勝利の女神になってくれ


また行けなかった。
ヤックと付き合い始めて二ヶ月は経ったと思う。ヤックはバスケ部ですごい活躍してて、そんな自分の勇姿を私に見てもらいたいんだと思う。ことあるごとに私に試合を観にこいと誘ってくるから。それは練習試合も含めて。でも私はいまだに一度もヤックの試合を観に行ったことがなかった。理由なんてそんなの、私の醜いものでしかないけど。

「昨日もこなかったなお前」
「…うん」
「なんで?」

試合があった日の翌日の帰り道、いつもより気まずい雰囲気が私とヤックの間に流れていた。いつもはヤックの隣を歩いている私。今はヤックの半歩後ろを歩いている。ヤックは怒ってる。そんなこと顔を見なくても声だけでわかる。そんなヤックの隣なんて歩けない。恐くて、歩けない。
なんでと問われたことになにも答えることができなくて、私は俯けていた顔をもっと俯ける。ごめん、その言葉が口をついて小さく呟かれた。私の謝罪の言葉を耳にし、前を歩いていたヤックの足がふと止まった。どきっと心臓が跳ねて私もヤックに続くように足を止める。無意識のうちに手は震えていた。

「お前、そればっか」
「……」
「そんなに来たくねえならもういいし」
「ま、まって」

歩き出すヤックに慌てて声をかける。必死になってヤックに向かって伸ばした手は無残にも振り払われた。ヤックは私を見ようともしない。ついてくんな、ただそれだけを言ってさっさと歩いて行ってしまった。ヤックに払われて少しだけ痛みを感じる手を握り締め私はゆっくりと歩を進める。私が悪いのに、バカみたいに涙があふれた。

その夜。ヤックからメールも電話もこなかった。何度か私からメールを送ったけど返ってくる様子はない。嫌われた。ヤックに嫌われたんだ。もうごめんって言ってもヤックは許してくれないもう戻ってこない。ヤックに嫌われた。
ベッドに潜り込み枕に顔を埋めながら鬱陶しくも流れ続ける涙をそのままに、こんなことなら素直にヤックの試合を観にいけばよかったと後悔した。私だって行きたかった。ヤックが活躍する試合を観に行きたかった。でも。

いろんな女の子がヤックのことを見てかっこいいって、応援してるとこなんて見たくない。ヤックに秘密で応援しに行ったときもたくさんの女の子がヤックのことをすごい応援してて、そしたらヤックの彼女は私なのにとか、ヤックのこと見ないでとか、ヤックの名前呼ばないでとか。そんなことばっかりどんどん私の中に広がっていって。
結局その日はヤックの勇姿なんて観ることなんてできずにすぐに帰ってしまった。ヤックはバスケを頑張ってやってるのに、私は周りのことばかり気にして汚いことばかり考えてしまっていた。自分がこんなに醜いことを考える人間だなんて知らなかった。知りたくなかった。ちゃんと心の底からヤックのことを応援したかった。

それから数日。いつも一緒だった朝も帰りも、ヤックは用事があると言ってひとりで登下校するようになった。だから私もひとりで登下校する。たぶんもう無理なんだ。私とヤックはもうだめなんだ。別れてなんて言われるのはそう遠くないだろう。でもヤックはモテるからきっとすぐに彼女ができるんだ。
そこまで考えてまた泣きそうになるのを必死に我慢していたら、友達がバスケ部のことを教えてくれた。今週の土曜日にも練習試合があるらしい。友達は行くらしく私を誘ってくれていて、私は最後だからと小さく頷いた。

練習試合当日。私は友達と一緒に試合会場へと来ていた。私達のほかにもやっぱり女の子達がたくさんいて、すぐにでも逃げてしまいそうな気持ちを振り払いながら私はギャラリーから、体育館で試合を始めているヤック達を見下ろしていた。
ヤックがどこにいてもすぐにわかる。初めて観るヤックのバスケ。すごいな、ヤックってこんなにすごい人だったんだな。知らなかった。なんてもったいない。こんなにすごいヤックを知らなかったなんて、本当に私はバカだ。
最初は嫌でも耳に入ってきていた女の子達の声援も、ヤックのバスケに夢中になればなるほど聞こえなくなっていって、私は完全にバスケだけに集中していた。ヤックにボールが渡ったことに気づくと、ほかの女の子達の声にかき消されないくらいの大きな声が私の口から飛び出していて。

「ヤックー!!」

私の突然の大声に隣にいる友達も酷く驚き私に声をかける。私もなんで大声だしたんだろうとだんだんと恥ずかしくなってきて、気を紛らわすようにヤックに視線を送ると、ばちっとヤックと目が合った。ヤックが見てる、私を見てる。
見つかったとか、どうしようとか。そんな不安なんて考えてる余裕ないくらい、私は目の前で繰り広げられる光景に引き込まれていた。私と一瞬だけ目を合わせたヤックはそのままボールを綺麗に放り、それは吸い込まれるようにリングの中へと入って行く。その光景がたまらなく綺麗で、目が離せなかった。

試合はヤック達が勝って終わった。応援していた人達はだんだんと帰って行き、私も友達と一緒に帰ろうとギャラリーを後にした。ヤックすごかったな。ほんとにすごかった。ヤックは私を見てなんて思ったかな。最近は一言も話してないからやっぱり嫌だったよね。でも、これが最後だから。

混雑している人だかりから、友達にちょっとトイレ行って来ると告げ体育館付近に設置されているトイレへと向かう。お手洗いを済ませトイレから出て友達がいる場所へと戻ろうとした瞬間、大声で名前を呼ばれた。驚きながら声のしたほうに顔を向けるとそこには必死になって汗だくのまま私に駆け寄るヤックの姿が。うそ、なんでヤックが。だってヤックはまだ先生達と話してたのに。
私のすぐ目の前まできたヤックは、息を整え私を睨みつける。その剣幕に一歩後ずさるとそれを許さないとでも言うようにヤックに腕を掴まれ、そのままヤックの広い胸の中に引っ張られた。ヤックの体は驚くほど熱くて汗はまだ引いていない。久しぶりのヤックの匂いに包まれ、私はそっとヤックのユニフォームの裾を握り締めた。

「ヤック、まだ出てきちゃだめなんじゃ」
「あー、お前のせいで呼人に説教されんじゃねえか」
「ご、ごめん」
「つーかなに?あんなでかい声で俺の名前呼ぶとか、恥ずかしくねえのかよお前は」
「あ、あれは、勝手にでちゃ、」

あたふたと弁解しようとする私の口を塞ぐようにヤックは優しく口付けを落とす。久しぶりのキス。ヤックのユニフォームの裾を握っていた私の手に力が入る。
顔を離してヤックの顔を見ようとしたのに、ヤックはそんなこともさせてくれずにすぐにまた私を抱き締めてきて。苦しいくらいに抱き締めてくるヤックの大きな体に、私も身を預けた。

「…試合、観にこれんじゃねえか」
「う、ん」
「またこいよ」
「うん、でも、また大声、だしちゃうかも」
「だせば?俺の名前限定だけど」

お前がいたら、すっげー頑張れる。
耳元でそっと呟かれたヤックの言葉は、魔法のように私の中に溶け込んでいった。

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