今日は朝からひどい雨。こんな雨の中をわざわざ歩いて学校に行かなければならないという事実に凄まじい倦怠感を覚える。でもしょうがない。私はお気に入りの傘を広げ、行ってきますと家を後にした。

登校する生徒は誰もがみんな降り注ぐ雨から自分を守ろうと傘を盾にし必死に前に進んでいる。私もみんなと同じくお気に入りの傘を盾に必死に前に進む。寒い、冷たい、あーもう早く学校つかないかなあ。
ふと顔を上げると、ずーっと前のほうにちらりと見知った顔が見えた。あれは…仁王。あれ、なんでテニス部のあいつがこんな時間に登校してるんだろ。あ、もしかして今日はテニス部朝練なかったのかな。こんな雨だし。

「わっ!!」
「ぎゃあっ!?」

のろのろと考え事をしている最中に突如背後から声が聞こえかなり驚いた私は誤って足を滑らせてしまい、最悪にもその場に尻餅をついてしまった。しかもビチャンッとご丁寧にも冷たい感触まで一緒に。恐る恐る自分のお尻の部分に目を向けるとやっぱりそこには水たまりが。じわりじわりと下着まで濡れて行く感覚に、一気に青ざめて行く。ちょっと待てちょっと待て。これはないだろ最悪だろ。

「あははははっ!」

すぐそばから盛大な笑いが聞こえてくる。というか爆笑してやがるあの野郎。今まさに私がこんな悲惨な目に合っているというのにのんきに笑ってやがる人物こそが、私を背後から無駄に驚かせやがった人物。もうさ、わざわざ顔確認しなくてもこのムカつく笑い声聞いただけで一発でわかるんだけどさ。
眉間に尋常じゃないほどシワを刻み込み一応、そう一応!思いっきり睨みあげてやるとやっぱりというか案の定というか、とっても愉快そうに私を見下ろしている奴、幸村精市の姿があった。こ、こいつ…!

「…あのさ」
「あはは!なに?」
「私、お尻びしょ濡れなんだけど」
「は?朝っぱらから何言ってんだよこの年中発情期女が」
「そういう意味じゃねえよ!あんたが驚かせたせいで!水たまりに!ちょうど!私のお尻が直撃したんですけど!!」
「そんなに張り切って言わなくても一部始終見てたから知ってるよ、いい驚き具合だったね、フフッ」

こ、こいつ…!人がこんなに大変な目に合ってるのにまだ笑ってやがる!
やっぱり幸村は最低だ、最悪だ、悪魔だ、魔王だ。きっと朝からこんな奴に会っちゃった私が悪いんだ。うん絶対そうだ。なんで会っちゃったんだろ。こんなことなら雨降ってるからってぐずってないでさっさと家出ればよかった。ちくしょう、お尻寒い冷たい。絶対風邪引くよこれ。ほんと最悪。もう帰りたい。

なんだか無償に悔しくてじわりと視界が歪んできたことに焦って私は涙を引っ込める。誰がこんな奴の前で泣くもんか!こんな奴なんかこんな奴なんか…!
ぐすっと少しだけ鼻をすすったと同時に、突如視界に色白の綺麗なそれでいて骨っぽい男の手がすっと現れた。ゆっくり見上げるともう笑ってはいない幸村がジッと私を見つめ手を差し伸べている。なんだ、これ。

「……」
「早く掴まれよ、ずっとそこに座ってるつもり?」
「…え、あ…うん」

幸村に向かって手を伸ばすとぐっと手首を掴まれ軽々と引っ張られた。実は初めて触った幸村の手。一瞬ありがとうと言いそうになって慌てて口を閉じた。バカか私!こんな目に合ったのも全部こいつのせいなのに!つか謝れよ!まあ絶対謝ってこないと思うけど。だって幸村だし。

「ちょっと触るよ」
「え、ちょおっ!?」
「うわ、びしょびしょ」
「だ、だから濡れてるって言ったじゃん!つか触んないでよ変態!!」

いきなりお尻を触りだした幸村の手を掴めば逆に掴み返され、ぐいぐいと狭い道に連れられて行く。え、なになに、どうしたの幸村。なんかだんだん学校から遠ざかってるんですけど。てかもう生徒がひとりも見えないとこまで来ちゃったんですけど。え、ちょ、なに。なんなの。
混乱する私をよそにここでいいかと辺りを見渡しながら幸村はがさごそと自分の上着のジャージを取り出す。え、まさか。私の予想はどうやら的中したらしい。幸村は自分のジャージをお尻が隠れるように私の腰に巻いた。え、うそ。あの幸村が自分のジャージを。しかも絶対濡れるのに。

「これで登校中はしのげるだろ、学校に着いたらとりあえずジャージに着替えて…」
「…なんで」
「ん?」
「なんで?」
「なにが?」
「いや、だって…幸村がこんなことするの、考えられないし…」
「なにそれ、それじゃあ俺が本当はひどい奴だって言ってるように聞こえるんだけど」
「そう言ってるんですけど」
「え?なに?よく聞こえなかったな、モウイチドイッテゴラン?」
「すんませんごめんなさい調子に乗りました」

顔は笑顔のままバキバキと指を鳴らし始めたのですぐさま謝った。それで幸村は満足したのか遅刻するから急ごうとさっさと歩きだす。なんだこいつ。もういつもの幸村に戻ってるし。意味分かんない。なんでいきなり優しくなったんだろ。もしかして、ちょっとは悪かったとか思ってたりするのかな。

「早くしないと遅刻するって言ってるのに、いつまで突っ立ってるつもり?」
「はいはい、今行きますよ」
「…悪かった」
「…え?」

急いで顔を上げて幸村に視線を向けたけど、幸村は一向にこっちを見ようとせず身長差もあって彼の表情を見ることはできなかった。…聞き間違い?その可能性も充分ある。だってあんなに小さい、今にも消えそうなほど小声だったんだから。でも、たぶん。幸村は私に謝ってくれた。…たぶんだけど。

(お前が風邪引いたら俺が看病しに行ってやるよ)
(いや、いいですこなくていいです、てかこないで下さい)
(フフッ、失礼な奴だな)

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