▼ 01
ルナが目をゆっくりと開けると見知らぬ天井が見えた。
一瞬混乱したが、直ぐに何があったかを思い出す。
(そうだ、私は…。)
天使界を謎の光が襲い、それに巻き込まれて飛ばされたのだった。
…生憎、落ちていく途中で気を失ってしまったため自分が今いる場所がどこであるのか全く分からなかったが。
「天使界は…っ!」
ルナが慌てて外に出ようとベッドから飛び起きる。
しかし――
ばたんっ
大きな音を立てて床に倒れてしまった。
ここでルナはようやく己の体がミイラのごとく体中を包帯で巻かれ、全身が酷く痛む事に気がついた。
さっきは咄嗟に跳ね起きたが、起き上がる力は無い。
何ができるでも無く呆然とそのまま天井を見つめた。
あの禍々しい光は何だったのか。師は、両親は、双子の兄は、親しい天使たちは、天使界はどうなっているのか。無事なのだろうか。そんな思いが頭の中をぐるぐるとまわりまるでまとまらない。
するとバタバタと慌てて階段を上るような音が聞こえると思ったら直ぐにその音はやみ、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「凄い音が聞こえたから来たんだけど…大丈夫!?」
海のように青い髪と瞳に良く映えるオレンジ色のバンダナをつけた少女と長身の男性がルナに駆け寄った。
ルナが少女の顔を見ると、以前ウォルロ村でルナとイザヤールが魔物から守った少女だった。そしてもう1人の男性もよく見知ったウォルロ村に住む男性だ。
この2人がいるということは、恐らく此処はウォルロ村なのだろう。
「体中痛くて力が入らない、かな。」
「全身怪我だらけなんだから当たり前よ!もう。クリスさん、手を貸して。」
ルナの言葉に少女は呆れたように少し怒りながら返した。
男性ががルナのそばに寄り、軽々とは行かなかったがルナを抱き抱え、ベッドへと寝かせる。
男性は少女を見つめ、口を開いた。
「リッカ、悪いけどちょっと患者と2人だけで話がしたいから暫く部屋を出てくれないか?」
「えー…。じゃあ下で待ってるね。」
男性の言葉に一瞬顔をしかめたが大人しくしたがい、少女――リッカは部屋を後にした。
リッカが部屋を出て暫くしてから男性が口を開いた。
「ルナ、だよな?翼もわっかも無いけど。」
「え…?」
男性の言葉にルナは困惑した。
そこでようやくルナは違和感に気がついた。
翼と頭の光輪が無いのだ。
思えばリッカにも己の姿が見えていたし、気を失う前に翼が失われるのを見ていたではないか。
男性の言う事はもっともだ。天使が翼も光輪も失って地に落ちるなんて事ことがおこるなどとは予想もしないだろう。
「うん、私はウォルロ村の守護天使ルナだよ。クリス。こんな事になっちゃってるけど…。」
ルナが男性に、クリスに力無く笑いながら呟く。
クリス。彼はこのウォルロ村の医者にして教会の次期後継者だ。生まれつき天使や幽霊、妖精といったものを見ることのできる稀有な人間で、幼い頃からお互いに目を盗んでルナとはよく他愛のない会話をしたりして過ごしたりしていた。ーー所謂幼馴染である。
「天使が翼も頭の輪もなくして現れるなんて只事じゃ無い。しかも大地震の直後に、だ。…何があった?」
「大地震?地震があったの?」
「ああ、3日前の夜に。朝にルナが水辺で倒れているのをリッカが見つけたんだ。」
「そう、なんだ。リッカちゃんにはちゃんとお礼しなきゃ…。」
「で、一体何でルナはそうなったんだ?」
「そうだったね。その3日前?の夜に――」
クリスの問いにルナは静かに答えた。
遥か昔より天使界に伝わる伝説。
世界樹に実った黄金に輝く果実。
天使界を訪れた天の箱舟。
天の箱舟と天使界を襲った地上から伸びる禍々しい紫色の光。
暴風に煽られ宙に浮かんだ体。
届かなかった手。
抜け落ちて行く翼――
「それで、気を失ってさっき目が覚めたばっかり。」
長い話を終えて、ルナは小さくあくびをした。
まだ疲労がかなり残っているのだろう。
「そうか大変だったんだな。お疲れ様。」
ルナの話を聞き終え、クリスはルナを労りその頭を軽く撫でる。ルナは猫のように気持ち良さそうに目を細めた。
「その光と地上であった大地震は何らかの繋がりがありそうだな。」
「んー…やっぱり…?」
ルナが目をこすった。
クリスはこれ以上難しいような話は無理だろうと判断し、鞄から何か液体の入った小さな瓶を出した。
「ルナ、5倍濃縮した天使のソーマだ。飲め。」
「無くても、大丈夫…1週間もあれば…完治、すると思うから…。ごめんなさい…。もう眠たいから寝るね…。」
ルナは言い終えるとまた小さなあくびをして、瞳を閉じた。
直ぐにすうすうと小さく寝息が聞こえてくる。クリスゆっくりと扉へと向かい、
「一応、そこに置いとくから辛かったら飲めよ。」
とすでに眠りについているルナに向かって呟いた。
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