「ごほうびくれよ」

そう言って、私にキスをした銀時。顔を近づけるときも顔を離すときも、普段と変わらない締まりのない表情で。一体何を考えているのか。その日から私は銀時を避けるようになった。明らかに態度が変わった私に、銀時は何も言わず私を見ようとしない。それは月日が経てば経つほどひどくなり、最近銀時の万事屋へ私が訪れるまで一度も彼に会うことはなかった。
本当に久しぶりに見た銀時。まるで今までの沈黙が嘘だったように自然に私と接してくれる彼の態度に安心しながらも、少しだけ悲しさを感じた。それは私の中で彼が幼なじみから何かへと変わったということ。あの日、銀時が空から降ってきたと言った雪だるまは固く、とても冷たかった。

「ハーイ!よってらっしゃい見てらっしゃい!世界でここにしかないかき氷雪だるまアルヨー!しかもかき氷まで作れるアルヨー!」
「かき氷ひとつちょーだい!」
「ガキが偉そうに命令すんじゃねえヨ、食いもんカ?お前は食いもん目的でここにきたのカ?」
「ちょ、神楽ちゃん!お客さんにそんなこと言っちゃだめだって!投票してもらえないよ!」
「そうだぞー神楽、俺達は優勝狙ってんだからなー」
「チッ、じゃあそこのくそガキ、かき氷食わせてやっから万事屋チームに一票いれるヨロシ」
「おい!なに脅迫してんだお前!!」

ぱん!と軽快に神楽ちゃんの頭を叩いた銀時は、呆れたようにため息をつき鼻をほじる。それを見た新八さんがちょ、ほかの人達も見てますから!軽く引いてますから!と慌てて銀時に詰めよっていた。やっとの思いで大会開始ぎりぎりに出来上がった私達の雪だるまは何とも大きなものだった。雪だるまの頭にシロップをかけることや、雪だるま自身にもかき氷を持たせること、そして雪だるまの下でかき氷を作るという無駄に凝ったことをやったものだから4人全員ほとんど疲れ切っていた。それでも優勝しようとみんな頑張っている。

「あ、そういえばこの大会に出る目的ってなんなのか知らないネ、教えてヨ」
「私はただこの大会に出られれば満足なので、もし優勝したら賞金は万事屋のみんなで受け取って下さい」
「マジでか!ほんとにいいアルカ!?全部とっちゃうヨ?全部酢昆布直行ヨ?」
「誰が酢昆布ごときに200万使うかコルァ、払ってない家賃とお通ちゃんのライブに直行に決まってんだろ!!」
「おい、パフェも忘れんじゃねーぞ、つーか世界中の甘いもんありとあらゆるとこから現地調達直行だ」
「この私欲トリオが」

呆れる内容なのに張り切って目を血走らせている3人に、私はため息をついた。辺りを見渡せばいろいろな雪だるまがあって私は目を細める。気づかれないようにと必死にいろんな人に声をかけている銀時へそっと目を向けると、そこにはいつもの銀時が立っていた。
昨日、あんなことがあったのに銀時はいつもとまったく変わらない態度だった。銀時は気づいていないのだろうか。いまになって私がこんな依頼を持ってきたことの意味を。忘れたくて忘れたくて銀時を避けてきたのに、いまのいままで忘れることなんてできなかったあの夏の日の出来事を。どうしても、あんなことをした銀時の真意を知りたかったのに。

あの日、銀時が私に手渡した雪だるまは雪で作られていなかった。夏によく食べるかき氷の氷で形作られていた。冷たく固い違和感のある雪だるま。私はただ嬉しくて、気づかないふりをしてそれを飲みほした。大きくなった銀時のあの頃と変わらない私への態度に、あれはただの子供のからかいだったんだと諦めにも似た結論を勝手に考えていた。ただからかってキスして。それなのに。
いまになって銀時は、また私にキスをした。あのときと同じくそっと触れるだけ。顔を離すと私の反応を見るように私の顔をじっと見つめてきて。本当に、この男の考えていることがわからない。一体何がしたいの。なんで、私にキスするの。

「ぎゃあああ!!雪だるまが溶けてきたアルー!!」
「ちょ、ヤバくないですかこれ!」
「てめえら!全力で雪だるまを暑さから守り抜け!!」

がんがん照りつける太陽に雪だるまが耐えられるはずもなく、私達の作った雪だるまは物凄いスピードでどんどん溶け始めていた。それを阻止すべく4人で必死になりながらあれやこれやと策を施すもまったく意味は無く、気づいたときにはあんなに大きな雪だるまがただの液体と化してしまっていた。4人で呆然と雪だるまのなれの果ての姿を見ながら辺りを見渡すと、ほかの参加者達の雪だるまもすべて溶けてしまっているのが確認できた。たぶん無事に原形を留めている雪だるまは存在していないだろう。

「結局、優勝者は無しかー」
「最悪アル、何が最後まで雪だるまを溶かさなかったやつに優勝をあげるつもりだったんだよねーって、ふざけんじゃねえよコンチキショー!あの大会最初っから200万あげる気なかったんじゃねーかヨ!!」
「あの、すみませんでした、皆さん頑張って作って下さったのに」
「いえいえ、あなたが気にすることじゃないですよ」

気まずく肩を落とす私に前を歩く新八さんがやんわりと笑顔を浮かべてくれた。新八さんの隣にいる神楽ちゃんもそうネ!悪いのは全部さっさと溶けやがった雪だるまのせいヨ!と元気よく言ってくれたものだから、ありがとうございますと私も笑顔を浮かべた。それを見て安心したのか新八さんと神楽ちゃんはまた前を向いて雪だるまのことについていろいろと話しだす。そんなふたりから視線を外しそっと私の隣を歩く銀時のほうへ顔を向け、いつものだらしない顔のままの銀時を目に入れると小さくため息を吐いた。

「なあ」
「な、に」
「お前これからどうすんの」

突然の銀時からの問いに私は動揺しながらもどうもしないよと答えると、ふーんと何とも呆気ない返事が隣から聞こえてきて私は苛立ちを感じた。身長の高い銀時に下から睨みあげるように視線を向けるが銀時はそれさえも気づいていないという感じで、いつもの締まりのない顔のまま前を見据えている。平然と、何事もなかったかのように。なんなの、私はこんなに気にしてるのに。バカらしい、私はひとりで何やってるの。止まらない苛立ちを抑えるように銀時から顔を背け、唇を噛み締めながらじっと自分の足元を見つめた。

なんで、こいつはいつもこうなんだろう。久々に見たこいつは昔と変わらず何を考えているのかまったくわからない。死んだ魚のような目をしてすべてに興味がないかのようにやる気のない雰囲気を漂わせているのに、いざとなったら普段では考えられないほど頼りになる。だからいつだって、口では冷たいことを言っていても私が困っていたり泣いていたりするとすぐに助けてくれた。
ここ何年かの銀時は知らない。けど小さい頃の銀時は知ってる。いつも一緒にヅラ達と遊んでたから。それなのに今になって考えると、そうでもないような気がしてならなかった。だって、あの夏の日に私に空から降ってきたと言って雪だるまを渡し、そのご褒美にと私にキスをした銀時の考えていることをまったく感じ取ることができないから。あの日から今までずっと考えて考えて。それでもわからない、銀時の心。

あの日も昨日も。銀時変だよ、どうして私にキスするの。小さい頃のはただのからかいだったのだと思うことにしようとしてたのに、なんで昨日あんなこと。わからない、銀時の考えていることが私には見えない。ただ私の反応を見て楽しんでるだけなのだろうか。わからない、なんなの。もういやだ。
考えれば考えるほどまとまらない。私はさらに顔を俯けぐっと唇を噛み締めた。銀時のバカ野郎、バカアホまぬけ、あんたなんか。

「…今度は依頼なんていらねえから、糖分のひとつくれー持って遊びにこいよ」

いつでも待ってっから。
ふいに聞こえてきた銀時の言葉。意味がわからず隣にいる銀時を見上げると、私を見下ろすやる気のない目としっかり目が合った。それは数秒の後に私から背けられ銀時は紛らわすように真っ白な頭をがしがしと掻く。今が夕暮れだからかそれとも。どちらにせよ、銀時の頬がかすかに赤くなっているような気がして私は驚きのあまり目を見開いた。

「ぎ、銀時」
「あー?」
「雪だるま、ありがとう」
「おう」
「それと」

また遊びに行くね。そう言って震える手でやっと銀時の手を掴んだ。それでもほとんど力の入っていない私の手は銀時が少しでも振り払ったらすぐに離れるだろう。どくどくと鳴る心臓とそっと銀時の手を掴む自分の手に全神経を通わせ、私はじっと下を向いたまま。銀時の答えを待っている。今まで知りたくてたまらなかった銀時の気持ちをひたすらに。
少しの間を空け、ゆっくりと大きな銀時の手が動きそれは強く私の手を握った。いくら振り払っても離せないくらい強く。

「もう夏に雪だるまは作んねえからな」

私の手は離さずに、暑い夏の空を見上げて銀時はあくびをひとつ漏らした。

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