ふれたくて、とどかなくて


あいつを見てると嫌気がさして、そのたびにオレは、ヘッドホンから流れる曲に集中していた。

「おいシャニ、おっさんから呼びだしだぜ。さっさと起きろよ」

自室でCDを聴いていたらオルガの大声が廊下から聞こえてきた。オレはうんざりしながらもCDの電源を切り、廊下で待っているだろうオルガのもとに行く。廊下に行くとオルガと一緒にクロトもいて、オレ達はおっさんのとこに歩いて行った。
おっさんのとこに着くと、おっさんはあの気持ち悪い笑みを浮かべてオレ達のほうに歩み寄ってくる。

「あー、君達。あと少しでモビルスーツの整備が終わると思いますから、最終チェックをしに行って来て下さい」

それだけ言っておっさんは足速に去って行った。
オレ達は面倒くさがりながらも、モビルスーツのところに向かう。

「最終チェックなんてさあ、別にやんなくても大丈夫だってーのに。あーあ、めんどくせえ」
「うっせーよクロト。毎回てめえの機体が一番ぶっ壊れてんだからしっかりチェックぐらいしろよな」
「はあ!?ドカドカ撃ってるだけのオルガには言われたくないね!オルガに比べたら僕のほうが多く敵倒してるし!」
「バカかてめえ!オレのほうが多く倒してるに決まってんだろ!!」

どうでもいい事をぎゃあぎゃあわめいてるふたり。モビルスーツのとこに行くとなると、決まって始まるふたりの口喧嘩。
理由は単純。あいつに会えるから。モビルスーツの整備士をやってるあいつに会いたいから。こいつらは気づいてないと思うけど。

「おーい!整備終わったー?」

目的地に着くと早速クロトがあいつに話かけていた。
その声に反応して、レイダーの中からひとりの女がでてくる。

「クロト!レイダーは終わったよ、最終チェックしてみて!」

そいつはオレ達のほうに走り寄りながら、嬉しそうに大声で言った。

「わかった!サンキュー!!」

クロトは少し頬を染めてレイダーのほうに走って行く。
あの生意気なクロトがきもいくらい嬉しそうに笑ってた。

「なあ、カラミティは?」
「あっ、そうそう!カラミティなんだけどね…」

今度はオルガがあいつに話しかけている。いちいちイライラしてるのも変だから、オレはさっさと自分の機体のフォビドゥンの所に行く事にした。
フォビドゥンのコックピットの中に入り、コンピューターを使って最終チェックをする。少し顔を上げると、カラミティのコックピット付近で何かを話しているオルガとあいつの姿が見えた。
イライラする。あいつを見ると必ず現れる心のざわつきがむかつく。
自然とキーボードを打つ指が速くなっていた。

「……シャニ」

突然聞こえた声に驚き、瞬間的に顔を上げた。

「シャニ、あの、フォビドゥンの整備まだ少し残ってるから、ちょっと待って…」

そう言って申し訳なさそうにフォビドゥンを整備していく。
オレは黙って整備をしてるそいつを見ていた。

「…シャニ、終わったよ」

何分かしてそいつが顔を上げてオレを見て言った。ずっと見ていたわけだから当然目が合ってしまい、オレは返事もせずすかさずキーボードを打ち始める。
オレが最終チェックしてるにもかかわらず、そいつはオレの前からいなくなろうとはしなかった。
いつまでいるんだ。さっさとクロトとオルガのところに行けばいいだろ。

「…あ、シャニ、そこ違うよ」

イライラしながらキーボードを打っていたら、弱々しい声がオレの頭の近くから聞こえてきた。
顔を上げると、そいつは申し訳なさそうに少し体を近づけて指をさしてくる。

「ここは、最初にこの作業をして…」

途切れ途切れに言葉を発し、オレが間違えた箇所を指摘してくる。そいつの指は微かに震えていた。
なんなんだよ、こいつは。ほかのふたりには普通なくせに、なんでオレと話すときだけ態度が違うんだよ。びくびく震えて、そんなにオレが怖いかよ。
うざいんだよ、見ててむかつくんだよ。

「シャニ…っ?」

気がついたときには、オレはこいつの手を払っていた。
右手を抑えながら目を見開き、オレを見るそいつ。オレは舌打ちをしてコックピットから出て行った。

「シャニ!」
「あ?なんだ、あいつ」

あいつの声とオルガの声が聞こえたけど、オレは無視してその場から去って行った。
人通りの少ない廊下を歩きながら、オレはたえられないイライラを必死におさえていた。
あいつに会うといつもムカムカする。ただの整備士のくせに。
オレは一発壁を殴り、その壁に寄りかかった。
うざくてうざくてたまらない。あいつをどうにかしないと、オレのイライラはおさまらない。
あいつをどうにかしないと。

「シャニ…」

背後から聞こえてくるか細い声。あの女だ。
オレはわかっていながらも、ゆっくりと振り返った。そいつは息を切らせながらオレの少し後ろにいる。

「…シャニ、あの…」

ゆっくりゆっくり言葉を選びながら喋るこいつ。
びくびく怯えて、いい加減うざったいんだよ。

「シャニ?ちょっ…」

オレはこいつの手を引っ張って人気のない個室に入った。
すぐにこいつを壁に押しつけ、両手を押さえつける。

「シャニ、どうしたの…?」

怯えた目でオレを見上げるこいつ。
声も震えていた。

「……黙れよ」

オレは冷たく言い放つと、何かを言おうとしているこいつの口を塞いだ。
驚きからかびくんと反応する女の体。オレは構わず無理矢理舌をねじこんで、女の口内を舌で掻き回す。

「…んっ……ゃ…」

口の角度を変えるたびに溢れる甘い声。オレはわざと乱暴にキスをしてこいつの下唇を切った。
じわりと血が滲み、女は一瞬顔を歪める。
今度は首元にキスをし、手を服の中に入れて行く。

「や、やだ、さわらないで…っ!!」

気がつくと、こいつは泣いていた。

「うっ、やだよ…っ」

頬に一粒の水滴が落ちる。声を殺しながら泣いているこいつ。
なんで泣くんだよ、いつも笑ってんじゃん。クロト達を見つけると嬉しそうに笑ってんじゃん。
なんでだよ、なんでオレには笑ってくれないの。
笑ってよ。

「シャニ…?」

オレはゆっくりとこいつの瞼にキスをした。頬に伝う涙にも優しくキスをしていく。
ただ、涙を止めたかった。

小さく呟くのは、始めて口にするこいつの名前。

「シャニ、今、私の名前…」

続きの言葉を言い終わる前に、オレは血が滲んでいるこいつの下唇に優しく口づけた。
そして、ゆっくりとキスを交わす。
オレはこいつの肩に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめた。

「シャニ…」

こいつは優しくオレを抱き返してくれた。

「……ごめん…」

言葉と同時に強くなる、こいつを抱きしめる力。

「私、シャニに嫌われてるんだと思ってた…」

こいつの言葉に一瞬体を強張らせた。
嫌い?オレがお前を?

「……嫌い、じゃない…」

無意識にオレの口からはこんな言葉がでていて。

「…よかった、私、シャニに嫌われてなかったんだね、よかった…」

こいつは心底安心したのか、オレをぎゅっと抱き締め頬を寄せてきた。

「私、シャニが好き…」

こいつはオレから体を離し、にっこりと優しく微笑んでくれた。
君の笑顔が見たかった。オレにも笑いかけて欲しかった。ずっと君に必要とされる存在になりたかった。
オレの頬に一粒の涙が流れる。

もう、届く事のないと思っていた君に、届いて、ふれて、優しく抱きしめて。

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