小さな特別 | ナノ


小さな特別(学パロ)




 二月に入ってから…いや、実際にはそれよりもう少し前から、スーパーにチョコ売り場が増え始めた。手作り用のキット、いつもより安い板チョコ、色とりどりのトッピング。デパートには特設のコーナーがあり、疎い人でもわかるような有名な店のチョコが売られている。赤を基調に作られた一角は、毎年の光景とはいえ少しだけ気分が高揚するものだ。それは、男も女も同じなのだろう。
 そんな光景にも慣れ始めた二月の半ば。ウィンリィから『今晩来れる?』とメールが来た。オレはもちろんイエスと返すのだが、同時にため息をつく。携帯の画面を何度確認しても今日は13日、バレンタインデー前日。つまり今年も、試食係なのだ。
 オレとウィンリィは幼なじみで、小さい頃から互いの家を行き来することはよくあった。高校までそんな関係が続くことが、稀なのかそうでもないのかはオレにはわからないが、家族ぐるみの付き合いをしていることもあってか、今でもよく一緒にご飯を食べたりする。
 試食係は、いつからか恒例の行事だった。ウィンリィが作った生チョコやトリュフ、ガトーショコラなんかを、毎年「食べてみて」と差し出される。それはいつもおいしくて、真っ先に食べられることがうれしくはあるのだが、どうしても心の奥に引っかかるものがある。それは、バレンタインという魔法のせい。ウィンリィがあげる相手は、友人だったり先生だったり、いわゆる「義理」のそれだけど。本命をあげる相手がいないというのは、喜んでいいのか非常に微妙なところである。それどころか、自分は当日にもらえすらしない。
(結局、今年もそうなんだろーなぁ……)
 13日に呼び出しがかかったのは、つまり、そういうことだ。自分はそういう対象に入っていないということ。
それが、少しだけ悲しいような悔しいような。意識しているのが自分だけだと思い知らされているようで。高校生活も残りわずかである今、もしかしたら今年は本命がいるかも…なんて考えたくはなくて。だったらせめて、最初に食べられるだけ特別なんだと思いたかった。幼なじみという関係は、少しだけ特別なのだと。
 その日の夜は、晩ごはんもロックベル家で一緒に食べることになった。弟のアルフォンスはもちろん、両親も一緒に。
(……あ)
 食後のデザートとして出されたチョコレートムースを見て、それが今年のバレンタイン用だと悟る。カラースプレーやアラザンで飾られたそれは、女の子が作ったとすぐにわかる可愛らしさで。
「……違うわよ」
 じっとそれを見ていたオレの視線を察したのか、ウィンリィが残念でしたとばかりに笑って言う。
「それはデザートに用意しただけ。バレンタイン用はまた別なの」
「げ。オレそんなに食えねーぞ……」
「……誰があんたに食えって言ったのよ」
「え?」
 違うのか?と視線だけで尋ねると、今回はみんなで食事を楽しみたかっただけらしい。なんでも、今年の何とかというケーキは、切らずに持っていくほうがいいらしい。つまり、味見の余地がないと。……残念だったね、兄さん。小さな声で、からかい半分に弟が呟いた。



「なあ……あれ、もうねぇの?」
「あれって?」
「あれだよ、あの……ザ……」
「ザッハトルテ?」
「そう、それ!」
 翌日、14日の朝。ウィンリィがいつものバッグの他に、大きめの紙袋を手にしていたのを覚えている。今年はね、ザッハトルテにしたの。嬉々としてそう話すウィンリィは本当に楽しそうで、ちらりと横目に見てすぐに視線を戻した。毎年そうしているように、技術部の後輩たちにあげるのであろう大きめの箱の他に、丁寧にラッピングされた、おそらく一人分だと思われるものがひとつ。
 見つけたいわけじゃなかった。期待しているわけでもなかった。ただ、見つけてしまった。
 それが誰の手に渡るのか、気になってしかたなかった。もちろん自分に渡されることはなく、あっという間に放課後になる。後輩たちには、昼休みに渡しに行くと言っていた。そのときに、例のチョコも渡したのだろうか。それがずっと気になったまま、こうして帰路を辿っている。
「……つーか、さぁ……」
「なに?」
「あー、なんだ。なんつーか……なあ?」
「なによ、はっきりしなさいよ」
 ウィンリィの顔を見ることもできず、前方を見て歩きながら、ぼそりと。本命、いんの?と……唇だけで呟いた。
「……いないけど。なんで?」
 一瞬だけ驚いたような顔をこちらに向けたウィンリィだったが、すぐに視線を前へ戻し、きっぱりと答える。それにほっとしつつも、なんでと言われると困るのが本音だった。これは嫉妬だ。素直に理由を言うだなんて、できるわけがない。
「……一個だけ、違うの見えたから」
 ギリギリ嘘じゃない範囲で、それでもウィンリィを見ることはできずに。仏頂面で告げるオレの隣で、ウィンリィが吹き出した。
「あはははは!」
「な、何がおかしいんだよ!」
「あれはガーフィール先生にあげたのよ。三年間お世話になったから」
「……が、ガーフィール先生……?」
 ガーフィール先生は技術部の顧問で、見た目のゴツさとは反対に、細かい細工やかわいらしいデザインのものを作るのが上手いらしい。尊敬していると、顧問が彼で本当によかったと、彼女は常々言っていた。そういうことか、と納得すると、なんとなくほっとした。
「ふーん、そっか。エドはあたしに本命がいると思って拗ねてたのね」
「拗ねてなんかいねぇよ!」
「嘘。だって今日ずっとこっち見てくれなかったもん」
 その言葉にはっとする。ようやくこっち見てくれたね、と。深い意味はないとわかっていても、ドキッとしてしまうのはしかたがない。だって、自分が抱いている感情は、幼なじみという言葉よりももう少し特別で。
「ヤキモチ?」
「……悪いかよ」
「……」
 からかい半分に聞いてきたのであろう言葉に、あえて本音を。それは彼女を戸惑わせるのにじゅうぶんだったようで、口をぱくぱくさせたものの、結局何も言わずに俯いた。だったら聞くな、バカ。
「……エド」
「んー?」
「ザッハトルテじゃないけど、いる?」
 見れば、いつものバッグからごそごそと取り出された小さな箱。歩みを止めないままで紅いリボンを解くと、現れたのは、ミニチュアサイズの茶色いネジとスパナ。
「一回作ってみたかったのよ。あげるようなものじゃないかなーって思ったんだけど、せっかくだし」
 さすが技術部とでも言うべきだろうか。その再現性といい緻密さといい、市販のおもしろチョコと同じレベルかそれ以上か。それを自分の趣味のためだけに作ってしまうウィンリィは、相当な機械好きだ。
 なんとなく笑いが込み上げて、その茶色いネジを一つ口に放る。口の中に広がる甘さが、今は少しだけ特別で。
「……ん。サンキュ」
「どういたしまして。ホワイトデーは期待してるから」
 満足そうに笑うウィンリィの横顔は、思っていたよりもしあわせそうだった。




11.02.14.(バレンタインデー)
高校三年生
卒業が近付いてきて焦っているのに核心には触れられない




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