蜻蛉物語
初めてクロトに出会ったときは、ほかのふたりと同じく興味がなさそうで、一度も私のほうを見ることなく、ゲームの画面ばかりを見ていた。
私も別段この人達と関わりたいとは思わなかった。
「まあ、別に仲良くなんてならなくていいですよ、仲良くなっても強くはなりませんからねえ、君達はただ敵を倒せばいいのですから」
アズラエルはそう言った。私もそれでいいと思った。敵を殺すのも、人を殺すのも、別にいやではなかったから。
4人で同じ部屋にいても同じ空気を吸っていても、私達は別々の世界にいた。
誰も口を開こうとはしない、同じ空間にいるのに。
このとき、私はまだこの3人と口をきいたことも目を合わせたこともなかった。
「あの3人はいつもそうですよ、あなたもいちいち気にしないで下さい、ただ敵を倒していればいいのですから」
アズラエルは何の興味もなさそうにそう答えた。
別に、関わりが欲しかったわけじゃない。
ただ、どんな風に話すのかなとか、どんな表情をするのかなとか、どんな顔で笑うのかなとか、ちょっと気になって。
いつも小説を読んでる奴、いつも音楽を聴いてる奴、いつもゲームをしてる奴。みんないつも無表情。
声も知らない、笑った顔も知らない。
「あの3人が笑うのは敵を殺したときだけですよ」
アズラエルはそう言った。
それじゃあ一生、笑顔を見ることができないじゃない。敵を殺すときはあの機械の中なのに。
本当に、人を殺す以外に笑わないの?ほんとうに?
うそつき。
ほら、笑ったよ。
ゆっくりだけど確実に、クロトはよく笑うようになっていった。ほかのふたりだってちゃんと微笑んでくれる。
ほら、笑ってるじゃん。
「君達の活躍、期待していますからね」
アズラエルが戦闘にでるとき必ず手渡す薬。
クロト達はこの薬がないと、もう生きられない体になってしまっていた。
「おいしい?」
「まずいに決まってんだろ」
「私にも飲ませて」
「だめ」
「なんで」
「お前は弱いから」
弱くないよ。だから薬飲ませて。
そう何度言っても、クロトは私に薬を飲ませてはくれなかった。
戦闘から帰ってくると、クロト達は目を背けたくなる程ひどい状態で薬を欲してくる。
叫んで叫んで、泣いて泣いて。
私も飲むとそうなるの?だから私には飲ませてくれなかったの?
「君達にはお仕置きが必要のようですね」
アズラエルはベッドで苦しむ3人を残して去って行く。
私はベッドで苦しむクロトにゆっくりと近づいた。
「来るんじゃねえ!!」
大きな声で必死に叫んで、クロトは私がそばに寄ることを固く拒む。だから私は、この状態のクロトを近くで見たことがなかった。
それからもずっと、その薬は使用され続けていた。
そして、クロトは。
「ねえ、クロト」
「なに」
「死なないでね」
「は、何言ってんだブワァーカ。僕が死ぬとかありえないし」
「うん、死なないで」
「……お前もな」
「うん…」
クロトは最後まで、私と目を合わせなかった。
死なないで。
いつから私はこんなことを言う奴になってしまったのだろう。自分が死なないために敵を殺すことに何も感じなかったはずなのに。
戦闘中、薬が切れて3人は壊れた。何度も何度もクロトに呼びかけたけど、クロトは私のことをもう忘れていて、ただただ泣いて笑っていた。
狂ったんだ、壊れたんだ。
クロトに向かってビームを放ったのは私。
機体に私のビームが当たる瞬間、小さい声でクロトは呟いた。
私は、クロトを助けることができたのだろうか。
クロトが初めて笑ってくれたときのことを、今でも覚えてる。初めて私の名前を呼んでくれたときのことも。
大きな光と衝撃と共に、私は意識を手放した。
『やっぱりクロトは笑ってるほうがいいよ』
『あっそ、じゃあもう一生笑わねー』
『なんで?私、クロトが笑ってると楽しいよ』
『なんだよそれ、僕がバカみてーじゃん』
『笑ってよ』
『うっせー』
『つまんないの』
『僕はこのままでいいんだよ』
だから、お前もそのままで。
クロトの最後の言葉を、私は忘れない。