「雪玉?」
「いや、雪だるまね、夏の雪だるま見たいから銀時作って持ってきてよ」
「バカヤロー、雪もねえのにそんなんできるわけねえだろーが、大体できたとしても一瞬で水になるわ、そんな一瞬の人生のために雪玉も生まれたくねーんだよ、雪玉だって必死なんだよ」
「雪だるまだっつってんだろこのくそ天パ」

それからいつものように死んだ魚のような目のあいつと私の喧嘩が始まった。大体ここで止めてくれるのが桂だったかヅラだったか。この日はお互い仲直りもしないで、最後まで背中を向けたまま。その翌日、信じられない光景で驚くことも知らずに。

「…なにそれ」
「見りゃわかんだろ、雪玉だ雪玉」
「雪だるまね、いや、というかどうやってこんなの」
「おいおい、お前誰にそんな口きいてんの?銀さんだよ?天下の銀さんだよ?俺がちょっと祈ればこんぐれー簡単に空から降ってくんだよ、昨日だってなァ雪玉くれって頼んだらちゃんと空からこれ落っことしてくれたんだよ、あーでもお前が頼んでも無理だと思うけどね、これ日頃の行いがいい奴にしかできない秘密の儀式だから、お前みてえなくそガキには一生できねえから」
「てめーもくそガキだろーが」

長ったらしく偉そうな口ぶりでべらべら話し続ける銀時の頭を軽く叩き、銀時の手にある小さな雪だるまに顔を近づける。それには顔なんてなくて白い雪玉がふたつ重なっただけのなんとも質素なものだった。それをじっと見ながら、ふと一本の指をそれに押し付ける。なぜか雪とは違う感触で固くざらりとしたものだった。

「銀時、これ」
「ちょ、お前なに穴開けてんの?どんなにいい子でもなァこういうのはひとり一個までって限定されてんだよ、お前のせいで雪玉台無しだよ、こんな駄作俺は求めてねえんだよ、どうすんの?これどうすんの?」
「私のせい!?ちょっと触っただけなのに!」
「おめー以外に誰がいんだよ、もういらねえよこんなん、こうなったのもお前の責任なんだからお前がこれどうにかしろよな」
「え、でも」

言葉を濁す私に銀時はのんきに鼻をほじりながら、無理矢理私にその雪だるまを押し付けてきた。自分の手に渡るとよくわかる。この蒸し暑い夏の中で私の手を冷たく冷やしながら、だんだんと溶けていく雪だるまの姿が。溶けていく雪だるまを手に目の前の銀時に目を向ける。相変わらずのやる気のない顔に、なぜか嬉しさが込み上げてきた。

「銀時ありがとう!これすっごく大事にするね!」
「大事にするっていうかもう溶けちゃってるよねそれ、どろどろだよね、もう原型さえ留めてねえんだけど、もうそれただの水だよ、所詮水は雪玉にはなれねえんだよ」
「うん!でも大事にする!」
「え、おい!!なに飲んでんの!?なんで飲んじゃってんの!?」

いきなり完璧に液体と化した雪だるまを飲みだす私に、銀時は鼻をほじる指をずぼっと奥まで突っ込みながら慌てていた。それを面白がりながらすべて飲み終えごちそうさまと言うと、銀時は鼻から指を抜きだらだらと垂れる鼻血をそのままにおうと返事をする。暑すぎる周りの空気とは違い、自分の体内だけが少しだけ冷やされた。

「おい」
「なに?」
「ご褒美くれよ」
「えー、でも私なにも持ってない、」

がばっと勢いよく起き上がる。夏の暑さから肌はじっとりと汗で濡れていて、少しの苦しさから顔を歪め辺りを見渡す。そこは見覚えのあるなんの変哲もない私の部屋だった。銀時も私も、まだまだ幼く小さかった。さっきまでのは夢。
私が小さい頃の銀時と過ごした中で一番鮮明に覚えている、夏の日の思い出。私は一度、それをすべて払いのけるように頭を振りさっさと布団から出て行った。

「ロケットネ、雪だるまロケット作るアル、それで宇宙のかなたまで飛んでくといいヨ」
「てめーが飛んでけ、やっぱあれだろ、これはあれするしかねーだろ」
「どれだよ」

進んでいるのか進んでいないのか、よくわからなくも3人は着々と話を続けていた。私はそんな光景をただじっと見つめていた。銀時からあの言葉が出てくることを少しだけ期待しながら。それでも一向に銀時からあの言葉は出てこない。それどころか神楽ちゃんや新八さんからも。私は気付かれないように小さくため息を零すと、飲んでいたお茶を置きみんなに声をかけた。

「私、いいこと思いつきました!」
「お!なにアルネ!やっぱ酢昆布雪だるまダロ?もうそれしかねーダロ?」
「バカヤロー、チョコパフェ雪だるまに決まってんだろ、見て楽しんだあとにパフェ食えるとか一石二鳥じゃね?最高じゃね?」
「根本的にどっちも同じことじゃないですか、それであなたはどんな雪だるまを思いついたんですか?」
「はい!夏と言えばかき氷、ということでかき氷雪だるまというのはどうでしょう!」

私の言葉に神楽ちゃんと新八さんはかき氷?と頭を傾げる。私はささっと紙に雪だるまを描いて、雪だるまの頭にシロップをかけるのだと説明した。

「たしかにいい考えではありますけど…ちょっとインパクトにかけますね」
「かき氷雪だるまにかき氷持たせるとかどうネ、雪だるまがかき氷食ってるみたいアル」
「あ、それいいですね」
「そんでその雪だるまからかき氷作ってお客さん達にかき氷配って歩きゃ完璧だろ」
「銀ちゃんそれナイスアングルヨ!見直したネ!」
「ナイスアイディアね、それじゃあそうするということで雪以外の道具を集めましょうか、雪だるまを作るのは現地に行ってからですよね?」
「はい、作る時間は5時間なのでそれまでにできる雪だるまを考えないとだめですね」
「5時間もあるならビルだって建設できるヨ!でっけー雪だるま作るネ!」
「はいはい、それじゃあ神楽ちゃん大量のシロップ買いに行こうか」
「おいおい、また駄メガネと一緒に買い物かヨ、疲れんだヨこっちはヨー、ひとりでなんでもできる年頃なんだヨ、ひとりでできるもんも余裕で卒業してんだヨ」
「昨日ほとんど酢昆布に金使いまくったお前に言われたくねえんだよコルァ、神楽ちゃんはひとりで行かせるととんでもないことになるからね、当然僕もついてくよ」

新八さんの言葉にケッと悪態をつきながら万事屋を出ていく神楽ちゃん。戸が閉まる音と同時にふたりが万事屋から遠ざかっていくのがわかる。私は一応必要なものを紙に書き出し、外に出るため日差しよけの大きめの帽子を被った。

「それじゃあ私みんなに配るかき氷の氷調達してくるから、銀時はそこに書いてある中のどれか集めてきてね」
「おー」

やる気のない声を出す銀時に苦笑いを浮かべ、私はソファから腰をあげる。そのまま銀時の横を通り過ぎ玄関へ向かうと、後ろから声をかけられた。まだわからないことでもあるのかと振りかえると、のろのろと私のそばへ銀時が歩いてきて私の目の前までくるとふいに立ち止まる。私より背の高い銀時を見上げるとやっぱりだらしのない顔で私を見降ろしていて。一体なんなのだと声をかけようとしたと同時に、私の顔の横へ銀時の腕が伸びてきてそれを壁に添える。

銀時の顔は、すでに私の視界を覆い尽くしていた。
数秒そのまま、それからゆっくりと私から顔を離していく銀時。銀時は少し屈んだ状態のまま身動きひとつできずに固まる私をじっと見つめていた。唇から熱が広がり顔全体が真っ赤になっていく。それとは反対に混乱するように頭は真っ白だった。銀時の顔を見れない、でも銀時からの刺さるような視線を痛いくらい感じる。いやだ、見ないで。
すべてから逃れたくて必死になって、私は目の前の銀時を押し退け万事屋から出て行った。ばたばたと焦れば焦るたび足元はおぼつき転びそうになる。我慢するように唇を噛みしめたのに、じんわりと視界が歪んだ。
それは幼い頃と同じ、熱さと冷たさ。

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