![]() 妙が住み込みで働いている団子屋は、特別有名ではないものの、下町特有のあたたかさと親しみやすさで常連がつくことが多い。何度も来てくれる人や声をかけてくれる客の顔は、自然と覚えていた。 この男もその一人だ。いつも編笠を被り、その陰から深い紅色の瞳を覗かす。笠で隠れてはいるものの、少しだけ見える髪の毛は、銀髪。その特徴的な見た目と、いつも外の長椅子で黙々と団子を頬張る姿に、なんとなく興味が湧いた。 「……お団子、お好きなんですか?」 声をかけてみたのは、それだけの理由だ。いつも来てくれてありがとう。それは常連さんへの挨拶であって、下心なんて一切なかった。まさか彼に惹かれるだなんて、そのときの妙は考えてもいなかったのだ。 妙が初めて声をかけたその日から、彼とは会う度に挨拶をする仲になっていた。「いらっしゃいませ。あら、こんにちは」「おう」「いつもありがとうございます」それは他の常連客も同じなので、特別変わったことではない。彼がいつも決まって注文する三本のあん団子が、「いつもの」で通じるようになったのも、特別なことではなかった。 常連客はいつも同じ時間帯に来ることが多かったのだが、彼の時間は読みにくかった。曜日も時間も定まらない。それでも必ず、週に一回以上は訪れる。……その日、彼が訪れたのは、ちょうど妙が休憩時間に入ったときだった。 「……隣、いいですか?」 「ん。今日はもう上がり?」 「いえ、ちょうど休憩に入ったんです」 三本のあん団子と一緒に自分用のお茶を持って、彼の隣へ腰掛けた。どうぞ、と差し出せば、皿を受け取ると同時に一本を口に運んだ。その豪快な食べっぷりが、妙は好きだった。団子を好きだということが伝わって、見ているだけでこちらまで清々しい気分になるから。 「あなたは、武士か何か?」 「そんな偉いもんじゃねーよ」 思えば、こんなふうに会話をするのは初めてだ。彼は余計な口を開かず、いつも空を見上げながら団子を頬張る。だからといって無口というわけでもなく、隣に人が来れば世間話をしたりもする。そんな姿をいつも見てはいたけれど、自分が声をかけることはなかった。 ふわふわしていると思う。なんとなく、声をかけてみたり。なんとなく、隣に座ってみたり。そこに明確な「話してみたい」という気持ちがあったのかと言われれば、それはよくわからなかった。あまり深く考えず、ただなんとなくで接していたのだけれど。 「あんたは?」 「ここで、住み込みで働いています」 「じゃなくて」 「?」 「……名前」 「……妙、と、申します」 だけどよく考えてみれば、客に名前を教えたのは、彼が初めてだったかもしれない。だからといって、それも深く考えての行動ではないのだけれど。 →Next →back |