![]() 妙のふわふわとした気持ちの中に、少しずつ惹かれているものがあることには気付いていた。どこに惹かれているのかも、きっかけがなんだったのかもわからないほど、ふわふわとした気持ち。会えない日に落ち込むことはないけれど、会えた日には少しだけほっとする。そんな、あたたかい気持ちだった。 「あ、銀さん。こんにちは」 「よぉ。今日も頼むわ」 「はいはい、わかってますよ」 団子を持っていけば、いつもより少しだけ多めにした餡に、目敏い彼はすぐに気付く。笠の下からちらりとこちらを見上げた瞳に、内緒ですよと微笑んだ。 銀と名乗った彼のことを、妙は他に何も知らない。その名前と、甘いものが好きなこと、頼むのはいつもあん団子を三本。ただ、それだけ。もっといろいろ知りたいような気がしないこともないけれど、それをはっきり恋だと呼べるかどうかはわからなかった。そのままでいいとさえ思えるような、不思議な感覚だった。 ちょっといいかい、と店長に声をかけられたのは、その日の閉店後。掃除を終えた妙は、なんだろうと訝しげに思いながらも、素直に彼女の後ろをついていった。静まり返った店の奥。明かりを点けることもせず、くるりと振り返った彼女は、壁を背に重い口を開いた。 「……あの客に興味があるのかい?」 「あの客……?」 「誰のことかなんて、言わなくてもあんたが一番わかってるだろ?」 ふう……と煙草の煙を吐き出し、腕を組みながら妙を見つめる。決して強い口調ではないはずなのに、咎められているような居心地の悪さだった。 (銀さんのことだわ……) そんなにわかりやすい行動はとっていないつもりだったが、彼女の目にはそう映ってしまったのだろうか。何と答えることもできず、かといって頭に浮かんだ男はただ一人で、どうしていいのかわからず俯いた。こういうときにどうしたらいいのかを、妙は知らない。嘘をつくこともできなければ、しらばっくれることもできない。 「……あいつはやめときな」 その様子を見かねて、静かに声をかける。 「お登勢さん……」 「別に、誰かを好きになるのを止めるわけじゃない。それが客だろうとあんたの自由だ。だけど……あいつは、あの男だけは、やめといた方がいい」 「……どういうことです……?」 お登勢の言葉に引っかかり、眉をひそめる。彼女が言わんとすることは、わかるようでわからない。だって彼は、甘いものが好きな男で、この店の常連で。 「……闇商人。言葉くらいは聞いたことがあるだろ?」 その言葉とは、あまりにも結びつかなかった。 →Next →back |