叩きつけた手袋を拾いなさい


あまり好きではない人間がいた。
そいつは半年くらい前に転校してきたちっちゃい男。タレ目で髪の毛染めてるしピアスもしてる。それでもそいつの周りはいつの間にか人で溢れ返っていた。噂でこいつは転校を何度も繰り返しているらしいことを聞いた。転校慣れか。どちらにしろ、こいつの性格は明るく人懐こいおかげで私の学校でもこいつはたちまち人気者になった。
それは私も例外ではなく、まったくその気がなかったにも関わらずそれは何の前触れもなく突然訪れる。

「お、初めて隣の席になったな!これからよろしゅう!てか俺の名前知っとる?」
「うん、二ノ宮くんでしょ」
「かー!つれへんなー、みんな俺のことニノって呼んでんで」
「ふーん、そっか」

対して興味のない返答をする私に二ノ宮くんは苦い顔をして呼ぶ気ないやろと笑ってみせる。そんな二ノ宮くんに私は誰でも見ればわかるであろう愛想笑いをした。私のクラスの席替えは一ヶ月に一度。大丈夫、あと一ヶ月我慢すればこの席ともおさらばだ。
それまでこの人とはあまり関わらないようにしよう。基本誰にでも馴染みやすいこういうタイプがあまり好きでもなかったし、なによりまたすぐに転校してしまう人間なんかと深く関わったところで何か残るわけがない。そう思っていた、はずだったのに。

「なあなあ、ここってなに?なにゆうてんのか全然わからんねんけど」
「二ノ宮くん、そこさっき先生が教えたばっかのとこだよ」
「せやかてわからんもんはわからんー」
「…教科書のここ見ればすぐわかるから」

仕方なく開いていた教科書を指差し適当に説明をする。それを隣であまりにも真面目な顔して聞いてるもんだから少しだけ噴出しそうになった。二ノ宮くんも真面目になるときあるんだなと失礼なことを考えて再び隣を見るとそこには満面の笑顔。一瞬どきりと心臓が高鳴ったと同時に二ノ宮くんが私の顔を見つめてきた。

「おおきに!なんやこれ簡単なんやな、ようわかったで!」
「そ、それはよかった、です」
「え、なんでいきなり敬語?」
「いや、だってニノが」

言った瞬間しまったと私は急いで口に手を当てる。赤くなってしまったであろう顔を隠すため必死になって喋った言葉はすべて逆効果となってしまった。つい口をついて出たニノという言葉。きっと私以上に彼のほうが驚いているだろうと恐る恐る顔を上げる。案の定、目の前には驚く二ノ宮くんの顔があった。

「あ、あの、えっと」
「初めてやな!」
「え、」
「んじゃ改めてこれからよろしゅう!」

にっこり笑って二ノ宮くんは私の頭を軽く撫でた。それを見ていた周りのクラスメイト達からの冷やかしにたえられなくて、すぐに二ノ宮くんの手を退けて授業に集中する体制に入る。尋常じゃない心臓の動きと熱すぎる頬。恥ずかしいのとそれから嬉しいのとで。

ニノ。それはまるで魔法の言葉だった。そう私が呼んでからニノは私によく話しかけてくるようになって、私もそれを鬱陶しく思うことがなくなっていた。前はあんなにも苦手で関わりたくないと思っていた人だったのに。ニノが隣の席にいてニノと話ができてニノが笑ってくれて、それだけで毎日が凄く楽しく思えてしまった。
ニノ少し背伸びたんじゃない?そうか?うん、私よりは大きくなったね。当たり前や。ていうかニノってバスケうまかったよねたしか、バスケ部入らないの?ええねん、もう部活は入らんって決めてるしな。へえ、もったいない。そうかー?うん、あ。

「ニノ、手すごい荒れてるよ」
「おー、最近なんか痛いねん」
「それは痛いでしょ、クリームとか塗ればいいのに」
「残念、もってない」
「あ、じゃあさ私が手袋作ってあげるよ、今いろんなの編んでるからついでに」
「ええんか!?つーかついでってなんやねん!」
「いらないの?」
「うそうそいります!」

じゃあ来週の月曜日に作って持ってくるね。
私とニノの約束。ニノはいつものようにタレ目で円を作りにっこり笑った。それにつられて笑う私の笑顔はもう愛想笑いじゃない。自分でも驚くほど私とニノは仲良くなっていた。お互いがいい友達。それでいい、それでよかった。同じクラスにニノと一緒にいられるなら、それ以上を望まなくても充分満足だった。

ニノは何色がすき?なんでもええよ、かめへんかめへん。なんでもいいが一番困るんだけど。えーそうかー?そうだよ。んーお前が作ってくれるもんならなんでもええんやけどなー。え?だから、お前が作ってくれんならなんでも大事にするってゆうてんの、いちいち言わすな!あーハズカシっ!変な声だすなバカニノ、わかったから。
わかったよ、ニノがそう言うなら。

返事と共に切られた携帯。さっきまでニノの声が聞こえていた携帯を手に私の口は無意識に緩んでいく。頬に手を当てると思っていたよりもずっと熱かった。心臓がうるさい。それなのににやつく口元は抑えきれず私は携帯をぎゅっと抱き締めた。まったく、なんてことを言ってくれたんだあのバカは。
それから数時間後。ほとんど完成間近になったニノの手袋を編んでいるとまた携帯が鳴った。見るとそれはニノからのもので私は急いで携帯に手を伸ばす。

「どうしたのニノ」
「あー、その、俺の手袋あとどんくらい?」
「もうできるよ、たぶん明日の日曜日までには絶対できると思う」
「ほんなら明日!明日会わへん?」
「うん、いいよ、てかもしかしてニノ月曜日まで手袋待てないとか?そんなにほしいの?」
「おう、めっちゃほしい」

最後の言葉は笑っていなかった。たぶん真剣に答えてくれたんだと思う。少しも偽らず素直に自分の気持ちを告げるニノに私も明日、自分の気持ちを言ってみようかなと考えた。今日だけでニノはたくさんのことを私に言ってくれたから、手袋を渡すときに一緒に言ってもいいよね。

それから編み続けてやっとで出来上がった手作りの手袋。ニノの手が荒れないようニノの手を守ってくれるように大切に作ったもの。私が作ったニノだけの手袋。きっとこれを渡したらニノはすぐに手に被せておおきにと言っていつもみたいに笑ってくれるんだ。嬉しそうに笑うタレ目の彼の笑顔を想像していた。
それはすべて私の予想。これが覆ることなんてありはしないはずだった。目の前には笑顔のニノではなく悲しそうな顔をしているニノの姿。私が作った手袋はニノの手にはなく無残にも道路に叩きつけられている。それをやったのはすべて私自身。ふいに目頭が熱くなった。

「なに、それ」
「…ごめん」
「どういうこと?」
「ほんま、かんにん」
「謝ってばっかいないでちゃんと理由言ってよ!」

俺、転校することになってん。
ニノはそう告げ私に謝罪する。明日にはもうこの土地からいなくなるらしい。次の転校先はかなり遠いから会うこともできなくなる。だから会わずにさよならよりはちゃんと会ってさよならしたかったのだとニノは言った。お前だけにはさよなら言いたかった。と小さく呟いて。

「私は、最後だからってこの手袋作ったんじゃないの!ニノの手が荒れないように作っただけで、転校なんてそんな」
「うん、ごめんな」
「なんで!なんでいきなり」

こんなことなら、ニノに関わらなければよかった。最初のときのようにニノに背中を向けて二ノ宮くんのままで。
ふとニノが私の前でしゃがみこみ私が叩きつけた手袋を拾い上げ立ち上がる。ニノは何も言わずに手袋を軽く叩いてそれを両手に被せた。

「あったかいな、これなら手荒れんで。おおきに」
「あげない、ニノなんかにあげない!返して!」
「無理や」
「返して!」
「返さん」

絶対返さんよ。お前がくれたもんやから、一生大事にする。
言ったからには一生大事にしなさいよ、なくしたりしたら承知しないからと声にならない声で呟きニノを見上げると、ニノは嬉しそうに笑顔を浮かべ彼のタレ目には綺麗な涙が浮かんでいた。

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