ひとつだけの格差


「君は今日からカラミティの整備を頼むよ」

ある日突然言われたこの言葉のせいで、それからの毎日がひどく苦痛なものになった。

「フォビドゥン、レイダー、カラミティ、整備は終わったか?」
「フォビドゥン終了しました!」
「レイダー終了しました!」
「カ、カラミティは、まだです…」

弱々しく声を上げると、整備班長がぎろっと私を睨み上げてきた。

「また君か。なぜ時間内にいつも終わらないんだ!サブナック少尉に迷惑だと思わないのか!?」
「すみません…」

整備班長は最後に盛大なため息を零し、ほかの整備士達と一緒に出て行く。
整備士達がいなくなったと同時に、モビルスーツの操縦士の三人が入れ替わりで入ってきた。

「ったく、くそめんどくせえ。いちいち確認しなくてもいいっつーのにさー」
「うっせーよクロト、せいぜい足引っ張んねえようにきっちりチェックしとくんだな」
「オルガてめえ!!」
「クロトうざーい」
「てめえは黙ってろ!シャニ!」

入ってくるなり大声で怒鳴りまくる赤髪の人より、私はその隣の人、サブナック少尉が気になってしょうがなかった。
三人はそれぞれ自分の機体へ移り、当然サブナック少尉は私のほうへと近づいてくる。嫌な冷や汗が私の背中に伝った。

「…あ?なんだ、まだオレの整備終わってねえのかよ」
「すっ、すみません…」
「うっわ!オルガおっせえ!」
「うっせーよクロト!おせえのはオレじゃねえだろーが!!」

ブエル少尉に言葉を投げかけてるとは思っても、サブナック少尉の言葉は強く私に響いてくる。サブナック少尉を見るのが怖くて、私は一心不乱に作業をしていた。
早く終わらせなければと焦れば焦るほど、作業は一向に進まなかった。

「おい」
「は、はいっ」
「そこ違うじゃねえか、こうだろ」
「あ……」

サブナック少尉の指摘通り、私は小さなミスをしていた。コックピットの中にサブナック少尉も入って来たおかげで、私と彼の距離はゼロに等しい。
ますますサブナック少尉と目を合わせる事ができず、私は視線を下に向けた。

「す、すみません…」

小さく呟いた言葉にサブナック少尉は手を止め、私のほうに視線を向けてくる。

「お前、毎回そうやって謝ってるけどよ、ほんとに謝る気あんのかよ」
「……」
「おどおどして目も合わせねえじゃねーか」

サブナック少尉の言葉に、私は強く両手を握った。

「…すみません」
「だから、いちいち謝ってんじゃねえよ」

サブナック少尉の口調は明らかに強くて、自然と涙が込み上げてくるのを感じた。
目なんて合わせられるわけないよ。いつも怒鳴ってて、見た目も性格も怖いし。
もういやだ、整備士なんてやりたくないよ。

気づいたら、必死に耐えていた涙がゆっくりとあふれでていた。

「うっ…」

私は両手で顔を隠し、必死に涙を止めようとしていた。
どうしよう、また怒られる。

「なっ、なんでいきなり泣いてんだよ…」

少しだけ焦っているようなサブナック少尉の声が小さく聞こえてくる。

「ご、ごめ、なさ…っ」

私はまた、サブナック少尉に理由もなく謝ってしまった。

「謝んなら目合わせろって言っただろーが」
「……」
「おい、聞いてんのかよ」

私がいつまでたっても顔を上げようとしない事に痺れを切らしたのか、サブナック少尉は無理矢理私の両頬を掴み、ぐいっと顔を上げさせた。
一瞬、サブナック少尉と目があって、彼はゆっくりと、私の瞼にキスを落とした。
そんなサブナック少尉の顔は、真っ赤に染まっていた。

「サ、サブナック少尉…?」

恐る恐る声をかけるとサブナック少尉は恥ずかしそうにしながらも、じっと私と目を合わせてくる。

「……オルガでいい」
「で、でも…」
「オレもお前のこと、名前で呼ぶからそうしろよ」

予想外の言葉に気を抜いた瞬間、サブナック少尉はまた私の瞼にキスをしてきた。

「あ、あの…」
「な、なんだよっ」

目の前にいる彼はいつもの気難しい怖い顔じゃなく、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、なんだか不思議な感じがした。

「こっ、今度から、いちいち謝んじゃねーぞ」
「は、はい、すみませ…」

私がいつものくせでまた謝ろうとすると、サブナック少尉は大きな手で私の口を覆う。

「速攻で謝ってんじゃねえよ、バカ」
「は、はい…」

言葉と同時に口から手を離し、またゆっくりと私に顔を近づけてきた瞬間。

「うわーお!オルガと整備士がイチャついてるー!!」
「へえ、オルガもなかなかやるねえ…」
「て、てめえら!うっせーぞ!!」

すでにモビルスーツのチェックが終わったふたりに向かって、サブナック少尉は顔を真っ赤にして大声を上げた。
そんな表情も初めてで、私とサブナック少尉との小さくて大きな格差が消えた気がした。

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