ふたり仲良く老人ホーム


「早く渡したまえ」

なにをですか。言葉には出さずあえて視線だけで問いかけるがにやにやと口元を怪しくにやつかせている奴には到底通じるわけがなかった。ずいぶん偉そうな態度で私に手を差し出し早くよこせとくいくい眼鏡を上げながら催促してくる。このインテリが。目の前のふてぶてしい態度がなんだかとてつもなく悔しくて無視してさっさと自分の席に座ってやった。

「バカの分際で僕を無視するとはいい度胸じゃないか」
「さあ、なんのことでしょう」
「ふ、わかっているくせに可愛げのない」
「あんたなんかに渡すものなんてありませんから」
「ほう、その口振りからするとどうやら用意してくれているらしい」
「……」
「なにを出し惜しみしている、さっさとよこせ」

ずいっと私の目の前に手を差し出す伊東。悔しくてぎろりと見上げればにやにやと楽しそうに笑う伊東と目が合い慌てて顔をそらす。この野郎。全部わかっててやってるな。こうなったら徹底的に無視してやる。
早く早くとうるさく催促してくる伊東を尻目に前の席に座っている土方くんに声をかける。途端に眉間にしわを寄せる伊東をちらりと目にしなんだよと私のほうに振り返った土方くんにこれでもかというくらいにっこりと笑みを浮かべてやった。

「昨日言ってたマヨチョコ持ってきたよー」
「なに!?ありがてえ!」
「はい、手に入れるの苦労したんだからね」
「ああ、恩にき」
「土方!!貴様それはどういうことだ!?返答次第では殺すぞ!」
「い、伊東!?びびらせんじゃねーよ!超レアなマヨチョコ落としちまったじゃねーか!」
「ふん!こんなものこんなものこんなもの!」
「なにふんずけてんだてめえ!!俺の、俺のマヨチョコがぐちゃぐちゃに…!死ぬほど、死ぬほどこいつを食うのが楽しみだったっつーのに、伊東!!」
「こい!今こそ決着をつけてやる!!」
「俺も加勢しますぜ」
「総悟てめー!!」

土方くんと伊東との喧嘩になぜかひょっこり沖田くんも加わりあわあわと遠巻きにその三人を見つめる近藤くんや山崎くんを尻目に三人の喧嘩はヒートアップ。どうやら沖田くんは伊東の味方らしくふたりで土方くんをいじめている。ちらりと伊東に目を向けため息をひとつ。
何分かして銀八先生が何してんのお前らー青春ですかそうですかー席につけコノヤローと投げやりに言いながら教室に入ってきたことでやっと三人の喧嘩は終わった。というか土方くんいじめが。まったくの無傷でぴんぴんしてる沖田くんは大満足のご様子で自分の席に向かっている。少しばかり怪我をしている伊東はぎろりと私を睨みつけさっさと後ろの自分の席に戻っていった。がたん、椅子に誰かが座る音がして前の席に目を向ければ最早ぼろぼろの土方くんの背中が。

「…土方くん大丈夫?」
「俺の、俺のマヨチョコ」
「あーえっと、またあとで手に入れてくるから元気だしてよ」
「マジか」
「マジです」

余程嬉しかったのかぼろぼろの血が滴る顔で私をじっと見つめてくる土方くん。怖い、怖すぎる。何度も確認してくる土方くんに絶対持ってくるからと言うと忘れんなよと念押しされ土方くんは前に体を戻した。ほんっとーにマヨネーズ好きなんですねこの人。土方くんのためにも忘れないようにと手の甲に油性マジックでマヨチョコと書いていると、後ろから痛いほどの視線を感じ冷や汗がにじむ。まさか奴か。
そろりと少しだけ後ろを振り返ると、斜め後ろの席に座っている伊東が眼鏡を光らせ物凄い形相でこちらを睨んでいた。慌てて瞬時に顔を前に戻す。なんて恐ろしい。奴を土方くん絡みでからかうのはもうやめよう。

「帰るぞ」

放課後。誰もいなくなった教室で部活をしている伊東を待っているとふいに声が聞こえ振り返る。そこには部活から戻ってきた伊東の姿があった。まだ今朝のことを根に持っているのかその視線は厳しい。あまりのとげとげしい雰囲気に圧倒され冷や汗を流しながら伊東のそばに駆け寄った。そんな私に目もくれず伊東はずんずん歩きだす。下駄箱で靴を変えてるときふと伊東の頬の傷に気付きそっと触れると伊東は驚いたようにこちらに顔を向けた。

「なにをしている」
「あ、いや、ほっぺに傷ついてたから」
「ああ、これは今朝つけられたものだ、君の前の席に座っている忌々しいマヨネーズ信者にね」
「そ、そうですか」

私を追いこむような口振りに思わず口を引きつらせながらも笑みを浮かべ伊東の頬から手を離す。それなのに、なぜかその手を伊東の大きな手で掴まれ同時に近付いてきた伊東の顔。いきなりのことに焦って目を閉じると唇にちゅっとキスを落とされた。目を開けたときに見えた奴の顔はやっぱりあの口角を上げた不敵な笑み。ちくしょう、悔しい。恥ずかしくて顔を背けるばかりの私に、早くしろと声をかける伊東の顔を見ないように靴を履き替え外に出た。

「伊東、これ」

帰宅途中。ふたり並んで歩いている最中、やっとで決心がついた私は恐る恐るカバンから綺麗にラッピングされたチョコを取り出し伊東に差し出す。伊東はそれを見るなりにやりと笑いそれを受け取った。笑うなバカ。むかつく。

「やっぱり用意してあるんじゃないか」
「そうですね」
「本当に面倒くさい性格だな君は、あるならあるでさっさと渡せばいいものを、大体、朝一に僕にではなく土方にチョコを渡す時点で間違っているんだよ」
「ひ、土方くんにあげたチョコはそういうんじゃなくて」
「なにか言い訳でも?」
「…もういい、バーカ」
「バカは君だバカ」

くいっと賢そうに眼鏡を上げ満足そうに私が渡したチョコを眺めている伊東の姿になぜだかどきどきする。今日は女の子が好きな男の子にチョコを渡す日、バレンタインデー。むかつくけどむかつくけどむかつくけど!こんな奴でも私の彼氏である伊東にチョコを渡すのは当然で、私は恥を承知でなんと手作りのチョコを渡してしまった。普段やり慣れてないことをやってしまったもんだからいびつな形になってしまったチョコケーキ。はたしてこんな完璧主義者なこいつが食べてくれるだろうか。うん、ありえないね。中身を見た瞬間どぶに投げ捨てるに百票!

「なんだこれは、泥団子か?」
「な、なんでもう開けてんの!?見んなバカ!」
「いや、ラッピングがあまりに綺麗だったものでね、さぞかし中身も素晴らしいことだろうと思っていたのだが」
「う、な、なんかね、ケーキ屋の人がうまく作れなかったみたいで」
「手作りか?」
「ち!ちが、う」
「…ぐ、味も泥並だな」
「な!た、たたたたべた!?食べたの!?」
「まったく豚の餌にもならないほどのひどい味だ、こんなものじゃ僕の口には合わんよ、花嫁修業のためにも次はもっと上手く作れるよう料理の勉強でもしておくんだな」
「…今なんて言った?」
「聞こえなかったのか?もっと料理の勉強をしろと言ったんだ、しっかり聞け」

そう言ってあっという間にすべて食べ終えると綺麗にラッピングされた箱をカバンの中に入れる伊東。唖然とする私に目も向けず口元を抑えまずいまずいと呟く伊東に私は目を見開くばかり。こいつ、さっき花嫁修業とか言ってなかった?え、言った、よね?え、なんで。花嫁修業って。え、プロ、プロポー…!?いやいやいやいや!まてまて落ち着け私。あんなさり気にプロポーズなんてありえないよ、うん。うっかり聞き流しそうになったし。やっぱり聞き間違いかな。

「お返しはなにが欲しい?」
「え!あ、なに?ごめん、聞いてなかった」
「…まさか土方のことでも考えていたんじゃないだろうな」
「なんで土方くん!?考えてないよ!」
「ふっ、どうだか、君は見かけによらず尻軽だからな、簡単にどんな男にも媚を売るように尻尾を振る」
「尻軽!?そ、そういう伊東だって今日はずいぶん鼻の下が伸びてたようだけど!」
「なんのことを言っているんだ」
「とぼけるんですか、あーそうですか、いろんな女の子からチョコがもらえてよかったですね」
「やきもちか」
「ちがう!誰がそんなこと!」
「ふっ、チョコは君からしか受け取っていないから安心しろ」
「そうですか」
「そんなに僕をほかの女にとられたくないのなら少しは素直になるんだな」
「…伊東もね」
「まあ、なにも心配することはない、君のような女のそばにいられるのは世界中で僕くらいだ」

夕日に照らされた伊東がほんのりと優しい笑みを浮かべた。

「ずっと一緒にいてやるさ」

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