call a spade a spade | ナノ


call a spade a spade(恋人設定)




 今日、言おうと決めている言葉がある。たった四文字。口にしてしまえばそれはきっと一瞬で、だけどとても大切な気持ち。
 田島くんと付き合い始めて半年以上は経っているけど、思えば言ったことがなかったかもしれない。そのことに気付いたのはつい最近だ。言ったことがないことにすら気付かなかったほど、単純な言葉。言わなかったのは恥ずかしさのせいでもあるし、田島くんがたくさん言葉をくれるからかもしれない。それも、あまりにも自然に。
 気付いてしまったら言いたい気持ちがふつふつと湧いてきたのだけれど、いざ彼を目の前にすると言えなくなってしまっていた。間近で見つめ合うだけでいまだにドキドキするというのに、そんな簡単に言葉が出てくるはずないもの。
(でも、今日こそは言わなくちゃ)
 10月16日。田島くんの誕生日。高校で出会って、それから一度も欠かしたことのない「オメデトオ」の言葉と一緒になら、きっと……
 そんな意気込みを胸に、今日は遊園地でデートだ。思えば、一緒にいることは多くても、遠くまで出かけたり、遊んだり……こんなふうにゆっくりデートする機会って、世のカップルに比べたら少ない方なのかもしれない。高校時代はその時間の大半を部活に割いていたし、引退してからはすぐに受験シーズン。そもそもまだ付き合っていなかったし。付き合い始めてからも、お互い生活環境が違うために、丸一日を一緒に過ごす機会はあまり多くなかったのだ。
 だから今日は、遊園地でデート、という響きだけでわくわくするものがある。当たり前のようで当たり前じゃなかったから、いつもよりはしゃいでしまう。自然と、手を繋いでいた。
「お」
 田島くんがこっちを見て、うれしそうにニカッと笑う。一瞬強められた左手の力。それを思いついたようにふっと抜かれて、指先が絡められる。そしてもう一度、力が込められた。
「……へへっ」
 恥ずかしくてとっさに笑ってごまかしたけれど、その恥ずかしいことを最初に仕掛けたのは自分だ。そう思うと、ますます恥ずかしい。
 風がだんだんと冷たくなってくるこの季節。けれど、彼の手のぬくもりと、高鳴る鼓動に合わせて火照ったこの身体には、ちょうどいいのかもしれない。
 私たちは、次々とアトラクションを楽しんだ。ジェットコースターには何回も乗ったし、初心者向けのものから回転が多いものまで、あらゆる種類を楽しんで。休憩も兼ねてコーヒーカップを選んだつもりが、田島くんがものすごい勢いで回すものだから、ずっと叫んで笑ってはしゃいで。部活で培った体力は健在だ。
「しのーか、そろそろ何か食べよーぜ」
「あ、そういえばお昼まだだったね」
 アイスを食べたりはしたけれど、きちんとした食事はまだだった。腕時計を見れば、すでに3時を回っている。楽しすぎて気付かなかった。時間を忘れるって、たぶんこういうこと。
 のんびり食事をしながらおしゃべりをしていると、少しずつ陽が傾き始めていた。まだ夕日には早いけれど、それでも確実に閉園時間は迫っている。
「そろそろ何か乗る?」
 今日の終わりが近づいている。寂しい気持ち、察してくれたのかな……なんて。……それとも、田島くんも寂しいと思ってるのかな。
「うん。……食べたばっかりだし、観覧車にしよう?」
 立ち上がり、並んで歩き出せば、どちらからともなく絡まる指先。遊園地にいる間、手を繋ぐのはなんだかすごく自然なことのように思えた。最初はあんなにドキドキしてたのにね。今は、このぬくもりを離したくないの。
 ここまでの移動時間も、アトラクションに乗っている間も。お土産を選んでるときも。食事のときも。ずっとずっと、笑っていたと思う。今みたいな待ち時間も、そう。田島くんと隣にいる時間って、すごく楽しい。あらためて感じたの。
 数十分待って、ようやく私たちの順番が回ってきた。先に田島くんが乗ったので、私はその向かいに座る。にっこり笑う従業員さんの「いってらっしゃい」に合わせて、扉が閉められた。
 ゆっくりと、地面が遠ざかっていく。ここの観覧車はそこまで大きくないけれど、上から見る景色はきっと素敵だろう。
 乗ってからしばらくしたときに、田島くんがふと立ち上がった。なんだろう……と思ったけれど、とりあえず右に詰めてスペースを空ける。もちろん彼はそこに腰掛けた。首を傾げるようにして目で問えば、隣がよかっただけだという。
「……うん」
 私も、隣の方が好きだな。左肩から伝わる微かな温度。触れるか触れないかのその距離がくすぐったくて、でも気持ちよくて。心地よい沈黙が流れた。
(……渡しちゃおっかな……)
 本当は、帰り際に渡すつもりだった誕生日プレゼント。でも、今でもいいかもしれない。
 バッグの中から、袋を取り出す。何をあげたらいいのかわからなくて、悩んで悩んで買ったもの。あとは手作りのクッキーと、もちろん手紙も添えて。クッキーは、前に彼が好きだと言ってくれたレシピで作ってある。
「田島くん。誕生日、オメデトオ!」
 狭いスペースだけど、できるだけ体も彼の方に向けて。そうすれば、キラキラした瞳で「ありがと!」と喜んでくれるのだ。ころころと表情が変わる田島くんだけど、やっぱり笑顔が似合うなあと思う。キラキラと眩しくて、こっちまでつられて笑ってしまうような、そんな笑顔。
「そ、それから……っ」
 言おう言おうと決めていたこと。だけどあらためて切り出すと恥ずかしくて、「やっぱりなんでもない!」と言ってしまいそうになる。うん?と首を傾げてじっと見つめる田島くんに、堪えきれなくて視線を逸らす。どうしようどうしよう。
「しのーか……?」
 やさしい声に、ゆっくりと顔を上げた。彼はじっと待ってくれている。そのやさしさに、ぎゅっと唇を噛み締めた。
 たぶん今の私は、りんごみたいに真っ赤なのだろう。それでも、彼から目が離せない。目頭が熱くなってきても、見つめずにいられない。なんでだろう。わからないけれど、急に愛しい気持ちが溢れたの。
「……すき」
 だから、今なら言える気がする。好きよりも、もっともっと、私は。
「だいすき」
 田島くんが、だいすき。気持ちと一緒に溢れた言葉。すんなりとはいかなかったけれど、言ってしまえばやはり一瞬だった。
 ぐっと引き寄せられたかと思うと、余韻に浸る間もなく抱きしめられたことに気付く。ぎゅうっと、苦しいくらいに抱きしめられた。
「……ありがと。オレも大好き!」
 表情は見えないけれど、きっと彼も顔を赤くしているに違いない。その様子が想像できて、うれしいようなくすぐったいような気持ちになる。彼の低くてあたたかい声はすとんと胸の中に落ちてきて、じんわりと熱を広げるの。まるで、魔法の言葉みたいに。
 観覧車は、そろそろ頂上にさしかかろうとしているところだった。回された腕の力は緩んでいたけれど、もう少しだけ、彼の胸でぬくもりを噛み締めていたい。そっと、彼の背中に腕を回した。




2010.10.16.(田島悠一郎誕生日)
『「夕方の遊園地」で登場人物が「見つめる」、「風」という単語を使ったお話を考えて下さい。』というお題で、恋人設定
タイトルは『言葉を飾らずに言う』 簡単なのに難しいこと




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