華のツボミ
その日は戦闘がなくて、本も読み飽きたから艦内を歩いてたんだ。
そしたら、荷物を運んでいるお前を見つけた。
「……なあ」
「あ?なんだよ」
「この艦に荷物運びしてる女がいるの知ってたか?」
「はあ?いきなり何言いだすかと思えば、そんな女知らないよ!ゲームの邪魔だから話しかけないでくんない?」
「チッ、シャニも知らねえのかよ?」
「…知らない」
三日前に会った荷物を運んでいた女が少し気になってこいつらに聞いてみたが、聞いたオレがバカだった。クロトはゲームに夢中だし、シャニは曲聴いてんのに夢中だし。
荷物運んでたからもしかしたら新しい仲間かもとか考えたが、普通にありえねえしな。
オレはため息をついて部屋からでた。
目の前にはひとつの空き部屋がある。
あの日、あいつはここにいて、運んでいた荷物を、たしか渡していたんだ。そうだ、いろんな奴らに荷物を渡し歩いていた。
そんな光景今まで見た事なんてなかったから、オレはただ見てた。
あいつはおっさんに雇われた荷物運びなのか?
オレがその場で考えこんでいると背後から物音がした。
急いで振り返ると、オレがさっきまで考えてた張本人のあの女がいた。
「……なんだ?この部屋に用があんのかよ?」
「……」
オレが問い掛けても困った顔をするだけで返事すらしようとしない。
女の手元には荷物がある。
「その荷物、この部屋の野郎に渡しにきたのか?」
「……」
女は声をださずに黙って頷いた。オレが退けると女は申し訳なさそうにオレの前を通り過ぎ、部屋をノックする。部屋の奴がでてくると女は荷物を渡してぺこりと頭を下げた。
こいつ、喋れねえのか?
荷物を渡し終えた女はオレを見てびっくりしたのか驚いた表情をした。
「なんだその顔、オレがもう行ったと思ったのかよ?」
オレがバカにしたように笑うと、女は顔を赤くして照れたように笑った。
なんだ、笑うじゃねえかよ。
「お前、喋れねえのか?」
「……」
女は暗い顔をして顔を下に向ける。
やっぱり喋れねえんだな。
「…お前、名前は?」
「……」
女は戸惑いながらもポケットからネームプレートを取りだしてオレに見せてきた。
「ふうん、まあ頑張れよ」
オレはさっさとその場から立ち去った。
そのままクロト達のいる部屋に戻って行く。
「おいオルガ、飯の時間だぜ」
クロトの声ではっとして時計を見ると、クロトの言う通りもう飯の時間だ。寝てるシャニを起こして三人で食堂に向かう。
食堂に向かっている途中、おっさんが前方から来ているのが見えた。
「おや?君達今から昼食ですか?」
「…おう」
ほかのふたりは答える気がまったくなく、しかたなくオレが答えてやった。
そうだ、あの女。
「おっさん、荷物渡して歩いてるあの女ってなんなんだ?」
「ああ、あの子の事ですか?あの子は荷物運びとして雇ったんですよ。喋れないですけどさして問題はありませんね」
「ふうん…」
オレを見ておっさんが不気味に笑った。
「……なんだよ」
「いや、君が他人に興味を持つなんてねえ。少し驚きましたよ」
ニタニタ笑うおっさんが気色悪くて、オレはおっさんを無視して食堂に向かった。オレの後ろをクロトとシャニもついてくる。目の前に食堂が見えて来たと同時に人影も見えて来た。
またあの女だ。
食堂に荷物を渡してオレ達に気づきもせず、背を向けて歩き出す。
ほんとタイミングいいよな。そんな事を考えながらあいつの背を眺めていると、肩に軽く手を置かれた。
「気になるの?」
「シャ、シャニ!?気色悪い事するんじゃねえよ!」
顔を近づけてきたシャニを退かして食堂に入ろうとした。
「オルガ、行かなくていいのかよ?」
「はあ?どこにだよ?」
「あの女のとこ」
クロトはニヤリと笑ってオレを見る。
こいつら、人をおちょくりやがって。
「あいつがどこに行こうとオレには関係ねえだろ、バカかよ」
「だって、ずーっとあいつの事見てたじゃん、おっさんにあいつの事聞いてたし」
「そうそう、気になるんだろ?僕らに気にせず行ってこいよ」
ふたりしてニヤニヤ笑いながらオレを見てくる。
「うっせーよてめえら!てめえらのせいで飯食う気しなくなった!先に戻ってるからな!!」
ずんずんと歩きだすと、クロトの頑張れよーって声が聞こえてくる。オレはクロトの言葉を無視して歩く速度を早めた。
オレがあいつを気にしてる?わけわかんねえ。
イライラしながら歩いていると扉が空きっぱなしの部屋があった。通り過ぎながら横目で中を見ると予想していた通り、あいつがいた。よく見ると、必死に棚の上から荷物を取ろうとしている。
ありゃ届かねえな。
オレはため息をついて、しかたなく部屋に入って行った。女が取ろうとしている荷物を後ろから取ると、女はびっくりした顔でオレを見て、また照れたように笑う。
「ほらよ、これも誰かに渡すのか?」
聞くと女はこくんと頷いた。
「お前も大変だな、それよこしな」
オレは一番重そうな荷物を持って行くぞと女に言う。
「……」
「あ?お前ひとりじゃこの荷物は大変だろーが、手伝ってやるから届け先教えろ」
オレがここまで言うと、申し訳なさそうにしていた女の顔が安心したのか和らいだ。
女はオレに頭を下げて、届け先だと思われる紙を見せてくる。
「ああ、ここか。んじゃ行くぞ」
「……」
歩きだしても後ろからついてきている様子が感じられず、オレは後ろを振り返った。
女はオレの少し後ろにいて、なぜか顔を真っ赤にして立っている。
「なに突っ立ってんだよ?」
「……」
オレなんか変な事言ったっけ?
考えていると女は数歩近づいてきて、オレの服を掴んでくる。
なんだ?一体どうしたんだよ、こいつ。
内心焦っていると、女は真っ赤な顔を上げてオレと目を合わせて何かを言っている。
なんだ?
「もう一回言ってみろ」
「……」
女はゆっくりと口を動かす。
な、ま、え。
「……名前って言ってんのか?」
オレの言葉に女は頷いた。
「名前って、オレの…?」
「……」
女の顔がより一層赤くなった。
なんだよこいつ、オレの名前知りたいのかよ。
柄にもなく、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
「オッ、オルガだ、オルガ・サブナック」
「……」
それを聞くと女は照れたように笑い、オレの服を掴んでる手を離して歩き出す。
オレも女の隣を歩く。
「たく、わけわかんねえ奴」
「……」
隣にいる女を見下ろしながら言うと、女もオレの顔を見て頬を赤くした。
こいつの笑った顔を見てると、なんかわかんねえけど嬉しくなる。こいつ、これからもここにいるんだよな。
無意識にオレは笑っていた。
「…あいつまだ来てねえのか?」
日課になった荷物運びの手伝い。いつの間にか待ち合わせ場所となった部屋で、今日もあいつを待っている。
でも今日はいつもと違って、あいつがいつまでたっても来ない。今までこんな事なかったのに。
結局、あいつは現れなかった。
あいつを見なくなって三日がたつ。突然、あいつはオレの前から姿を消した。理由は知らねえ。なにも告げずにあいつはいなくなった。
わけわかんねえ。
読んでいる本の内容が頭に入ってこない。イライラする、わけわかんねえよ。なんなんだよあいつは。おっさんに辞めさせられたのか?わかんねえ。
あいつの笑った顔が浮かぶ。
ちょっと、楽しかったんだけどな。
ため息を吐くと、部屋の前をおっさんが歩いているのが見えた。オレは瞬間的におっさんを部屋の前で止める。
部屋にいるクロトとシャニは驚いたみたいで、オレをじっと見ていた。
「……あいつはどこだ」
「あいつ…?ああ、あの子なら今日は来てますよ」
オレは最後まで聞き終える前に部屋から飛び出した。
「…愛の力だねえ」
「オルガが!?なんかキモッ…」
シャニとクロトの言葉なんか聞こえなかった。行き先なんかなくて、オレはただただ走る。
知らねえけど勝手に足が動くんだ。知らねえけど、なんでかあいつに会いたがってる。
誰でもない、このオレが。
目の前にたくさんの荷物を運ぶあいつの姿が見えた。久しぶりのあいつの姿。
オレは走ってる勢いのまま、女の両肩を掴んだ。
「おっまえ!今までどこに行ってたんだよ…っ!!」
女は驚いているみたいで目を見開いている。おどおどしながらも、一枚の紙きれをオレの前に差し出してきた。その紙には遠い地名の住所が。
差出人はアズラエル。
「…まさか、おっさんに頼まれて、荷物届けに行ってたのか…?」
「……」
女はゆっくりと頷いた。
あのくそ野郎!!
おっさんのバカさ加減にイラついていると、女がさっきからずっとオレを見ている事に気づいた。
オレは慌てて両肩を掴んでいる手を離す。
「わっ、悪い、痛かったか?」
「………」
女は痛くなかったと言うように首を横にふった。
「つーかいきなりいなくなるなよ、焦るじゃねえか」
「……」
女は申し訳なさそうに顔を下に向ける。
おもしろい奴。
「バーカ、なにしょげてんだよ、帰ってきたんだから別にいいんだよ」
「……」
今度は顔を真っ赤にしてる。
ころころ表情が変わって、見てて全然退屈しない。
「なに赤くなってんだよ、バーカ」
オレは女の頭を撫でて荷物を持った。
女はにっこり笑ってオレの横を並んで歩く。
「……なあ」
「?」
「お前、ずっとここにいるよな…?」
なんでかわかんねえけど口が勝手に動いて、そんな事をオレは聞いていた。
こいつはにっこり笑って頷く。
心のどこかで安心しているオレがいた。