ホワイトデー当日。バレンタインデーのときにチョコをひとつも配っていない私には何の意味も成さない普段と変わりない日だった、はずだ。それなのに。

「あー、げふんげふん!」
「……」
「ごほごほ!、あーあー」
「……」
「んーげっふんげふん!」

一体さっきから何の主張をしているのだろう。どうにも今朝から隣の席の桂くんがおかしい。いや、いつもおかしいけど。いつも真面目なようで大分おかしい人だけど。今日はいつもよりそのおかしさがパワーアップしてる。なぜだ。
今朝からずっと私のほうに顔を向けてわざとらしい咳を続けている桂小太郎くん。あまりにも自分に声をかけてほしいアピールが目に見え過ぎているため私もわざと声をかけない。そのため今日一日中こいつのうるさい咳を聞くはめになってしまった。授業中はさすがにしていなかったが、じーっと隣からの視線がずっと突き刺さる感覚があり軽い頭痛に見舞われた。そんなこんなでやっと訪れた放課後。いつものように帰り支度をしている私の隣でまたもや私に向かってわざとらしい咳を続ける桂くん。一体なんなんだ。

「げっふんごっふん!」
「…あの」
「あーあー、ごっほ!やべ、変なとこ入った!」
「あの、桂くん」
「ごはっ!ごほごほ!ん?俺に何か用か?」
「えーと、用なら桂くんのほうにあるんじゃない?」
「遠慮するな、言いたいことがあるなら素直に包み隠さずすべて話せ、時間はたっぷりあるからな、なんでも聞いてやるぞ」
「えええー、じ、じゃあ、なんか今日やけに咳、多いけど…どうかしたの?」
「案ずるな、風邪ではない」

私に声をかけられた桂くんは無表情ながらどこか嬉しそうにほんのり頬を赤く染めている。なんだ、なんで赤くなってるんだ。怪訝そうにじーっと見るとそんなに心配してくれるとはなとなぜか奴をもっと喜ばせてしまった。ていうかこいつ風邪じゃないって言ったよね?さり気にわざと咳してたって言っちゃってるけど気づいてないんだろうな。バカだし。つーか誰も心配なんてしてないんですけど。なんでこんなに自惚れなんだ。バカだからしょうがないのかな。桂だし。

「ごほん、そ、そんなことより、ほかに言いたいことがあるんじゃないのか」
「ほかに?」
「ああ、聞きたいこととか」
「別にないけど」
「なにを言う、あるだろう!俺に聞きたいこと!」
「な、ないってば」
「ない、だと…?何故だ!!」
「そ、そう言われても」
「まさか忘れたのか!?」
「は?なにを?」
「何故忘れたんだ!一世一代の愛の告白を!!」
「こ、ここここくはく!?」
「聞きたくないのか!俺の返事を!」
「へ、へへへへんじ!?」

ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!こいつ今なんつった!?告白!?誰が?私が!?誰に?桂に!?寝言は寝て言えボケ!!
思いっきり肩を掴まれがくんがくんと遠慮なく頭を揺さぶられたせいで妙な頭痛が起こりだした私は、目の前の般若の如く必死すぎて恐ろしい顔の桂くんに思いっきり蹴りを食らわせてやった。そのおかげで奴は後ろにぶっ飛びたまたま久しぶりに学校に来ていた不良こと高杉晋助くんに見事直撃。キレた高杉くんが鬼の如く恐ろしい形相で桂くんを追いかけ回し始めた。ざまーみろ、ヅラめ。変なこと言った罰だ。

額を抑え疲れたと言わんばかりに大きくため息を吐きさっさと帰り支度を済ませた。桂くんがこっちに気づいていない間に帰ろうとしたとき頭に何かがこつんと当たった気がして後ろを振り返ると、そこにはまったくもってやる気のない表情をしている坂田の姿があった。

「あ、坂田だ」
「坂田ですこんにちはー、この度は借りてた本返しにきましたよー」
「あーそういえばそうだった、どうもどうも」
「これまだ続き出てねえの?」
「あ!確か今日新刊発売日だったよ!」
「マジか!?じゃあ本屋に行くしかねえだろコノヤロー!」
「本屋まで一緒に行きませんか坂田くん」
「オーケーオーケー」
「まて貴様ら!!」

坂田と一緒に教室から出る直前、物凄い勢いで桂くんがこっちに走り寄ってきた。気付きやがったよこの人。桂くんの声に心底面倒くさそうに頭をかく坂田と同じく私もげんなりと肩を落とす。見渡せば教室には私達しかもう残っていない。目の前にきた桂くんの後を追うようにひょこひょこと後ろをついてきた高杉くんがちょっと可愛かった。

「貴様逃げる気か!」
「に、逃げるもなにも、大体!全部桂くんの勘違いなんだよ!!」
「か、勘違いだと!?」
「おいおい、おめーら一体なんの話して…」
「私、桂くんにこ、こここ告白、なんてしてないし!した覚えもないし!」
「何故そこまでとぼけた振りをする!?まさか…!そうか、これがいわゆる焦らしプレイというものなのだな!可愛い奴め、お前がそこまでするなら仕方ない、さあ!思う存分俺を焦らすがいい!!」
「きもいんだけど!!ちょ、だから顔赤くすんな!きもい!」
「えーなになにー?お前ヅラに告白しちゃったわけえ?おいおいやるじゃねーかヒューヒュー」
「坂田てめえ!だから告白なんてしてないんだってば!!全部桂の勘違い!妄想!変態!」
「勘違いではないぞ、バレンタイン当日確かに俺の下駄箱にお前の恋文が入っていた」
「はああああ!?」
「…おい銀時、てめえ」
「あ?なに睨んでんだよ高杉」
「そこまで言うなら仕方あるまい、証拠を見せてやろう」

ごほんと咳払いをして頬を赤くした桂くんがカバンからごそごそと手紙を取り出した。え、なんだ。なんだその手紙は。なぜだか自分が書いたものじゃないとわかっていてもどきどきと心臓が高鳴り額に冷や汗が滲む。私、じゃないよね?あれ?私ラブレターなんて書いたっけ?いや、書いたか?書いた、かも。もはや自分さえ信じられなくなった。
手渡された手紙はしわが目立たなく綺麗で、どうやら丁寧に保管されていたらしい事実に少しだけ緊張する。恐る恐るそっと手紙を開け中の便せんを取り出し広げると、気になったのか坂田と高杉くんが私の両側から顔を寄せてひょっこりと覗きこんできた。本当はあまり見られたくはないが今は仕方ない。ごくり。閉じていた目をやっとの思いで開けつらつらと書かれている文字に視線を落とす…ってこれ私の字じゃねえ!!

「あ…」
「やっぱりてめーか、銀時」
「お、思い出したわ、あははー」
「…坂田、これ明らかにあんたの字だよね?どういうこと?」
「なに!?これは銀時が書いたのか!?」
「おめーは黙ってろ」
「い、いやね、それはその、ですね、あは」
「はっきり言え」
「怖いんですけどこの子、目が完全に据わっちゃってるんですけど、やべ、ちょっとマジでちびりそう」
「…要するに」

顔面蒼白であたふたとする坂田に変わり面倒くさそうに語り出した高杉くん。事の発端はやはり坂田でバレンタイン前日。バレンタインの意味もよくわかっていないというか恋愛に関してはガッチガチの中二以下レベルという桂くんをからかおうということで、古典的ながらも私の名を借りて桂くん宛てにラブレターを書いたとのこと。完璧に坂田の字で書かれたラブレターはどうせすぐにばれるだろうと桂くんからその話を言ってくることを待っていたが、なぜか桂くんからその話は一切出てこなくて。気づいたら坂田も高杉くんも今はいないけど坂本くんもきっぱり忘れてしまっていたという。ちなみに私の名前を借りた理由は桂くんの席の隣だったから。適当すぎるだろ。

「坂田、歯ァ食いしばれ」
「ま、ままままて!まだある!わざわざお前を選んだ理由はまだあるぞ!」
「席が隣だったからでしょ?そりゃあ反対隣の沖田くんの名前は使えないもんねえ」
「それもあるけど…って、まままて!おお落ち着け!実はな、何ヶ月か前からヅラがちょくちょくお前見てんのに気づいたんだよ俺ァ」
「ヅラじゃない桂だ」
「つっこむとこそこか」
「…だから?」
「だ、だから、俺が一肌脱いで気付かせてやったってわけ、あははー、ほら!こいつ愛だの恋だのに関してガッチガチじゃん?バカじゃん?小学生以下じゃん?だから、ねえ?うん…それじゃ!」
「あ!ちょ、待てコノヤロー!!」

気を抜いた瞬間、坂田は目にも止まらぬ速さで廊下を走り去って行った。逃げ足だけは無駄に速い奴め。気づいたときには静かな教室に私と桂くんと高杉くんの三人だけになっていて、なぜかいらぬ空気を読み高杉くんはにやにや楽しそうに口元を歪めながら教室を出て行った。邪魔者はいなくなるから安心しろだとか言ってた気がする。いやいや、そんな気遣わなくていいからマジで。
そっと足元に視線を向けると、桂くんは手紙を握りしめうじうじと体育座りをしていた。巻き込まれた私も私だけど、桂くんもそりゃーショック受けてるよね。あんな糖尿病予備軍野郎に人の恋愛勝手にかき回されたんだから。

「あの、桂くん、あとで坂田にちゃんと言っておくから…」
「何故銀時の字を見間違えてしまったんだ…!よく見慣れていたというのに!」
「そこかよ」

やっぱり少しずれてる桂くんに大きくため息をつく。こちらに背を向けうずくまる桂くんの背中を見つめ、あーうーと言葉を濁しながらぎこちなく声をかける。その声に反応した桂くんはこちらに振り返り無駄に整った顔で私を見上げてきた。ごくり。喉が鳴る。じっと私を見上げてくる桂くんの表情になぜだか緊張する。ちくしょう。これも全部坂田のせいだ。坂田が、桂くんが私のことずっと前から見てたなんて言ったから。

「あの、へ、返事、なんて言おうと、して」
「ひよこか」
「は?」
「可愛い奴め、なかなか似合っているぞ」

一体なんのことを言っているのかと眉を潜めると桂くんの手が伸びてきてぴらりと、ごく自然に私のスカートを捲りあげてきて恥じらいもなくじっと私のパ、パパパパンツをガン見、って!なにやってんだコラ!!

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