約束の先 | ナノ


約束の先




 リハビリの一環という名目でウィンリィの買い物に付き合わされたオレは、ようするに荷物持ちでしかなかった。ウィンリィが手に持っている買い物リストには、文字がびっちりと並んでいる。機械鎧の部品や食品など、ここぞとばかりに買い込むようだ。リストをちらっと盗み見るだけでため息をつきたくなるが、ばれないよう小さく息を吐くにとどめた。
 リハビリは順調だ。こんなところで余計な時間をかけたくないオレに、ばっちゃんもウィンリィも、無理のない程度にキツいメニューをくれる。普通の人がどんなペースでリハビリをこなすのかはわからないが、ときどき二人が見せる驚いた表情に、それなりの早さなのではないかと想像がついた。手術から八ヶ月経った今、ただ生活する分には不自由が少なくなってきたように思う。これなら一年でリハビリが完了するだろうということは、彼女らの様子からも推察されたし、自分自身での実感もあった。
「なぁ、晩飯なに?」
「うーん……じつはまだ考え中なのよね」
 八百屋の前で立ち止まり、頭を捻るウィンリィ。買い物リストにある食品は、今夜のメニューというわけではないようだ。ずらりと並ぶ野菜を、ウィンリィは真剣に眺めていた。
「エドは何か食べたいもの……、やっぱりいいや」
「なんでだよ!」
「あんたどうせシチューってしか言わないでしょ。ダメよ、昨日もだったんだから」
「……ちぇっ」
 荷物持ちの代わりにシチューをリクエストしようと思っていたのだが、ウィンリィの言うとおり、たしかに昨日もシチューだった。連日シチューでもオレは構わないのに。
「もう、なによその顔。やっぱりシチューがよかったんだ?」
 好きねぇ、と眉尻を下げて笑うウィンリィからなんとなく目を逸らし、ぼーっと夕焼け空を見つめた。こういう景色は何度となく見てきたけれど、不思議と飽きないものだ。シチューだって同じ。何回食べても飽きない。
 キッシュにでもしようかな、と呟くウィンリィの白いワンピースは、少しだけ陽の光に染まっていた。淡い金色の髪も、少しだけ色を濃くして輝きを増している。素直に綺麗だと認めるのはなんとなく照れくさくて、再び目を逸らした。
「……うん。よし、帰ろっか」
「おう。腹減った!」
 ウィンリィがワンピースを翻し、こちらを振り返って歩き始めたその瞬間。八百屋の角、ちょうどウィンリィの背の方向から、勢いよく飛び出してきたのは背中に荷物を乗せた大きな馬。
「ウィンリィっ!」
 咄嗟に左手で彼女の腕を引く。突然のことによろけたウィンリィだったが、なんとか倒れることなく済んだ。背後を馬が駆けていく。
「……あっぶねぇな……!」
 心臓がばくばくと音を立てる。それはウィンリィも同じようで、少しだけ呆けた様子で目をぱちくりとさせていた。
「おい、大丈夫か?」
「……あ……うん、大丈夫……」
「怪我は」
「悪いあんちゃん!わざとじゃねぇんだ!許してくれ!な!」
 怪我をしていないか確認しようとした矢先、馬が来た方向から一人の男が叫びながら走り抜けていった。おそらく馬の飼い主だろう。すでにだいぶ後れをとっているようだったが、懸命に走っていた。立ち止まりもせず行ってしまったのもそのせいだろう。しかたないな、と思い「がんばれよー」とだけ返しておいた。
「……」
「……」
「……あの」
「ん?」
「エド、手……」
「……あ。わ、悪りぃ」
 言われるまで気付かなかった。掴んだ腕がそのままだったこと。
(やべ……)
 意識してしまえば一瞬で。簡単に引かれる軽い体とか、細い腕とか。気にしたことのないオンナの部分に気付いてしまった、罪悪感にも似た感情。
 ゆっくりと手の力を抜いた。支えられるものを失って、ウィンリィの腕もゆっくりと抜けていく。名残惜しいような、どこかほっとしたような。よくわからない感情に飲まれ、顔を見ることができなかった。
「ありがとね」
 それでも、声をかけられたらそちらを見るしかなくて。
「……おう」
 ウィンリィの頬が染まっているのが、夕日のせいなのかそうじゃないのかわからない。だったらきっと、自分も同じ。大丈夫。一気に静まった景色に、カチャリと鳴る機械鎧の音がなぜだか合っている気がした。



(あー……、ったく。中尉のせいだ)
 こんなふうに、昔のことを思い出すなんて。まさか「大好きなんでしょ」、なんてさらりと言われるとは思ってなかったから。
(ずりぃ……)
 あんな反応をしてしまったのは不意打ちで驚いたからであって別にオレがウィンリィを好きだとかそういうわけではないし第一あんなかわいくねぇ機械オタ……なんて言い訳、今更心の中でしたところで遅い。あの有能な中尉のことだ、おそらく見抜かれてしまっただろう。
 たぶん、護らなきゃと考えていたのは、それこそもう本当に幼い頃からで。いつからかなんて覚えていないけど、オンナノコのウィンリィを護るのは自分の役目だと思っていて。好きだとか、そういう感情とは無縁のところにあるものだと思っていたけれど。
「……お、アルいた」
 気付いてからでも変わらないのだ。色気がなかろうがかわいくなかろうが機械オタだろうが、強がっていてもあいつは女で。いろんな感情はさておき、ただ、護りたいと思う。約束した先の、笑顔のために。




11.07.31.
いつもお世話になっているシアワセ連鎖反応の原田うり様のお誕生日祝いに書かせていただきました
特にリクエストを受けたとかではないのですが、お互い「思春期に飢えてる!」と言っていた時期がありまして、はたしてこれは思春期なのかと思いつつも、兄さんが意識しちゃって悶々している話が書きたくなりました
うりたんお誕生日おめでとう!いつもありがとう!




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