「鴨ちゃん、一緒に遊ぼうよ」

幼い頃、いつもひとりで本を読んでいる僕によく話しかけてくる女の子がいた。その子はひとりでいる僕を見つけると、必ずと言っていいほど執拗に話しかけ僕に構おうとする。ほかの連中とは明らかに真逆の態度。その頃の僕には嬉しさと不安と困惑ばかりが入り混じり、その子に対しどう接すればいいかわからずにいた。僕に話しかけ僕に笑顔を向けるその子の真意がわからない。きっとひとりでいる僕に興味がわいたか同情したかのどちらかなんだろう。自身の中でそう決定付け、その子と執拗に関わることを拒み続けた。昔も今も、それは変わらず僕はその子から目を背けていた。

「鴨ちゃん、いっつもなんの本読んでるの?」
「君には関係ない」
「私はね、本を読むのすぐ飽きちゃうから鴨ちゃんが毎日読んでるのすごいと思うんだよ」
「そう」
「あ、私も鴨ちゃんと同じ本読んでたら飽きないで読んでられるかな」
「……」
「ねえ鴨ちゃん、鴨ちゃんは」

ぱたん。僕が本を閉じ立ち上がるとその子の口も自然と閉じ不安そうに僕を見上げる。そんな目から逃れるよう僕はさっさとそこから立ち去り少し離れた位置へ腰を下ろすと、また本を開き読書を再開する。ここまでするとその子もようやく僕から離れていった。何度か僕のほうを振り返り、しぶしぶといった感じで。
これで懲りたかと思うとまた次の日にはいつものように笑顔を浮かべて僕の名前を呼び僕のそばへと寄ってくる。僕がここまで相手にしていないというのに、バカなのか鈍感なのか。それでもその子は、毎日毎日冷たくあしらう僕に笑顔を絶やすことはなかった。

「そうなのか」
「うん」
「君みたいな人ならすぐに友達もできるだろう、よかったじゃないか」
「…それだけ?」
「ほかに何か?」
「だって、」

私、遠いところに行っちゃうんだよ。
そう言ったその子の顔はいまにも泣きだしてしまいそうな、それでも必死に僕に何かを伝えようとしているような表情で。それは幼かった僕にも手に取るように感じることができた。親の事情で引っ越し。この子はここから遠い地へ。だからなんだと言うのだ、一体この子は僕になんて言ってほしいんだ。君には友達もたくさんいただろう、僕じゃなくそいつらに話せば済むことじゃないのか。なぜ明らかに自分を嫌っている人間である僕にそんな顔でそんなことを言うんだ。

「鴨ちゃん」
「…なんだ」
「私、鴨ちゃんに言いたかったことが、あるの」
「……」
「私、鴨ちゃんに嫌われてること知ってたよ、それなのにいっぱい話しかけてごめんね、どうしても鴨ちゃんとたくさん話したくて、私…鴨ちゃんのこと」

とうとう我慢できずに、その子の頬を小さな涙がひとつ伝った。それからボロボロと流れて止まらず。泣きじゃくり声を殺して、その言葉の続きを僕に告げずその子はいなくなってしまった。最後まで泣いたまま。いつもの笑顔をその日は見ることができず、それからもずっと、その子の笑顔は見ていない。その子の存在すら時が経つにつれ僕は忘れていった。

思い出したのは、ほんとうに僕の最期の瞬間。
対峙した土方と斬り合い意識が遠のく中、見たのは一本一本の絆の糸。それは僕とこいつらの中で綺麗に繋がっていた。ずっと前からそれは繋がっていたのに。僕は気付かずいままでひとりで生きてきたと、そればかり。僕は、ほんとうにそればかりでこの糸を見ようとしなかった。いや、見えなかった。それに目を向けようとせず孤独とばかり思っていた僕に、はたして見ることができただろうか。

あれからどれくらいの月日が経っただろう。最後の最後に泣き顔ばかりを僕に見せ、僕の前からいなくなったあの子はいまどうしているだろうか。ほんとうに今更。それでもやっとで、あのとき君が言おうとしていたことが僕にもわかった気がするよ。
君がいまも笑顔でいることを、僕は心から望んでいる。

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