8月の死体


それは暑い夏の日のこと。

「銀ちゃーん!お客さん連れてきたアルよ!久々のお客さんネ!」
「マジでか!!そんなら早く案内、」

チリン、窓に吊るされていた可愛らしい風鈴が一度綺麗な音を奏でた。神楽ちゃんのあとに続くように姿を現した私を見て銀時の言葉が途切れる。少しだけ気になって伏せていた顔を恐る恐るあげると、そこは必要最低限の物しかない何とも味気ない部屋だった。ここが銀時の万事屋。辺りを見渡しそっと銀時へ視線を向けると、いつもの締まりない顔が少しだけ驚きを隠せずにいるように見えた。やっぱり大きくなったなあ。あの頃よりもずいぶん大人びた気がする。締まりのない顔は相変わらずだけど。

「なにびっくりしてるネ、もしかして銀ちゃんの昔の女アルか!?」
「なーに言ってんの、こいつはただの幼なじみだ幼なじみ、つーかあっちーなー、おい神楽、茶ァ出せ茶」
「チッ、えらそうに命令してんじゃねーヨ天パが」
「え、なに?これって反抗期?反抗期なの?ちょ、勘弁しろよ、ただでさえやっかいな夏に手焼いてんだからよ」
「ほらヨ、茶だぜ白髪」
「あっつうう!!おま、どんだけ熱湯淹れてきてんの!?ちょ、これやべーんじゃね?なんか口ん中の水分蒸発してくんだけど、なに?急激に砂漠化?急激に地球温暖化かバカヤロー」
「おめーは年中頭すっからかんの砂漠地帯じゃねえかバカヤロー、あ、お客サンもどうぞアル」

神楽ちゃんにありがとうとお礼を言いながら、目の前で口元を押さえて心底苦しがる銀時を目に入れ、ごく自然にお茶に添えていた手を下ろす。私そっちのけで話し続けるふたりの姿になんだかほっとした。

「で?お前は銀さんになに頼みにきたんだよ」
「おい天パ、お客サンに向かってなに偉そうな態度とってんだコルァ」
「いいんだよ、俺達は昔からこんな感じなんだよ、昔からお互いの尻嗅ぎ合う犬レベルなんだよ、もうあんなことやそんなこともやっちゃってるくれー仲いいんだよ」
「尻嗅いだ覚えもないしあんなことやそんなこともやった覚えないんですけど」
「銀さん発言が変態おやじですよ」
「あ、新八遅かったアルな」

途中から会話に入ってきたメガネの男の人は買い物をしてきたのか、手にはいくつか袋が握られていて私に気づくとお客さんですかとさっと頭を下げた。それに対し私もぎこちなく頭を下げる。新八酢昆布は買ってきたんだろうナと袋の中を漁る神楽ちゃんの言葉から、このメガネの男の人の名は新八さんというらしい。この人も万事屋のひとりなんだとすぐに理解した。
新八さんはあいさつをしたまま立ちつくす私に、向かい合うように座る銀時の隣に腰かけながら座っていいですよと声をかけてくれた。いまだ少し離れた位置で買い物袋を漁り続ける神楽ちゃんを気にしながら、ソファに腰を下ろした。

「なんか親しい感じに話してましたけど、銀さんの知り合いですか?」
「おー、幼なじみ的なアレだアレ」
「どれだよ」

銀時のボケに軽くつっこみを入れる新八さんにすごいと心の中で拍手をして、忘れかけていたここに来た理由である一枚の紙をふたりの前に差し出す。それに目をやるふたりは同時に眉を潜めぽかんと呆気にとられていた。そっと覗き見た銀時の表情からは、やっぱり何も読み取れない。

「え、なんですかこれ」
「雪だるま大会です」
「いや待って下さい、だっていま夏ですよ?なんで雪だるま?」
「この大会には最低4人参加しなければいけないんです、なので私と一緒に参加して雪だるま作って頂けませんか」
「いやいやいや、その前に雪はどうするんですか雪は」
「それは大丈夫です、大会のほうで人工雪は準備して下さるようなので」
「そ、そうなんですか、ていうか銀さん?さっきから何見てんですか?」

雪だるま大会の要項をじっと見つめ何やら考え中の銀時に、不思議に思いながら声をかける新八くん。その瞬間、勢いよく顔をあげた銀時の頭を顔面にクリーンヒットさせてしまった新八くんは、見事に後ろへひっくり返ってしまった。新八くんの苦痛な叫びを完全に無視して、銀時は稀にしか見せないやる気に満ちた目で立ち上がり大声を張り上げた。

「おいてめえら!!やるからには優勝目指していくからな!足引っ張りやがる奴は問答無用で銀さんがぶった斬っぞ!!」
「なにこいつ!なにいきなりやる気出しちゃってんの!?」
「こうなりゃ100階建てビルに相当する雪だるま作ってやんよ!!」
「どんだけ!?明らか無理だろ!ったく、一体なんなんですかほんと」
「新八さん、たぶんこれです」

新八さんに見えるように雪だるま大会の要項に指をさす。そこには優勝賞金200万という文字が。しかも賞金は優勝チームにしか出ないということで、それを読んだ新八さんはすぐさま納得した。

「そうと決まったらさっそくどんな雪だるま作るか考えないとだめですね、銀さんどうします?」
「おい、この際手っ取り早く優勝するためによ、雪だるまに大量の花火仕込んで爆発させんのとかよくない?絶対誰もやんねーから、絶対インパクト大だから」
「ひとりでその鳥の巣みてーな白髪爆発させてろよ、そっちのほうがインパクト大だから、絶対優勝できるから」
「んだとメガネ、その地味メガネに花火つけて派手メガネにすんぞコルァ、生意気に地味から派手に昇格か?そのままコンタクト直行か?」
「メガネバカにすんじゃ…」
「新八ー!!てめ、酢昆布忘れてんじゃねーかヨ!!」

銀時と睨みあいをしていた新八さんの後ろから飛びかかって行った神楽ちゃんは、あれほど酢昆布忘れんなって言っただろーがヨ!と物凄い形相になりながら新八さんに詰めより、新八さんの懐から財布を取り上げるとそそくさと玄関のほうへ行ってしまった。それに気づいた新八さんは慌ててそのあとを追う。

「ちょ、神楽ちゃんまった!それ全額使ったらだめだから!本気今月危ないから!それいまの全財産だから!」
「うるせーくそメガネ!酢昆布の恨み思い知るがいいネ!駄メガネ駄メガネ!」
「誰が駄メガネだ!!」

バン!と勢いよく戸を閉め万事屋から出て行ったふたりの声が、遠くに行くにつれだんだんと小さくなっていく。完全にふたりの声が消えたと同時に、銀時とふたりきりになっていることに気づいた。さっきまでと違いすぎるこの静かな空間に、なぜか高鳴りだす心臓。ゆっくりと顔をあげると、雪だるま大会の要項をいつもの締まりのない顔で見ている銀時が見えた。

「…久しぶりだね、相変わらず元気で何も変わってない」
「おめーも相変わらず何も変わってねーな」

チリン。
ここに来たときと変わらない風鈴の音が小さく耳をかすめた。

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