振り回されっぱなしだ。

悔しい。いつもいつも宗次郎に遊ばれてる感じがして。たまには私が宗次郎を振り回してみたいな、なんて。私が宗次郎を振り回す、なんていい響きだ。よし、それじゃあちょっとやってみようかな。

「宗次郎」
「なんですか?」
「だ、大嫌い」
「いきなりですね」
「そ、宗次郎なんてだいっっきらい!」
「ひどいなあ、僕そんなに嫌われるようなことしましたか?」
「と、とにかく嫌いです!」
「僕は嫌いじゃないですよ」

宗次郎の言葉に急いで振り返ると、宗次郎はいつの間に立ち上がっていたのか私の目の前に手を差し伸べそろそろ行きましょうかとにっこり微笑んでいる。さっきの言葉の意味が気になり宗次郎を見つめるが、あっさりといつもの笑みでかわされてしまった。
やっぱりこいつはこんな奴なんだ。いつも突然、突拍子のないことをして私を困らせる。もうそろそろ慣れてもいいはずなのに、なかなか慣れやしない。私が宗次郎を振り回すなんてできるわけなかったんだ。
差し伸べられた綺麗な手に、そっと自分の手を重ねた。

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