上手な再生を知らない


雨は嫌いだ。無駄にしみったれた気分になって嫌気がさす。それなのに薄暗い空からはぽつりぽつりと冷たい雨が降り始めていて、何とも忌々しい空を睨みあげ舌打ちをしてやった。それでも雨はささやかに降り続ける。この天気、この状況。最悪だ。雨だけでもやんでくれないだろうか。余計気分が滅入ってしまう。ずるり、重い体を引きずるように荒れ果てた地の上をひたすらに歩き続けた。

「あ、いたいた、そっちは終わった?」
「団、長」
「雨も降り出してきたとこだしそろそろ帰ろっか」

ビジネスも終わったからねと私に背を向け歩き出した団長の後をついて行こうと一歩前に踏み出したと同時にぼんやりと歪む視界。そのまま一瞬目を閉じればかすかな衝撃が体全体を襲い、私は目を開く。先ほどと違いなぜだか私の目線は地面に沿っていて少し前には団長の後姿。見上げるようにしなければ団長の全体を見ることができない。ゆっくり辺りを見渡すと荒れ果てた地面ばかりが広がっていて、私は倒れたんだと理解した。

「あり?どしたの?大丈夫?」

倒れた私に気付いた団長が笑みを浮かべて私の前にしゃがみこむ。体が重い。瞼も重い。どくどくと体のあちこちから血が流れ出すたびに私の意識は朦朧としていった。雨が少しだけ強くなりそれは容赦なく私の体に滲み渡っていく。寒い、寒いな。がたがたと震え出した体の、私の頭だけが雨に当たっていないことに気付き顔をあげるとしゃがんで私を見下ろす団長がにこにこと傘をさしているのが見えた。団長の大きな傘が団長と私の頭を雨から防いでいる。

「すごいやられようだ、このままじゃもうすぐ死んじゃうね」
「わ、たしが?」
「うん、死ぬよ」

団長の思わぬ言葉に頭が真っ白になる。死ぬ、私が。私が死ぬの?嘘だ、そんな。どくどくと体の外へ流れ出る自分の血液が妙に生々しく、どんどん体が死んでいくのを嫌でも感じた。ああ、なんで私はあんな弱い敵に致命傷なんか。戦いの最中に一瞬でも気を緩ませた自分が許せない。たまらなく腹立たしい。

「弱いなあ、あんな連中にやられるなんて」
「…う、」
「かわいそうだから死ぬまで見ててあげるよ」

にこにこと笑みを浮かべたまま私の死を今か今かと待っている団長の姿に情けなくも涙が溢れた。ちくしょう、なんてやつだ。部下が死にかけてるのに助けようとも楽に死なせようともしてくれない。最悪だ。知ってたけどこいつは最悪な上司だ。いつもいつも好き勝手暴れて、その尻拭いはすべて私達部下がやらなきゃいけない。わかってるんですか、あなたのおかげで私はとても苦労してきたんですよ。それでも文句ひとつ言わずあなたについてきたのに。なんで笑ってるんだ。
団長がわかってるように私もよくわかる。私は死ぬんです。今ここで、大嫌いな雨と一緒に。死ぬんですよ、わかってますか?あなたの部下が死ぬんです。だからへらへら笑ってないで少しは悲しめ。こんなときくらい、少しは。少しは惜しんでよ、私が死ぬのになんでそんな簡単に。笑うな、笑うな笑うな笑うな。

「う、うう」
「ん?」
「うう、うあー!!」
「ありゃりゃ、泣いちゃった」

でっかい声だとケラケラ笑う団長の笑い声をかき消すよう体の奥から振り絞るように大声で泣いた。子供みたいに呆れるほど喚くその姿を団長は楽しそうに見つめる。だから笑うな、笑うんじゃねえよバカヤロー。そんな余裕ぶってるのも今の内だ。私が死んだら、私がいなくなったらあんた。

「わ、たしが、死んだら」
「お、しゃべった」
「パシリも、あん、たの、世話も、誰もするやつ、いなく、なる」
「ああ、そういえばそうだね」
「全部、あんたが自分、で、やらなきゃ、なんな、いよ」
「それは面倒だな」

そう言うと目の前の団長はうーんと何かを考えだす。本当にこの人はバカだ。今頃気付くなんて遅すぎる。毎日毎日あんたの世話やらパシリやらをやってあげてた私がバカみたいだ。今のではっきりしちゃったな。あーあ、あんなに毎日頑張ったのに。結局私は、団長にとってどうでもいい存在でしかなかったんだ。
でも、でもさあ。こんなバカでも、どんなにちゃらんぽらんなやつでも。私は、好きだったんだよ。本当にどうしようもないやつだけど、好きで好きでたまらない。だからパシリも世話もやったのに。だからそばにいたのに。だからいつだって。

「うーん、まあいっか、その後のことはあんたが死んでから考えるよ」
「…バカ、や、ろう」
「死ぬ間際でずいぶんとでかい口がきけるね、いいからさっさと死んじゃいなよ」
「う、バカ、や」

ぱくぱくと口が動くだけでその続きは言うことができなかった。寒い。手足が動かない。団長を見ていようと必死にあげていた顔も力無く地面へ。視線の先には雨で濡れた茶色の地面だけ。もう、さよならだ。最期は団長の憎たらしい笑顔を見ながらがいいなって考えてたのに、これじゃあ何も見えないじゃないか。地面なんて見たくない、雨も邪魔だ。ああいやだ。気分が落ちていく。だから雨は嫌いなんだ。
ゆっくりと重い瞼が閉じていく。ぼんやりとした地面ばかりの視界に突然ひょっこりと見覚えのある顔が出てきた。これは、団長?ぼやける視界で必死にそれを確認し確かに団長の顔だと私は安堵する。相変わらず笑みを浮かべる団長の口が少しだけ動き、何かを口にした。一体何を言ったのか、聞こえない。私の耳には届かない。耳障りな雨音ばかりが邪魔をして団長の、あなたの声が聞こえない。俺は、ぷつん。そこで私の意識は途切れた。団長、聞かせて下さい、どうか。

「俺は、」

どうかその先を。

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