遠回しな恋を 4 浴衣に着替えた妙が脱衣所を出ると、壁に凭れて退屈そうにした銀時が待っていた。もちろんその手に、いちご牛乳を手にして。 「あら銀さん、私へのアイスはどこかしら?」 「げ……やっぱそうくるか」 ほとんど飲み切っていたのであろうそれの最後の一口をズズっとすすると、近くのゴミ箱へと空いた紙パックを投げ捨てた。代わりに、金欠なのによォ……などと呟きながらも小銭を取り出す。 こういった場所でのアイスは、どうしてこうも高いのだろうか。自動販売機のアイスは、所詮手のひらサイズである。それなのに300円、400円……妙のお気に入りのアイスよりも高いではないか。 「……ほらよ」 やさしくしてくれるのも、さっきの反省なのかしら。そう思うとなんだかおかしくて、妙は笑いながらそれを受け取った。 「椅子……は、ないのかよオイ」 「大丈夫ですよ。部屋までそんなに距離ないですし、すぐには溶けないと思います」 あたたまった自身の手で溶かしてしまわないよう、そっとカップのふちを持つ。それをちらりと横目に、こいつがそう言うならいっか、と銀時は歩き出した。濡れてますます自由に跳ねた銀色の髪を見つめながら、妙もその後ろをついていく。 あまり気にしたことはなかったけれど、銀時は自分のペースに合わせて歩いてくれている。その事実に気付いたのはいつのことだったか。着物の自分と、元から自分よりリーチのある銀時では、歩幅にはかなり差があるように思われたが、だ。横に並んでいるときも、妙の前を歩くときも、ゆっくりとペースを合わせてくれている。 (そんなちょっとしたことさえうれしく感じているだなんて、きっとこの人は知らないけど) 部屋に着き、妙はさっそくカップのふたを開けた。木のスプーンに一掬い、口に含むと、少しだけ溶けたそれが舌の上でさらに甘く広がる。お気に入りのアイスには及ばないが、風呂で火照った身体には、ほどよく冷たさと甘さが染みる。その様子を銀時が見てくるものだから、「食べたいんですか?」と尋ねたのだけれど。 「いや……つーか……」 「?」 「……あー!ったく!」 少しだけ怒ったような、照れたような表情。手に持っていたアイスをひったくられて、あ!と反応する間もなく、少しだけ強引に引き寄せられる。倒れ込むような形になり、なんとか銀時の腕にしがみつけば、頭上にふわりと柔らかい感触。 「ぎ、銀さん?」 驚いて顔を上げるのとほぼ同時くらいに、ガシガシと乱暴に髪を拭かれる。そういえば、あまり待たせても機嫌を損ねさせるかと思ってドライヤーをしないままでいた。まだ少しだけ湿っていた髪。柔らかいタオル越しに、銀時の指先が触れる。 「あ、あの、自分でできますから!」 「いいから。おとなしくしてろって」 でも……、と言おうとして、言ったところで意味がないことを悟り、俯き黙る。銀時の手の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れる身体。浴衣越しに掴んだ彼の腕がいつもより熱を帯びているのは、湯上がりだからという理由だけなのだろうか。 「おまえさ、それ天然なの?それともまた誘ってんの?」 「え……?」 「……天然ですか」 諦めたようにため息をついた銀時は、彼女の髪を拭く手を止め、露になっていた鎖骨へと唇を寄せる。ふわふわの髪が肌を掠め、そのくすぐったさとピリっとした刺激に、妙は少しだけ顔を歪めた。 髪を下ろしているとはいえ、後ろに流しているせいで露になっているうなじ。緩んだ首元から覗いていた鎖骨。そして濡れた髪と火照った頬に、銀時はずっと「何の仕打ちだ」と堪えていたのだ。 取り払われたタオルは床へと放り出され、パサリと音を立てて落ちる。妙の唇から零れた吐息を呑み込むかのように、銀時は己の唇を押し付けた。 「ぎん、さん……」 ゆっくりと瞼を持ち上げながら、彼の名前を呼ぶ。表情が読み取りにくい彼の瞳を必死に見つめるも、それはゆっくりと距離を広げていった。そのことに少しだけ驚いて、けれど同時に、妙は自分が期待していたのだということを自覚せざるをえなかった。 「……っ」 恥ずかしいと思うよりも先に、離したくないと、手が動いた。控えめに伸ばされた指先が、くるりと背を向けた銀時の、その浴衣の裾を捉える。 「お妙……?」 驚いて振り返った彼は、彼女の名を呼ぶ。けれどそれに何と答えていいかわからず、妙は何も言うことができなかった。考えるよりも先に、身体が動いてしまったのだから。 二人の間に張りつめた空気が漂う。そう感じたのは自分だけかもしれないとわかっていても、妙には顔を上げることができなかった。この緊張感はまるで、そう、初めて銀時が気持ちを伝えてくれたときのような… ガシガシと自分の頭を掻いた銀時は、ゆっくりと振り返り、妙を正面から見据える。それに合わせてするりと離れた妙の手は、一瞬迷いを見せたあとに、自身の胸元へと落ち着いた。こんなのはキャラじゃない。わかってはいても、初めての関係に、どうしても戸惑ってしまうのだ。どうしたらいいのかわからなくなって、そんな自分自身にも戸惑いを覚える。 「……それ」 先に沈黙を破ったのは銀時だ。指差した方に目を向けると、そこには布団が並んでいる。小さな溝を残して。とりあえず、くっつけていい?とふざけたような声で尋ねた彼に、はにかみながら頷いた。 11.01.12. 絵茶に参加した際、温泉をテーマに描いたそれぞれの絵が繋がってストーリーになってるように見える、ということで、皆様の絵をお借りしてお話を書かせていただきました 拙い文章になってしまいましたが、とても楽しかったです! グレコウの和瀬ゆずは様、明日やればいいじゃん。のぱちこ様、かけらぱれっとのゆーあん様、本当にありがとうございました! →back |