お金がなくて何も買えなくて。ただただひもじくてひもじくて溜まらなかったのです。
「誰だてめえ!!」
見つかった。とうとう見つかってしまった。気付いたときにはすでに遅く、目の前の豪邸に住んでいる息子さんであろう人にがっしりと腕を掴まれてしまった。何日もろくな食事をしていない私には抵抗する体力も逃げる体力もあるはずはなく、私はがっくりとうなだれた。
「てめえ、俺様の家の前でうろちょろと何してやがった」
「…え、いや…」
「このまま警察に突き出されたくなきゃ素直に答えろ」
「す、すいま…」
「何してやがったのか答えろって言ってんのが聞こえねえのか?」
どんどん眉間にシワを増やしていく目の前の男に、私は恐怖のあまり何も言えなくなってしまった。なんて怖い人なの。こんな人がこの豪邸に住んでいる金持ちの息子だなんて。金持ちの人ってもっと品があると思ってたのにそうでもないのかもしれない。だって現に目の前の泣きボクロはチンピラかってくらいにガラが悪すぎるし。ていうかほんと怖い、怖すぎる。こんなことなら、豪邸が珍しいからって家の前をうろちょろなんてするんじゃなかった。バカバカバカバカ!私の大バカ!!
…どうでもいいけどお腹すいた。早く帰りたい。帰っても何もないけど。
「てめえ、俺様を無視とはいい度胸してるじゃねえか」
「あ、いえ…そんなんじゃ…」
「警察に突き出してやる」
「そ、それだけは…!」
「アーン?…おいてめえ、それはなんだ」
「…え?な、なんのことです?」
「そのカバンについてるボンボンだ、見せてみろ」
「え、ちょ…」
あたふたする私を尻目に、目の前の男はなんと、私のカバンからボンボンをぶちっと引きちぎってしまった。ありえない、人のキーホルダーを勝手にもぎ取るなんて。こんな奴金持ちの坊ちゃんでもなんでもないよ。ただの不良だよ最悪だよ早く帰りたい。
男のありえない行動に唖然とする私なんか気にも留めず、男は穴があくほどじっくりとボンボンを観察している。ただのキーホルダーのボンボンがそんなに珍しいのだろうか。不思議すぎる。
男がボンボンに気を取られている内に男の服装を見てみると、男が制服を着ていることに気がついた。この制服は氷帝だった気がする。この人氷帝の生徒だったんだ。まあ私も学校帰りにうろちょろしてたから制服着てるけど。というかいい加減ボンボンを返して欲しい。まだボンボン見てるよ、なんなのこの人。私のボンボンそんなに変わってる?至って普通だと思うんだけど。
「…腹へってんのか?」
「え!?な、なんで、」
「さっきから腹の音鳴ってんじゃねえか」
「あ、いっいえ、その…」
う、うそ。全然気付かなかった。お腹の音鳴ってたとか恥ずかしすぎる。うわーちょっと、もうほんと勘弁して。もううろちょろしないんで帰して下さいお願いします。恥ずかしい。
恥ずかしすぎて顔が熱くなっていく私にニヤリとした怪しい笑みを浮かべた男は、私のボンボンキーホルダーを掲げて得意気に堂々と言い放った。
「てめえの不審な行動は見なかったことにしてやる」
「ほ、本当ですか!?」
「しかも好きなもん好きなだけ食わせてやる」
「ええええ!!」
「ただし、条件がひとつある」
「じょ、条件…?」
「こいつを俺によこせ」
「…は?」
「だから、てめえのこのボンボンを俺様によこせって言ってんだよ」
「え、べっ別に、いいですけど…」
「ふ、なかなか物分りがいいじゃねえか、気に入ったぜ、ついてきな」
「は、はあ…」
男は至極嬉しそうにボンボンを指で回して遊んでいた。
こいつは金持ちの坊ちゃんでもチンピラでもない。ただのおバカだ。