愛してるんだよ、つたわるかい


私のクラスにはそいつがそこにいるだけで、腸が煮えくり返るほどの怒りが私の全身を襲う存在がいる。成績優秀で誰からも特別な視線を向けられるその男は、いつもほかの人間をくずを見るような目で見下していた。独特な雰囲気を持つその男に安易に近寄れる人間は誰ひとりとしていない。完全に私達とは次元の違う人間。周囲から浮いている存在。
だからなんだ。私はこんなくそ真面目でつまらなく、しかも自分以外の人間はバカだと見下している偉そうな男なんかに興味はない。たまたま同じクラスになった今も、クラスの中で完全に浮いているその男に対して興味は持たなかった。頭がいいからと言って偉そうにしてるむかつく奴。それが私の中での彼の人物像。これが最低の中の最低で人間の中のくずで根暗なサディストに変わったのはつい最近のこと。

今現在、私が最も殺したいナンバーワンを維持しているのはこの男。
伊東鴨太郎ただひとり。

「なんだその点数は、本当に僕と同じ人間がとった点数なのかそれが。ああすまない、君はバカで僕は天才だったね、バカの君にしては頑張ったと言うべきかな」
「ちょ、なに勝手に人のテスト見てんの!つーかそんなに言うなら伊東くんは満点でもとれたって言うわけ!?」
「満点?そんなもの日常茶飯事だが」
「何その満点しかとったことありませんみたいな言い方!腹立つ!ほんと腹立つ!!」
「なんだ、満点もとったことがないのか、本当にかわいそうな人間だな君は、ああ君は人間じゃなくてバカだったね、また間違えてしまったよ」

眼鏡の奥にある鋭い瞳で私を見下し、笑いながら自分の満点用紙をひらひらと私に見せびらかすその様は本当に見ているだけで腹立たしい。同じクラスになったときは目も合わせないくらいお互い空気の存在だったのに。こんな風に何かと伊東くんにバカにされるようになったのはすべて席替えのせいだ。運にまかせてやった席替えで私は見事に一番後ろの窓際から二番目の席を獲得。しかも窓際にいる私の隣は伊東くんだし反対隣はマヨ土方くんだし。どっちも話したいとは思わないほど興味のない人間。やったね、これで授業も好き勝手し放題、携帯いじり放題。

それなのに。どういうわけか私が授業中ずっと携帯をいじりまくっていたことを担任にチクるわテストのときカンニングしていたのをばらすわ早弁しているのを横で嘲笑っているわ。チクりもばらすのもすべて反対隣のマヨ土方くんがしたならまだ理解はできる。彼は伊東くんに比べれば何倍もギャグが通用する人だから。でも残念ながらマヨ土方くんは私になんてこれっぽっちも興味は無く、いつもいつもマヨ筆記用具で勉強やらマヨ弁当で早弁やらをしているだけで。
驚くべきことはマヨ土方くんではなくこれらすべてをしてのけたのが、自分よりくずの他人に興味なんて持たないはずの伊東くんだということだ。

「そういえばやっとで携帯返してもらったんだよね、伊東くんにチクられて有り難くも担任に没収されてた携帯」
「バカのくせに授業中にそんなもので遊んでいる君が悪いんじゃないか、それより早く職員室に行ってきたらどうだい」
「はあ?職員室ならさっき行ってきたとこなんだけど、伊東くんにチクられたせいで没収された携帯を取り返しに」
「なんでも小耳に挟んだ話だと君が授業中に早弁していることがばれたらしいぞ」
「てめー!!また早弁のことチクったな!!覚えてろよ!帰ってきたらそのむかつく眼鏡、粉砕してやるからな!!」

早弁なんてしてる君が悪いと言いながらにやりと口角を上げ余裕の笑みを私に向ける伊東くんに、思いっきり中指を突き立て私は再びダッシュで職員室へ向かう。早くこいや早弁女!とふざけた校内放送をする担任に殺意を抱きながら、私の頭の中は怒りばかりで埋めつくされ最早パンク寸前。あんのくそ眼鏡。もう本気で怒った、もう許してやらない。帰ったらほんとにあいつのいけすかない眼鏡かち割ってやろう。そしたらいくらあいつでも目を押さえてうぎゃああなんて叫んでのたうち回るよね。やばい、かなり笑える。

そんな私の計らいも虚しく、無駄に長引いた説教のせいで教室に戻るとすでに人っ子ひとりいない状況だった。逃げやがったなあのくそ眼鏡。

「あ、おはよう伊東くん死ねええ!!」

翌日。悠々と教室に入り席に着こうとしている伊東くんににこやかにあいさつしながら、むかつく眼鏡に向かって一直線に拳を放つ。そんな私の渾身の力をこめた拳を難なくかわし、壁に激突した拳を心底痛がり叫ぶ私に何をしてるんだと嘲笑いながら伊東くんは自分の席に着いた。ちょっと、ほんとにむかつくんですけどこの男。ほんとに殴りたいんですけど。

「伊東くんさあ、そんなキャラじゃなかったよね、人いじめて喜ぶキャラじゃなかったよね」
「何を今更」
「あーらら、そんな余裕こいてていいのかなー、私言っちゃうよ?伊東くんが本当は人をいじめるのが大好きな変人だってみんなに言いふらしちゃうよ?」
「好きにすればいい、どうせ君の言うことなんて誰も信じないだろう、何よりこんな僕を知ってるのはバカの君だけだ」
「も、元はと言えば伊東くんがなんでもかんでもチクるから私がこんな目に、大体!早弁なら私の隣の土方くんだってしょっちゅうしてるじゃん!気持ち悪いマヨ弁当食べまくってるじゃん!」
「そうなのか、全然気づかなかったよ」
「嘘つけ!!私ばっかり目の敵にして!もう本気で怒ったからね!容赦なくそのむかつく眼鏡粉砕するからね!」
「わからないのか」
「はあ?」
「なぜ君にだけこんなことをするのか、君はわからないのか」

少しだけ声色と雰囲気が変わった伊東くん。突然の伊東くんの言葉の意味が分からず、不思議そうにしている私にやっぱり君はバカだと言い伊東くんは教室から出て行った。またバカにされた。意味わかんない、むかつく。
ひとりで悶々とさっきのことを考えていると、隣から小さな笑い声が聞こえてきて私は眉間にしわを寄せ隣のマヨ野郎を睨みあげた。

「何笑ってんのマヨ土方くん」
「いや、おまえらほんとおもしれーわ、つーかマヨ土方ってなんだ、変な呼び方してんじゃねー」
「私は全然面白くないしむしろ不快なんだけど、マヨ土方くん」
「だからその呼び方やめろって、ああもういーや。それよりお前伊東と仲いいよな、あんな関わりずれー奴とよく話せるもんだ」
「話したくて話してるんじゃないし!勝手にあっちが人をバカ呼ばわりしてくるだけで、最初だって全然話す気なかったのに向こうがむかつくことばっかりやるから気づいたらこうなってただけで、あー考えただけで腸が煮えくり返る!!」
「でもよ、あいつがああやって話すのはお前だけだよな」
「は?」
「お前も知ってるとは思うが伊東は孤立してる、あいつが誰かと一緒にいる様なんざ見たことがねえ、たまに伊東の後ろをついて回るやつらもいるがどう見ても友達ってツラじゃねえだろ」

そんな伊東が、お前にだけは違う。
にやりと笑うマヨ土方くんにマヨ土方くん持参のマヨネーズを思いっきりぶっかけダッシュで教室を後にした。出て行った後の教室から何すんだてめー!と罵声が聞こえてきたけど気にしない。あのマヨ土方め。だからなんだって言うんだ。私にとって伊東くんは最低最悪な人間に変わりはない。むかつく。伊東くんはむかつく。

ただ、少しだけ知っていることはある。
私の隣の席になる前は私とかなり離れた位置にいた伊東くん。そんな彼の隣の席にいたのは化粧ばりばりのケバい女だった。授業中は机の上に教科書を出さず携帯を出すのが当たり前。いつでもどこでも化粧するのが当たり前。面倒くさかったらさぼるのも当たり前。私なんかより何倍も態度が悪いと思えるその女のことを、伊東くんは一度だって担任に話したことはなかった。当然のように隣同士ながら会話すらしていた光景も見たことがない。

私だけが知っていた。
伊東くんが本当に興味のない人間には、目を向けることすらしないということを。
いつも自分より出来の悪い他人をバカにして見下して。いい外面とは対照的に腹にはどす黒いものを持っている彼は、誰よりも孤独を好んでいて誰よりも孤独を嫌っていた。他人を寄せつけまいとする雰囲気をまとわせながらも、視線は常に周りのことを意識している。彼はいつもひとり。

私だけが知っていた。
他人を観察する伊東くんの視線が、よく私に向けられていたことを。
私の隣の席になってから、伊東くんは私の中でどうでもいいやつからむかつく嫌なやつに。興味のない真面目な人間から興味のある面白い人間へと変わった。いつだって私より早く教室にいて、いつだってむかつく笑みを浮かべて私を見つめる。伊東くんはいつだって。

「なんだ、とうとう授業までさぼる気なのか君は、これだからバカは手に負えない」
「それなら伊東くんもバカだね、とっくに授業なら始まってるよ」

伊東くんもさぼりじゃん。言いながら図書室でのんびりと本を読んでいる伊東くんのそばへと近づいていく。やがて無表情だった伊東くんの顔が、私を見ていつものにやりとしたむかつく笑顔へと変わった。

私だけが知っていた。
他人を見ても無表情の彼が、私を見たときにだけその憎たらしい笑みを浮かべることを。

「たしか容赦なく僕の眼鏡を粉砕するとか君は言っていたな」
「言ったよ、だから授業さぼってまで伊東くんの眼鏡割りにきてやりました」
「できると思ってるのか、君ごときがこの僕に」
「できないと思う?伊東くんごときにこの私が」

私の言葉を聞いて上等だと、伊東くんは少しだけ優しく笑った。

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