『やあ!初めまして!君が幸村精市くんだね!僕は神様っていうんだ、よろしくね!』

どうやら俺にお迎えが来たらしい。凄まじく嫌な幻聴が聞こえる。情けない、俺もここまでか。

『何を言ってるんだ、君はまだまだ生きられるよ!』

うわ、返事なんて返されたよ。俺喋ってないのに。そうか、本当にお迎えが来たんだな。こんなにあっさり死ぬならもっと弦一郎をいじめておくんだった。赤也の髪にマヨネーズかけて丸井に食べさせたりもしたかったし、柳生の眼鏡も一度でいいから割りたかったな、もちろん目潰しで。あ、柳生の眼鏡は前に一度割ったな、俺が間違って打ったサーブが原因で。フフッ。

『ちょっとちょっとー僕の話聞いてる?君はまだまだ死なないって言ってるじゃないか』
「…少し黙っててくれるかな、今必死に死ぬ覚悟を決めてる途中なんだけど」
『だから君は死なないって、とりあえず目を開けてもらえるかな』

えらく馴れ馴れしい幻聴にそそのかされ、俺は恐る恐る閉じていた両目を開いてみる。見えたのはもうすっかり見慣れてしまった病院の天井と、そこにはいるはずのない見知らぬ人影。そいつは無駄に光ってて無駄に笑顔を浮かべ、ベッドに横たわる俺を見つめている。嘘だろ、なんでここに人が。もうとっくに消灯時間は過ぎてるはずなのに。それじゃあ、今目の前にいるこいつは…

「…ゆう、れい?」
『ノンノン!違うよーさっき言ったじゃないか、神様だよかみさま!』
「…はあ?」
『ちょっと君と話したくて遊びに来ちゃったんだ』

目の前で光り輝くそいつはにこにこ笑いながら俺に話しかけてくる。神様?何を言ってるんだこいつは。そんなものがこの世にいるわけないじゃないか。でも光り輝く目の前の人物をどうしても人間だと思うこともできなかった。なんだ、一体なにが起こってる?こいつは何者なんだ。

『混乱してるねー、いいよ信じてくれなくても、それよりもう時間がないんだ、早く君と話がしたいんだけどいいかな?』
「…話?」
『君って立海大附属中ってとこのテニス部で部長やってるんだろ?そこのテニス部すっごい強いらしいね!』
「……」
『で、君は同じ学年でマネージャーをしてくれてるある女の子に恋をしている!』
「は?」

いきなり何を言いだすかと思えば。唐突なそいつの言葉にもはや唖然とするしかない。俺のことをよく知っているのにも驚いたが俺がマネージャーに恋をしているなんて、驚き過ぎて反論さえできない。何を根拠にこいつはそんなことを言っているんだ。俺があいつに恋?弦一郎なんかにべったりで趣味の悪いあんな女に、俺が恋?

『隠さなくてもいいよ、僕はなんでも知ってるからね』
「…気持ち悪いな、本当に誰だよお前」
『だから神様だって』
「……」
『あ、やっぱり信じてない?ほら、幸村くんって神の子って呼ばれてるじゃん?だから僕的にちょっとお話したくてこうやって遊びにきたんだけど』
「…帰ってくれないかな、わけのわからない物体のせいで頭痛が止まらないんだけど」
『え!それは大変!じゃあそろそろ時間だし僕は行くよ、またくるからね!』

おやすみ!そう一言残しそいつはすうっと空気になって消えた。…消えた…うん、確かに消えた。たった今、俺の目の前で。ちょっと待て、ありえないありえない。たぶん毎日のリハビリに疲れてるんだきっと。うんそうだ、そうに違いない。寝よう。

翌日。リハビリを終えた俺の元に蓮二と弦一郎、そしてなぜかこのメンツに相応しくないマネージャーのあの女がお見舞いにやってきた。今日も飽きずにオドオドと弦一郎のそばをちょこまか歩き回り離れようとしない。本当に変わってる奴。普通の女子はみんな弦一郎を怖がって近寄ろうともしないのに。変な女。
30分ほど蓮二と弦一郎と言葉を交わし、ふたりはそろそろ…と腰を上げる。30分もの間、マネージャーは一言も声を発していない。本当におかしなことにこのマネージャーは弦一郎には懐いていて俺には懐いていなかった。弦一郎ほどではないが蓮二にも普通に接している。俺が何かしたんだろうか。幾度となく考えた疑問にやはり答えは生まれず、俺は少しのイラつきを覚える。

「ゆ、幸村くん」
「!どうかした?」
「これ…」

突然マネージャーに声をかけられ動揺しつつも差し出された手紙をゆっくりと受け取る。不思議に思い中を覗くと、テニス部レギュラー全員が丁寧に一枚ずつ書いたであろう手紙が入っていた。もちろん、マネージャーの手紙も一枚、その中に入っている。
それじゃあまたくるという蓮二の声に返事を返し、3人が病室から出て行ったのを確認したあとすぐにマネージャーの手紙を取り出し目を通した。幸村くんが部活にいないとやっぱり寂しいです。早く幸村くんが良くなりますように…か。短い、それに誰でも言えるよく聞くフレーズだ。俺がいないと寂しいなんて、思ってもいないくせに書くなよ。お前は弦一郎がいればそれでいいだろ。腹が立つ。

『まあまあ!マネージャーも恥ずかしがってるだけだって!そんなに怒らない怒らない!』
「…はっ!?」
『やほ!約束通りまた遊びにきたよー』

背後からの突然の声に心底驚きつつ振り返ると、そこには昨夜見た光り輝く奴がにこやかに突っ立っていた。嘘だろ、なんでまた。あれは夢じゃなかったのか。ガラにもなく少しだけ冷や汗が流れる。それを知ってか知らずか目の前の変人はのんきに話を進めた。

『いやー青春だね、幸村くん』
「…お前、なんなんだよ、一体…」
『だから神様だって言ってるじゃん』
「…そんな意味わからないこと、誰が信じると思う?」
『そうだね、誰も信じないと思うよ』
「…何が言いたいんだよ、お前…」
『幸村くん、君にいいことを教えてあげよう』
「…いいこと?」
『君はあと二週間後に退院だ!』
「…は?」
『おめでとう!よかったね!あ、二週間後に退院だからって辛いリハビリをサボったりしちゃだめだよ、必ずツケが返ってくるから、じゃあ僕もう戻らないといけないからまたねーバイバイ!』
「は、ちょっ…!」

ボワンッとそいつは消えた。消えやがった。意味不明なことを好き放題言い散らかして。俺はお前の存在に少しも理解していないってのに。しかも俺が二週間後に退院だって?何も知らないくせに、軽々しく退院なんて言葉お前が言うなよ。

それから二週間。俺はひたすらにリハビリを精一杯頑張り抜いた。早く学校に行きたくて、早くテニスがしたくて、早くみんなに会いたくて。必死になって頑張った。その二週間もの間、あの変に光り輝くあいつは一度たりとも姿を現さなかった。
もしかしたら俺は、あいつの言葉を少しは信じていたのかもしれない。二週間頑張れば退院できるんだと。嘘かもしれないそれは事実となって、二週間後医師の口から直に告げられた。

「精市、退院おめでとう」

退院のことを聞きつけたテニス部のみんなが早速駆けつけてくれた。3年生みんなが嬉しそうに喜ぶ中、赤也だけが泣いていた。ほんとによかったっス!と子供みたいに。本当に赤也は泣き虫だな。よく見ると弦一郎の目にもうっすら涙が浮かんでいた。その後ろで隠れるように立っているマネージャーの表情はわからない。

『やったね!退院だよ幸村くん!』
「…!おまえ…」
『もう会える時間がちょっとしかなかったから、最後は退院したときに会おうと思って残しておいたんだ、ね?僕の言った通りぴったり二週間後に退院できただろ?』
「…うん、そうだね」
『でもこれは君が死ぬほど頑張らなきゃ出なかった結果だったんだ、それを君は見事やってくれた、さすがだね!』
「…うん…」
『君がいつも孤独を感じていたのは知ってるよ、それでも泣きごとひとつ言わず頑張っていたのも知ってる、会いにはこれなかったけど僕はずっと君を見守っていたからね、とても辛かっただろう?』
「……」
『よく頑張ったね』

バイバイ。小さく手を振って満足気な笑みを浮かべながらそいつは消えた。どうやら俺にしか見えていなかったらしい、他の連中はいまだ俺の退院を祝ってくれている。なんだろう、やっぱりよくわからないけど。あいつはもしかしたら本当に神様だったのかもしれない。
俺は少しだけ涙を流した。弦一郎の背中に隠れているあの子も、少しだけ泣きながら嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

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