「クロト、違うゲーム貸して」

ゲーム片手にソファに座りこむ僕に何とも偉そうな態度でゲームの催促をしてくるこの女は、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる僕の顔を見て、苛立ったように僕のゲームを勝手に取り上げプレイし始める。返せと言っても完全無視。なんなんだこの女は。

この女が新しく僕達の仲間に加わったのはつい最近のこと。もちろん僕達とは初対面のはずが、なぜだかこの女は僕にだけ妙に馴れ馴れしかった。ここにきたその日からずっと、僕のそばにいて僕から離れない、そのせいでシャニやオルガからいちいち変な目を向けられる。正直目障りで、なにより意味がわからなかった。
クロトクロトと、まるで昔から馴染みのある間柄のように気軽に僕の名を呼ぶこの女の名前を僕は知らない。この女を僕達に紹介するときにアズラエルが名前を言ったと思うけどまったく記憶にない。誰が新しく加わろうと興味はなく、ましてや女なんか足手まといになる道具が追加されただけだと思うのがまず正論。それなのに。

「…ねえ」
「なにー」
「お前、僕のこと知ってんの?」

相変わらず僕から奪ったゲームをやり続ける女に、面倒くさくも視線を向けると、ピタリとたしかに女の手が止まったのがわかった。それはほんの一瞬のことで女はすぐにゲームを再開させる。女の手元から女の顔のほうへ視線をあげるが、女の顔はいつもと変わらず何を考えているのかわからないただの無表情。
あーあ、さっき手元を見ていなかったら表情の変わった女の顔が見れたかもしれないのに。

「つまんない」
「は?」
「このゲームもう飽きた、返すね」
「はあ!?」

女は僕がいま一番ハマってるゲームをゴミのように投げ捨てさっさと僕の部屋から出ていく。女の後姿を一睨みし、すぐにゲームが無事かを確かめ僕はホッと胸を撫で下ろす。あの女、毎日毎日僕のゲーム漁りにきやがって。すぐにでも追い出してえのを必死に我慢して、素直にゲームやらせたらやらせたでなんだこの扱い。しまいには僕の質問にも答えようとしねえ。

この僕がここまでやってやってんのにあの女、もうぜってー許さねえ。女が無造作に投げ捨てたゲームを握りしめ僕は怒りを露わにし、唇を噛みしめる。明日あの女がきてもぜってー部屋に入れてやんねえ、僕の大事なゲームももうやらせねえ、つか口もきかねえし、顔もあわせねえし、女のくせにナメやがって。あんな女さっさとくたばりやがれ。
イライラと怒りばかりが増殖する中、聞きたくもないアズラエルの声が聞こえ、仕方なくも急いで出撃の準備に取り掛かる。僕のほかにシャニとオルガともちろんあのクソ女も。僕は一度もあの女の顔を見ようとはしなかった。

来てほしくなかった時間は、あっという間に訪れてしまう。戦闘終了と共に体を襲うのは耐え難い激痛。それぞれのベッドにひとりずつ倒れこみ、必死になって激痛に耐え続けている。常に響く体の悲鳴、ほとんど意識がない中薄れゆく僕の目に映ったのは、苦しそうに痛みに耐えるあの女の姿と、見慣れてしまった真っ赤な血だった。

「あーこれはもう使い物になりませんねえ、少しばかり期待していたというのに結果を出さずに終わるとは」

この役立たずが。


「クロト」

背後から聞こえてきた僕の名を呼ぶ声、立ち止まり振り返った先には一週間振りに見たあの女の姿。その体は一週間前と比べずいぶんと痩せて、いまにも倒れてしまいそうなそんな印象を与える。女の顔は無表情ではなく血色のない、それでいてなぜだかひどく悲しそうな表情をしていた。

「な、なんだてめー、まだ生きてやがったのかよ、ほんとしぶといやつって見苦しいよねえ」
「…大丈夫」
「は?」
「大丈夫、だよ」
「はあ?なに言っちゃってんのお前、」

最後まで言い切る前に僕の体に強い衝撃が走った、突然のことに混乱しながらも目に映るのは、顔を押し付け僕に抱きつくあの女の姿。なんだ、なんなんだこいつ、いきなりなにやってんだ、離れろ、離れろ!

「てめ、離れろクソ女!!」
「クロちゃん、」
「は!?」
「クロちゃん!」

クロちゃん。
僕の胸に顔を埋め、必死にしがみつき泣きじゃくる女のほとんど言葉になっていないその言葉。それはほんの少しだけ僕の脳内にある映像を浮かび上がらせた。小さな女と小さな僕、クロちゃん、小さな女は僕のことをたしかにそう呼んでいる。眩しいくらいの笑顔を浮かべて。

「バイバイ」

耳に流れて届く別れの言葉。耳障りな音と共に崩れ落ちた女、ゆっくりと足元に視線を向けるとそこには目を閉じ動かなくなった女の体が。動けずにただ立ちすくむ僕のところへ、突然いなくなった女を探していたであろう何人かの研究員が駆けつけ動かなくなった女を迅速に運んで行く。
壊れました、様子を見にきたアズラエルに研究員はそう告げた。

知っていた、この女が来たときから本当はずっと。
この女はほとんど壊れる寸前の状態で、どうせならとアズラエルは新しい試供品を施していた。そのことは僕達に知らされていない、でも女を見ただけでわかってしまった、この女はもう長くはないと。たぶんほかのふたりも。

知らなかった、この女がなぜ僕のそばから離れなかったのかを。
いつもいつも僕にだけ。いつもいつも僕のそばへ。どうして、なんで、いまでもその理由は僕にはわからない。ただ手掛かりといえば、あのときほんの一瞬だけ見えた幼い頃の記憶。僕のことをクロちゃんと呼ぶあの女と一緒に僕はいた、もうそれ以上のことを思い出すことはできない、小さな記憶。

知りたかった、あの女の名前。
もう一生、知ることはできないけれど。それでも僕は。

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