あしたあさってしあさって、その先も好きでいよう、笑っていようね


「ばあさん、晩飯はまだかの」
「いやねえ、それはさっき食べたじゃないの、それよりおじいさん朝ごはんはまだなのかい?」
「その前に晩飯だろーがァ、なにを言っとるんだお前は」
「朝ごはんが先に決まってるじゃないの、あんたはまったく、昔っから頭すっからかんねえ」
「なんじゃーこのくされババア、お前そんなこと言って一昨日お漏らししてたじゃねえかァ、あれはないわー、ほんと素で引いたよ、今流行りのどん引きかましちゃったよー」
「流行ってねえよくそジジイ、人間一度くらいヘマするときあるじゃないの、それよりあんたこの間フォークに向かって話しかけてたみたいだけど本当に頭大丈夫なのかねえ、あれこそないわー、私素で引いたからね、そうそうフォークはなんて言ってたの?ププッ」
「お前のばあさん芋っぽいって言ってたぞー」
「あんだとてめー、私のどこが芋っぽいってんだい、もしゃもしゃな天パのくせに言うじゃないの」
「てめ、天パなめるんじゃねーぞ、これはな、これは、あー…なんだっけ」
「おやおやもうボケてきたのかい、あんたも落ちたものだねえ、ああいけない、早く厠に行かないと」
「ばあさんこそ何十回目の厠だァ?」

ボケてんのはてめえだろと鼻をほじりながら力無くこちらを見る天パの姿に、うるさいよと私も力無く中指を突き立てる。
小さな家で息子夫婦と一緒に暮らし何十年。私も銀時もずいぶん年老いてしまった。お互いおかしな行動を幾度としては、息子夫婦に助けてもらい、それでも自分はボケていないと主張する。縁側でふたり並んで座りこんでいる光景は一見仲良し老夫婦に見えるだろうが、実のところはさっきのようにお互いをけなし合っているだけで。
思えば銀時と一緒になって今まで、仲良しなんてものには無縁だった気がする。いつも何かしら、私達は喧嘩ばかりしていた。

お互いこんな体になってからはどちらが先に寝たきりになるのかと、そればかり競い合い生きてきた。
あーあやだねえ。私は本当にどうして、こんなだらしのない男なんかと一緒になってしまったんだろう。そうだ、今はこんなでも若い頃はそれなりに私だってモテていたのに。なんで私はこんなやる気のない男なんかと。あーやだやだ。今更後悔しても遅すぎるっていうのに私はなにを考えてるのかねえ。

それから少しだけ月日が流れ、どちらが先に寝たきりになるかという銀時との競争は私の敗北で勝負はついた。
ある日突然気分を悪くした私はそのまま病院へ行き、あれよあれよという間に即入院。おかしいねえ、体だけはあんなに丈夫だと自負していたのに。私が入院してすぐにお見舞いにきた銀時の憎たらしい顔ったらありゃしない。にやにや笑って俺の勝ちだなあなんて。本当に腹立たしい要因が詰め込まれた奴でしかないくされジジイだ。

それからの長い入院生活は別段つまらなくはなかった。仕事で忙しいだろうに息子夫婦はよくお見舞いに現れ孫を抱かせてくれて。なにより、憎たらしい天パジジイが毎日飽きもせず病室に現れたおかげで。
毎日毎日、ただ私のお見舞いの品を勝手に漁りに来て勝手に帰っていく。時折友達の桂さんを引きつれてくることもあり、静かな病室が一時賑やかになる。まあ老後は誰しも暇だからねえ。このくされ天パは昔から年中暇してた奴だけど。

「ばあさん今日はたくさんバナナがあるじゃねーの、なんじゃあ?銀さんのマグナムが恋しいってかァ?ったく、しょーがねーエロババアだこと」
「黙らねえとその口塞ぐぞ、いやね、桂さんとエリザベスちゃんが置いてってくれたのよ」
「ヅラは毎日暇だからなァ、それにしてもバナナなんてよ、こんなんいっぱいあっても食いきれねえだろ、バカだろ、あいつほんとバカだろ」
「おじいさん、バナナを口からこぼしながら食べないでくれるかい?病室が汚くなるんだけども」
「ばあさん、おめーは皮ごと食べてるじゃねーか、ないわー、ほんとそれはないわー、銀さんどん引きー」
「バナナは皮ごとが一番おいしい食べ方だって知らないなんて、ひくわーほんとひくわー」
「お前、…これで何十回目の厠だァ?」
「何週間も前の話を引っ張りだすんじゃないよ、これだからボケ老人の相手は疲れるわ」

なんだとこりゃー!!と入れ歯をぶっ飛ばしながら叫ぶ銀時に食べかけのバナナを投げつけ黙らせる。
ああうるさいうるさい。なんなのこのじいさんは。毎日くれば毎日騒いで病室を汚くしてさっさと帰っていく。ああいやだ、なんて迷惑なジジイなの。うるさいったらありゃしない。いっそのことこの人も寝たきりになって入院しないかねえ。もちろん病室は別で。あんな人が同じ部屋にいたんじゃうるさくてゆっくり眠れもしない。四六時中くちゃくちゃ気持ち悪いのよ。いい加減入れ歯のちゃんとした使い方覚えろってのよくされジジイめ。

そんな私の思いとは裏腹に、銀時は入院する素振りすら見せなかった。相変わらずボケてはいるが体は無駄にぴんぴんしてて。よたよたと毎日飽きもせず私の病室へやってくる。そういえば昔から体だけは丈夫だったからねと思ったのも束の間。口元に大きなマスクを装着させて病室に訪れたときは少し驚いた。周りの看護士さん達も帰って安静にしたほうがいいと声をかけるが銀時はお得意のボケでそれをすべて受け流しよたよたと私の元へ。ごほごほと苦しそうに咳をしながらいつものように悪態をついて、いつものように人のお見舞いの品を勝手に食べて、いつものように冷えた外気が入らないよう病室の窓を閉めてからゆっくりと帰っていくその背中を、いつものように私は眺めていた。

季節は冬。いろんな動物達が冬眠に入るこの季節、どうやら私も眠りに落ちてしまうようだ。体の具合は悪くなる一方で昼の時間帯もほとんど意識のない日が続いた。それでも、目が覚めたとき、枕元にお見舞いの品の食べかすが無残に残されているのを見ると少しだけ笑えた。
そっと目を覚まし辺りを見渡す。日の光が眩しい。どうやら久しぶりに昼時に目が覚めたようだ。もっさもっさ。窓とは反対隣にそっと顔を向けると、そこには憎たらしい顔をしながらまた勝手に人のお見舞いの品を食べている銀時の姿が。私が目を覚ましたことに気づくと、おう起きたかと別段驚きもせず声をかけてくる。

「…あんた」
「ああ?」
「私が寝てても、毎日ここにきたのかい」
「あったりめーだろーが、ここにはうまいもんがたくさんあっからなァ」
「…相変わらず、暇だねえ」
「お前もなァ」

窓の外を見ればそこは綺麗な雪景色。もうこんなに雪が降っていたのかと外の景色をじっと眺める。ぱらぱらと空から雪が舞っているその様子を見ながら、ゆっくりと口を開いた。

「…おじいさん、入れ歯の使い方はもう覚えたかい?」
「お前誰に向かって言ってんだ、入れ歯なんてもんはなァ、砂糖水につけとくのが一番に決まっとるんじゃー」
「あんたまだ砂糖水でやってるのかい…ほんと懲りないねえ、だから頭がそんなことになるんだよ」
「あんだとてめえ、頭は関係ねえだろーが、つーかこれはふぁっしょんじゃバカたれー」
「まだ、フォークに話しかけてるのかい」
「バカ言ってんじゃねえぞ、周りはボケてるとか言ってるけどあれ嘘だからね、銀さんがボケるわけないからね、逆にお前らがボケてんじゃね?みたいな、おい、聞いとんのかばあさん」
「りんごに話しかけてるじゃないのさ、ほんと…いつまでも変わらないくそジジイねえ」
「てめーもなクソババア」

鼻をほじりながら文句を言う銀時の姿に小さく笑みをこぼすとなぜだか眠くなってきたようで、瞼が重く重くゆっくりと閉じていってしまう。
ああどうしてだろう。こんなことは最近頻繁に起こっていたことなのに。なぜだか今は、今だけは寝たくない。寝てはだめよ、起きなさい。意識が朦朧とする中私の心がそう叫んでいるような気がして必死に瞼を押し開ける。このまま寝てしまったら、もうここへは。

ああ、今になって怖いと思ってしまうなんて本当にだめね。あれほど覚悟はしていたというのにいざとなるとこれだから。でも怖い。怖いと思ってしまう。だってひとりだなんてそんなの。いやね、だから毎日くるなって言ったのに。毎日飽きもせず来てくれたあの天パのせいで私は。
ふと、手があたたかなものに包まれたことに気付きそちらに顔を向けると、見えたのはだらしのない銀時の顔と、それから私の手を包み込む彼の両手。

「…おじいさん」
「…なんだァ」

口元にたくさん食べかすをつけたままじっと私を見つめるその表情は、大丈夫だよ怖くないよと言ってくれている気がして。私は小さく笑顔を浮かべ優しくこの人のしわくちゃな手を握り返す。
ああそうだ、私はこのぬくもりが大好きなのよ。あなたのぶっきらぼうなぬくもりが。昔となにひとつ変わらない、大きな手が。やる気がなくてだらしなくていつも文句ばっかり言う、そのくせとても優しいあなたに私は惚れたのよ。
いとしいおじいさんの顔を見ながら、ゆっくりと静かに瞼が閉じていく。

だからずっと、私はあなたと一緒にいたのね。

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