さよならあたしのスーパースター


「返せよ」

突然の頭上からの声。何とも無愛想な声に慌てて顔をあげると、高い木の枝に座り込みこちらをじっとりと見下ろしている死んだ魚のような目とばっちり目が合った。真っ白な髪をしているそいつは声と同様に無愛想な顔をし、鼻をほじくってはそれを木の下にいる私に向かって飛ばしてくる。なんてくそガキだ。負けじと睨み返すがそいつの目は私の手元にあるジャンプへと移ってしまった。確かこいつはさっき返せとか言ってたような。返せって、もしかして。

「俺のジャンプ返せよ」
「これ、あんたの?」
「あんたじゃねー、みんなの銀さんだ」
「意味わかんないから」
「お前見ねえ顔だな、なに、新入り?銀さんの下僕になりたいってか?ったく、しょーがねーな、これだからモテる男は」
「頭大丈夫?ああ、大丈夫じゃないからそんなに爆発してるんだ、あと私は今日ここに引っ越してきたの」
「てめ、天パなめてんじゃねーぞ!サラッサラがなんだ、新入りのくせに無駄にサラサラしやがって!それでも銀さんの下僕かバカヤロー」
「だから違うってば!ちゃんと話聞けコノヤロー!」

持っていたジャンプを放り投げ銀さんだとか言うやつがいる木を思いっきり蹴ってやったら見事にそいつが木から落ちて盛大に尻もち。これが引っ越し先での初めての出来事。幼い私と銀時の思い出。それからというもの、何かと銀時は私にちょっかいを出すようになった。偶然にも家がこいつと近くになってしまい、そのせいでこいつはよく私の家に不法侵入を繰り返しては人の家で一緒にご飯を食べたりおやつを食べたり遊んだり。それを繰り返すうちに銀時と私は幼なじみのような関係になっていた。
それは高校生になった今も変わらず。今日も私はのんきに鼻をほじるこいつを迎えに自転車を走らせた。

「銀時!あんたのせいでまた遅刻じゃん!どーすんのよ!」
「なに言ってんのお前、まだ5分もあるじゃねーか、あと5分もありゃパフェだって軽く半分は食えるし、ジャンプだって連載ひとつは読み終えられんだろ?余裕だ余裕」
「遅っ!どんだけゆっくり!?余裕ぶってるけどそれ大分遅いからね!」
「はいはい、いいからさっさと進めー、このままだとまた遅刻すっぞー、お前のせいで」
「あんたのせいでしょうが!!」

ぎこぎこと汗だくになりながら自転車を走らせる私の後ろに汗ひとつかかずのんびりと腰を下ろしている銀時。いつもいつもいつも朝はこいつのせいで遅刻ぎりぎりというかほとんど遅刻なんですけど。いつになったら早起きするようになるんだコノヤロー。こいつがさっさと起きないせいで私も遅刻常習犯にされてるし、最悪だ。もう明日からこいつおいてこようかな。よしそうしよう。もう決めた。

「毎朝毎朝見せつけてくれるじゃねーかィ、愛のドライブは最高ってか死ねくそチビ」
「最低に決まってるでしょ死ねくそサド」
「沖田くんー、これなかなかよかったわ」
「旦那も気に入りやしたか、今度最新刊出るみたいなんでそんときまた貸しまさァ」
「お、いいねー」

きらりとサド王子こと沖田と怪しい笑みを浮かべる銀時に引きつつ自分の席へ。結局ホームルームに間に合うことができなかったため私と銀時はまた遅刻。あーあ、これで何回目だろ。もういい、明日は絶対迎えに行ってやんない。次の授業の準備を済ませ少しでも気分を変えようと前の席にいる桂に話しかけてみた。

「大根ときゅうり、どちらが噛みごたえがあるんだ?」
「だ、大根ときゅうり?」
「皮か、皮に秘密があるのか」
「いや、わかんないよ」

話しかけた途端これだ。まったく会話が成立しない。よくわからないことにいまだ悩んでいる桂を放置し適当に教科書を開く。桂とはなぜかあまり話が噛み合わないなと首を傾げていると隣の席に誰かが座った。見れば当然のように銀時が眠そうな顔をして座っていて。私は大きくため息をついた。

「銀時、あんたあれだけ寝てまだ眠いの?」
「バッカおめー、銀さんは夜やることがいっぱいあってだなあ」
「沖田から借りた気持ち悪い本読んでただけでしょ」
「お前あの本読んでねえだろ、読んでもねえのに適当なこと言いやがって、言っとくけどあれ最高だよ?感動もんだよ?ティッシュなんて何枚あっても足りねーしィ」
「違う意味でティッシュ足りないんだろーが」
「えええ、ちょ、なにこの子、みなさーん!ここに発情期真っ只中な女がひとりいますよー!今ならティッシュ一枚でなんでもするみたいですよー!」
「そんなん言ってねえ!!」
「マジですかィ、おらそこのメス豚、一丁腹踊りでもしてみなせェ」
「するか!てかティッシュ投げんな!」

無駄に銀時がでかい声を出したせいで神楽ちゃんと取っ組み合いをしていた沖田が興味を持ってこっちに来てしまった。なんでよりによってこんなサド野郎が。隣でにやにやしている銀時に睨みをきかせながら、ひたすらティッシュを投げてくる沖田と神楽ちゃんに必死に抵抗。あれ、というかなんで神楽ちゃんまで。ちょっと、なんかすごい楽しそうなんですけど。ちょ、神楽ちゃん!
私に限界がきたのを察した新八くんが急いでつっこみを入れてくれたおかげでふたりのティッシュ投げは止まった。さすが新八くん。最高のつっこみマスターだよ。やば、なんか泣けてきた。

おまえら遊んでないで座れーと先生が教室に入り声をあげたところで散りに散っていたみんなは面倒くさそうに自分の席につく。開始早々5分ですでに半寝状態の銀時を横目にいそいそと消しゴムを探す。あれ、消しゴムないな。家に置いてきた?うわ、どうしよう。

「銀時、銀時」
「んあ?んだよ、うるせーな、パフェ大食いしてんだから邪魔すんじゃねー」
「夢から覚めろ、それより消しゴム貸して」
「消しゴム?なにお前忘れたの?ぷぷっ、だっさ」
「コノヤロー、いいよもう、桂から借りる」
「しょーがねーな、銀さん特製消しゴム貸してやるよ、わかる?仕方なく貸してやるって言ってんの、わかります?ぷぷっ」
「うぜえええ!」
「そこの君、少し静かにしてくれないか」

ぎろりと斜め前の席から振り返り私を睨みつけてくる伊東くん。小声ですみませんと謝ると迷惑そうに顔を前に戻した。いや、ていうか私だけ?隣の銀時に目を向けると寝たふりをしている。このくそ天パ。どうにもいらいらが止まらず、借りた銀時の消しゴムに僕の主食は鼻くそとマジックで書いてやった。

「銀時、私委員会あるから先帰っていいよ」
「おい、俺の主食は鼻くそじゃねー、糖分だ」
「じゃあねー」

銀時の話を無視してひらひらと手を振り教室を出て行く。委員会の集合場所に行くと同じ委員会の伊東くんがすでにいて遅いとまた一睨みされた。この人ほんと怖いんですけど。なんで委員会同じになっちゃったんだろ。最悪だ。
委員会での仕事も一時間くらいで終わり荷物を置きっぱなしだったことを思い出しのろのろと教室へ。がらりと中に入ると誰もいない教室になぜか見覚えのある天パがひとり、机に突っ伏して寝ている。先に帰っていいって言ったのに。まさか待っていてくれたのだろうか。そろそろと近付き顔を覗くと目を閉じている銀時の顔が見えた。よく寝てるなあ。もう少し寝かせようかな。そっと起こさないようにふわふわの真っ白な髪に触る。指に絡めて少し頭を撫でると突然がばりと銀時が顔をあげた。

「び、びっくりした、ごめん起こした?」
「…いや」
「もしかして待ってた?先帰っててもいいって言ったのに」
「なに言ってんのお前、俺はほらあれだ、あれ」
「どれだよ」
「えー、予習だ予習、テストも近いしな」
「テストまだまだ先だけど」

私の言葉に銀時は立ち上がりながらそんな油断してっからお前はだめなんだよと頭を掻きむしる。帰る準備を始める銀時の後姿に小さくため息をついた。なにが予習だ。そんなこと今までしたこともないくせに。素直に待ってたって言えばいいのに。こいつはいつも変なところではぐらかす。
帰る準備が整った銀時に目を向けると違和感を感じ首を傾げる。

「銀時、あんたほんとに寝てた?」
「はあ?寝てたっつーの」
「でもなんていうか、いつもなら寝起きはもっと死んだ目してるし」
「どんだけ?どんだけ濁ってんの俺の目」

いいからさっさと帰るぞとはっきりした返事もせずに教室を出て行く銀時の後を仕方なくついて行く。私の気のせいかな。大体、起きてるのにいちいち寝たふりなんてする意味がないし。そうだ、気のせいだ。
翌日、予定していた通り銀時を置いてひとりでさっさと学校に来た。銀時と一緒に登校しなかったのは実はこれが初めてで朝から無駄にわくわくどきどきと胸を躍らせていると、三時間目の授業が終わったと同時に奴はいつもよりぼさぼさな髪をぼりぼり掻きながら登場した。

「おはよー銀時、また遅刻だねー」
「おっまえ、なに銀さん置いてさっさと学校来てんの?反抗期か、今更反抗期到来かバカヤロー」
「ちがうから、たまにはひとりで学校こさせようと思って」
「銀さんはお前をそんな子に育てた覚えはありません!」
「なに言ってんだコルァ、あーもうわかったわかった、明日からまたちゃんと起こしに行くから」
「朝っぱらから夫婦喧嘩たァ、今日はいつになくお熱いじゃねーかィ死ねくそアマ」
「どこが夫婦喧嘩だ死ねくそ沖田」

旦那、最新刊でさァと銀時にまた怪しい本を貸しながら手はしっかり私に中指を突き立てている。このサド王子が。沖田と銀時が怪しい本の話題で話し始めたところで自分の席に座り次の授業の準備を始める。そういえば。急いで携帯を取り出し確認するとやっぱり。明日は銀時の誕生日だ。すっかり忘れてた。どうしよう、何も準備してない。ちらりと横に目を向けるといつも通りのやる気のない横顔が目に入った。

翌日、今日は銀時の誕生日。にも関わらず私は朝早くから軽い荷物を車に詰め込んでいた。それではお願いしますと親が頭を下げ引っ越し業者はほとんどの荷物を詰め込み先程家を出発。向かうは新天地。引っ越し、この突然すぎる事実は昨日の夜親から話されたばかりで私もいまだ現状についていけていない。どうやら本当に仕事で急に決まったことらしく今の土地とはかなり遠いところへ行くとのこと。それでもまだ一週間前だとかに話されるならわかるが昨日の今日でもう出発するなんて。学校のみんなにもまだお別れのあいさつすらしてないのに。納得のいかない顔をする私にバーコードの頭を掻いてごめんちゃいとふざけながら謝るお父さんを一発殴っておいた。このだめ親父が。

「あ、これ銀時の部屋から勝手に持ってきたジャンプだ、うわー返すの忘れてた、ま、いっか」
「ちょ、なに捨てようとしてんの!?どんだけ探してもないと思ったらやっぱり犯人はテメーだったか!」
「うわ!え、銀時!?な、なんでこんな時間に、ていうかなんで私の部屋にいるの!?」
「今ならパフェの奢りで許してやってもいいけど?ほら、俺優しーし?どうすんの?お前どうすんの?」
「話聞け」

突然窓から侵入してきた銀時は制服姿で学校に行く支度をしっかりと整えていた。学校に行くにはまだまだ早い時間帯なのに。こいつがこんなに早起きするなんて初めてだ。私の手からジャンプを奪い取りちゃっかり座り込んで読み始めた銀時にそこら辺に転がっている荷物を不審に思わないだろうかと冷や汗を流す。学校のみんなにも銀時にも、今日引っ越すことは誰にも言っていない。だから銀時も知らないはず、なのに。なんで今日に限って早起きなんてしたんだろう。なんで私の部屋に来たんだろう。

「銀時、あの、今日はえらく早起きだね」
「昨日の電話」
「電話?」
「お前言ったじゃねーか、俺の特製消しゴム欲しいって」

だから持ってきてやったんだよと面倒くさそうにポケットから使いかけの消しゴムを取り出し私に手渡す。それには僕の主食は鼻くそとマジックできっちり書かれていた。私が数日前に書いた字。昨日の夜、親から明日引っ越すといきなり言われ頭の整理がつかず混乱状態のまま銀時に電話をかけたもんだから、消しゴムちょうだいなんて意味のわからないことを言ってしまった。それを律儀に手渡しにわざわざ早起き、こいつが?消しゴムなら学校で渡そうとか思わなかったのだろうか。当の本人はジャンプをぺらぺらめくり鼻をほじっている。なんだか真面目に考えるのがあほらしくなり考えるのをやめた。

「今日からまた起こしに迎えに行くって言ったじゃん、なに逆にあんたが迎えに来てんのよ」
「バカヤロー、銀さんだってなァ早起きのひとつやふたつするときだってあったりなかったり」
「意味わかんないんですけど、あ、今日は先に学校行ってていいよ」
「いや、まだ早くね?今学校行ったら確実俺ひとりだよね?」
「たまには早く学校行けよ」
「お前は行かねえの」
「私は学校に行く前に寄るとこあるから」

ふーんと興味のなさそうな返事をし銀時は大きくあくびをひとつ。私は荷物をすべて持ち立ち上がると急いでドアへ。ドアノブへ手を添え一度立ち止まる。歪む視界をなんとか堪えるがそれももう限界らしい。後ろは振り向けない。どうしても悟られないようにと声が揺れないよう必死に口を動かした。

「た、誕生日、おめで、とう」

言ったと同時に部屋から出て行った。我慢できずにこぼれ落ちる涙を拭いながら外へ出て車に荷物を乗せる。泣くな泣くな泣くな、泣くなよちくしょう。ごしごしと目元を擦り涙を拭くが一向に止まる気配がない。車に乗る両親から行くぞと声がかかり車に乗ろうとドアに手をかけると、頭上から聞きたくてたまらなかった声が降ってきた。

「返せよ」
「え、なに、を」
「俺の消しゴム、あとで返せよ」

またあとで。
にやりと憎たらしい笑みを浮かべ私の部屋の窓から手を振る銀時。それに答えるよう私も大きく手を振り返してやった。

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