逮捕状、きみがすきです


今日は朝から最悪な日だった。いつもはちゃんと時間通りに起きるのに今日に限ってありえないくらいの寝坊。急いで朝ごはんを食べながら見た星座占いでは堂々の最下位。そんなことにショックを受けながらもともと運動なんて得意じゃないのに全速力で走ってしまい案の定、盛大にこけてしまった。痛すぎる。

足を引きずりながらやっとの思いで学校に着くも、すでに遅刻確定となってしまっている事実に、私は大袈裟にため息をつき肩を落とした。なんでこんな日に限って遅刻なんてしてしまったのだろう。今日の朝は席替えがあったのに。
盛大にこけてしまったことにより強く打ち付けた両膝を気にしながら自分の教室へと向かう。じんじんと痛みを感じる自分の両膝を見ると、幸い血は出ていないものの何とも痛そうなほど青くなっていた。こんなわかりやすい怪我恥ずかしすぎる。きっと今日はろくなことがないんだ。

今日一日はなるべく大人しくしていようと密かに決意し、まだ朝のホームルーム中であろう教室のドアをゆっくりと開ける。その音に反応し生徒と担任が一斉に私のほうに顔を向けた。はっ恥ずかしい。遅刻するとこんなに恥ずかしいなんて。注目されるなんて嫌だ。今後は遅刻なんてしないように絶対気をつけよう。
だんだんと顔に熱が集まるのを感じつつ、すでに終わってしまっている席替えで変わった自分の席を探していると担任から新しい席を教えてもらい、みんなの視線から逃げるようにその席へと移動した。よかった、新しい席は一番後ろの窓際だ。
今日は最悪な日だけど席替えだけは最高だと胸を躍らせながら新しい席に着き、再開される担任の話に耳を傾ける。自分の頬に手を当てると熱い感覚が伝わってきて私は顔の熱を冷ますように手で扇いだ。あ、そうだ。隣の人って誰だろう。

ふと疑問に思い隣に気付かれないようにと横目で見た瞬間に訪れる絶望と驚愕。そのあまりの驚きに私は顔を扇いでいた手をぴたりと止めてしまった。すぐさま視線を前に向け下唇を噛み締める。やっぱり今日は厄日だ。
私の隣の席。そこには今まで一度も話したことがなく全体的に恐い印象しか私にはない、出来れば関わりたくないと思っていた人、八熊くんの姿があった。
早くホームルームが終わればいいと思っていた私の願いが通じたのか、すぐにホームルームが終わりそれと同時に騒ぎ出す教室。私もすかさず離れてしまった友達の席へと移動し助けを求めた。

「おはよー、遅刻とか珍しいね、なに?寝坊したの?」
「う、うん、いや、それはいいんだけど、せっ席が」
「席?席がどうかしたの?」
「その、よかったら替わってくれない、かな?」

精一杯の思いで友達にお願いをしながら、自分の背後を誰かが通った気がして何気なく振り返る。私の背後を通り過ぎようとしているその大きな人物と目が合い私はすぐに顔を背けてしまった。どうしよう。八熊くんだ。もしかしてさっきの話聞かれてた?さっき私のこと睨んでたのかな。こわい、こわ、い。
友達の返事が曖昧なまま休み時間が終わり、授業の時間が来てしまった。友達と小さく手を振り合いながら重い足取りで自分の席へと近づいていく。やっとの思いで席に着き先生が教室に入ってきても私はずっと顔を下に俯けたまま。教科書とノートを凝視する。

こんな日がこれから毎日続くんだと考えれば考えるほど気が重くなり、私は持っているシャーペンをぎゅっと握り締めた。そのとき、自分の足にこつんと何かが当たった気がして軽く椅子を引き足元を覗き込む。そこには身に覚えのない消しゴムがひとつ転がっていた。
机の上を見ても私の消しゴムはちゃんとある。それじゃあこの消しゴムは。そこまで考えた私は恐る恐る顔を上げ、隣に座る人物に目を向けた。

「とって」

たった一言。無愛想に笑いもせずにそう告げる八熊くんの言葉に促されるまま、私は消しゴムを拾い上げ八熊くんの机に置こうと手を伸ばす。それを遮るかのように大きな八熊くんの手が私の前に差し出された。私は戸惑いながらもそっとその手に消しゴムを乗せ、八熊くんはそれを大きな手で包み込む。

すぐに机に向かい、先生が黒板に書いた内容をノートに書き写すことだけに集中しようとしたとき、なぜだか視線を感じてまさかと思いながらも隣に顔を向ける。そんな私の予感は見事的中していて、八熊くんとばっちり目が合ってしまった。
すぐに顔を伏せて私はシャーペンを握り締める。八熊くんすごい睨んでた。やっぱりこわい。こんな席いやだ。
自然とあふれ出しそうになる涙を必死に堪え、次の休み時間も友達に席の交換をお願いしようと考えていると、また隣から声をかけられ私は目を合わせないように八熊くんに顔を向けた。

「教科書見せてくんね?」
「ど、どうぞ」

教科書忘れたなら休み時間のうちに違うクラスの人から借りてくればよかったのにと心の中で悪態をつきながら、教科書を差し出すとお前はどうすんだよと言われた。確かに八熊くんに借したら私の教科書が無くなっちゃうな。でもそんなことどうでもいい。この授業だってあと少しで終わるし、たぶんもう教科書はあまり使わなさそうだから。
頭の中でべらべらと言い訳を並べていると、何も返事を返さない私に痺れを切らしたのか八熊くんは強引に私の机と自分の机をくっつけてきた。私と自分の机の間に教科書を置いて授業を受ける。さっきと比べものにならないほど近づいた八熊くんとの腕が触れ合ってしまうんじゃないかってくらいの距離に、私は身を堅くする。

右にいる八熊くんの腕に当たらないよう少し左に寄り、極力小さくなってノートに書き込んでいく。何度も何度も時計を確認して早く授業が終わることだけを願っていた。一分一分がこんなに遅いと感じたことは今までないと思う。はやく、はやく終わって。
そんな必死になって時計を見ていた私の耳に、すぐ隣からため息のような声が聞こえてきて驚きから肩が跳ねる。不機嫌そうな八熊くんの声。私は何か、八熊くんを怒らせてしまうようなことをしてしまったのだろうか。
そう思い顔を伏せると、八熊くんがお互いの机の間に置いた私の教科書に何かを書き込んでいる姿が見え、私は少しだけ顔を上げる。何かを書き終えた八熊くんは一度軽くシャーペンでそこを指した。なんだろう。一体何を書いたんだろうと疑問に思いながら教科書の隅に書かれた言葉を見て、驚く。
ごめん。とそこには確かにそう書かれてあった。教科書の隅に、大きさがばらばらなぶっきらぼうな字で。なんに対してのごめんなのか考えていると、ふいに八熊くんの言いにくそうに話す言葉が聞こえてきた。

「泣いてんなよ」

バカじゃねーの。
そう呟く八熊くんの顔を見ると、八熊くんは私と目を合わせないように明後日の方向に顔を向けていて。それでも隠しきれていない頬と耳は真っ赤に染まっていて。
泣いてないよ。気付いたときには授業終了のチャイムと同時に、私の口から嬉しさからの言葉が飛び出していた。

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