煙草はきちんと消しましょう


「僕は高杉が嫌いだ」

思わず飲んでいたジュースを目の前のインテリ眼鏡に思いっきりぶっかけてしまった。顔面ジュースまみれになってしまった伊東くんはそれはそれは恐ろしい顔で私を睨みつけてくる。いやいやだって、あなたが突然意味わかんない話題を持ち出すから。頭の中でそう弁解しながらも慌てて伊東くんの顔面をハンカチで拭いた。

「…それで、いきなりなんでそんなことを?」
「僕は高杉が嫌いだ」
「わかったから」
「理由を聞いてくれ」
「…なんで嫌いなんですか」
「嫌いだからだ」

うぜええええ!まるで答えになってねえええ!別に理由聞かなくてもよかったじゃん!
同じクラスの伊東くんとこうしてちゃんと話すのは何気に初めてだったりする。クラスは同じでも伊東くんと私じゃ全然タイプが違うから当然話なんてしなかった。それなのになぜか突然声をかけられこうして昼休みを一緒に過ごしている。屋上で、向き合うように座って。なんだこれは。ていうかなんで伊東くん私にそんな話をするんだろう。私は高杉と付き合ってたりしないんですが。加えて伊東くんの性格にもびっくりです。

「実は僕、何度か高杉に騙されたことがあるんだ」
「え、そうなの?」
「一度目は僕のファンだという子が裏庭で待っていると言われ行ってみれば高杉に果たし状を出したヤンキー共がわんさかいてね、危うく殺されるところだったよ」
「うわー」
「二度目はカルピスをあげると言われ飲んでみたらただの米の研ぎ汁で爆笑された」
「気づけよ」
「三度目は志村妙のスカートをめくれば新しい眼鏡が手に入ると言われ志村妙のスカートをめくった瞬間ぼこぼこにされた」
「わかりきってることだよね」
「四度目は放課後誰もいない教室でパンツ一丁で踊れば妖精が現れると言われやってみたらなぜか土方が現れて顔面蒼白にして逃げて行った」
「土方…」
「五度目は…」
「まだあるんですか」

ふっ、と儚げな表情を浮かべ語り続ける伊東くんはもはや私が理想像としてたてていた伊東くんではなかった。伊東くんってこんな人だったのか。もっと真面目で冗談の通じない人間だと思ってたのに。さては高杉の奴、それに気付いてて伊東くんで遊んでるんだな。なんて奴。でも、私も伊東くんでちょっと遊んでみたいかも。

「十二度目は…」
「ちょ、まままって!聞きたいことあるんだけど!」
「なんだい」
「私はなんで呼ばれたのかな?」
「君が高杉と仲がいいからだ」

え、意味がわからないんですけど。第一高杉とそんなに仲良くなった覚えもない。そりゃあ伊東くんよりはるかに言葉は交わすけど銀時とか桂とか坂本ほど仲がいいってわけじゃない。一体どう見れば私と高杉がそんなに仲良く見えたのか。私は首を傾げる。

「…というのは嘘で高杉に君とふたりで昼休みを屋上で過ごすと焼きそばパンがもらえると言われてね」
「高杉ー!!」
「焼きそばパンは?」
「あるか!私はお弁当しか持ってきてません!」
「また高杉に騙された…」
「伊東くんってバカなんだね」

がっくりと項垂れる伊東くんに憐みの視線を向けさっさと持ってきた弁当を食べ始める。それからはお互い何も話さなくなり静かな沈黙が流れた。あと少しで弁当を食べ終えるというところで煙草の臭いがすることに気付きそっと顔を上げ同時に絶句。目の前にはなんともありえない光景が広がっていた。

「い、いいい伊東くん!」
「なんだ」
「た、たば、たばたばたばこ!」
「なんて言っているんだ、少しは落ち着いて話せ」
「た、たばこ!なに堂々とたばこなんて吸ってんの!?」

心底慌てる私に動じることなく平然とした態度で目の前で煙草を吸い続ける伊東くんに、ますます驚きすぎて言葉が出ない。今目の前にいるのは本当にあの伊東くん?真面目で優等生でいつも勉強熱心な、あの伊東くん?え、なんで。なんでなんで、ほんとになんで。

「これくらい普通だろう」
「いやいやいや、伊東くんが吸ってるとシャレになんないよマジで、屋上に私達しかいなかったからよかったものの…」
「いつも高杉と一緒に普通に吸っているからな、つい」
「おまえらほんとは仲いいだろ」
「滅相もない」

あっけらかんとした伊東くんの言動に一気に力が抜け私はため息をつく。なんなんだこの人。ほんと疲れる。もうこれ以上自分の中での伊東くん像を壊したくないと思い弁当を片付けていると、ふいに屋上のドアが開く音がし私はとっさに目の前の伊東くんに目を向けた。バカなのかただ気付いていないだけなのか伊東くんはいまだ煙草を吸っている…って、バカかこいつは!!たまらず目の前の伊東くんに全力で突っ込んでいった。

「がは!いきなり、何を、熱!あ、あああつー!!」
「伊東くん隠して!煙草隠してー!」
「あつ!焼けるっ肌が焼ける!まず君がどけ!」
「その前にたーばーこー!」
「くく、ずいぶん仲良くなったじゃねえか」

この声は。はっとし後ろを振り返ると私達のほうに歩み寄ってくる高杉の姿が目に映りどっと安心感に包まれた。なんだ、お前かよ。そんなことを考えていると下からさっさとどけという声が聞こえ下を見ればなぜか伊東くんの顔面ドアップが。気がつけば私は伊東くんを無理矢理押し倒す大勢になっていて慌てて伊東くんから体を離した。なんてことしてんだ私。

「邪魔したか?伊東」
「いや、助かったよ、この女が突然発情しだしてあまりの不細工さに僕もどん引きだったからね」
「私はあんたの本性にどん引きです」
「焼きそばパンはもらえたか?」
「もらえなかった、君また僕を騙しただろう」
「その女がちゃんと焼きそばパン買ってねえのがわりーんだろ」
「それもそうか」
「おい、なに流されてんだ伊東くん、だからいっつも騙されるんだよ」
「こいつとなんの話してたんだ?」
「世界平和について」
「そんなこと微塵も会話に出てきませんでしたが」
「嘘だよ、ほんとはこの女が高杉のことを嫌いだと言うんでその相談を聞いていた」
「おい!!なに勝手に適当なこと言ってんの!?それあんたじゃん!高杉のこと嫌いっつったのあんたじゃん!」
「言うじゃねえかてめえ」
「高杉誤解だって!」
「それはそうとあのゲーム昨日全クリしたんだが君はどうだ?」
「マジか、ふざけんなよてめえ俺より早く全クリしやがって」
「ふ、君ごときがこの僕に敵うはずないだろう?」
「そういや昨日俺の家に野良猫が一匹住み着いた」
「マジか!ぜひとも見てみたい、行こう今すぐ高杉の家に行こう」
「おい、ラスボスの弱点と交換条件だ、忘れんじゃねえぞ」
「オッケーだ」
「おまえらほんと仲いいね」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -