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随想




 目覚まし時計の音で目が覚めた。ぐっすりと眠ることができたためか、すんなりと瞼が持ち上がる。アラームを止めようと布団から腕を伸ばせば、空気に触れた部分がひやりとした。……もうすぐ、冬が来る。
 眠かったわけではないが、ウィンリィは再び布団の中に腕を引っ込めて、身体をぎゅうっと縮こめた。自然と、隣で眠るエドワードに身体を寄せる形になる。とくん、とくん。微かに聞こえる心臓の音と、規則正しい呼吸の音。布団のぬくもりだけではない、あたたかさが身にしみる。
「……」
「……なんだ、起きてたの」
 背中に腕が回されたことで、彼が起きていたと知る。寝ぼけてるのかな、とも思ったけれど、どうやらちゃんと起きているらしい。ウィンリィの一言一言に反応して、腕がぴくりと動くのだ。かわいいな、と思わず笑みが零れた。
「……ほら。起きて、エド」
「んー……」
「もう……。起きなさいってば」
 自分の手が冷えているのを知った上で、頬をむぎゅっと抓る。思わず目を開けてしまった彼は、しまった、という顔をして。
「……はよ」
「ん。おはよ」
「手、だいぶ冷えてんぞ」
「だって寒いもん。……って、」
 小さい頃みたいに、両手であたしの手を握りしめて。大きな手。バカみたいに真剣に、あたためようとしてくれてる。目を見てれば、わかる。
「……エド」
 でも、起きなくちゃ。今日のあたしたちには、あまり時間がない。
「エド、起きよう?手なんてすぐにあったかくなるわよ」
 あたしだって、本当はこのままゆっくりしていたいけど。お互いが寂しそうな瞳をしていると承知で、のろのろと身体を起こす。
「もう起きなくちゃ。ね?」
「……ん」
 渋々、エドも身体を起こす。眠そうな顔。ガリガリと後頭部を掻く姿を何の気なしに見つめていたら、額にそっと唇が触れてきた。それが彼なりの甘えだということは知っている。だけどあたしは笑って、朝ごはん用意するね、と流した。
 今日からまた、エドは旅に出る。のんびりしている時間はないのだ。
 エドの右腕とアルの身体を取り戻しても、彼らの旅は終わらなかった。リハビリをしながらリゼンブールで生活している姿を見ても落ち着いた感じはしなかったから、彼らが再び旅に出ると言い出したときも、特に驚きはしなかった。少しだけ、寂しくは思ったけど。
 手を繋ぐことも、抱きしめられることも、キスすることも覚えてしまったから。しばらく触れられないということも、こちらからは連絡が取れないということも、寂しさを増長させる。
 それでももう怖くはなくて、彼らの無事を祈りながら、あたしは帰りを待っている。あたしにはあたしの、やるべきことがあるし。ただいま、って言ってくれるから、安心して待っていられる。
 朝食を済ませると、あっという間に支度を済ませたエドと共に家を出た。駅まで見送りに行くのもいつの間にか当たり前になっている。少しでも一緒にいたいと、無意識のうちに考えていたのだろうか。恋人同士になる前は、わざわざ着いていくことなんてほとんどなかったのに。
 あたしはまた、例のパーカーを着ている。今年これを着るのは、おそらく今日で最後だろう。タンスに仕舞って春を待たせる前に、もう一度着ておきたかったのだ。照れたように苦笑するエド。くれたのはあんたでしょ。どっちが恥ずかしいことしたと思ってるのよ。
 そうして二人で並んで歩いていると、くだらないやりとりもするけれど、時々どちらともなく黙り込んでしまう。今もそう、ずっと考えてることがあったあたしは、気付けば自分の世界にいて。
 駅でのプロポーズのあとに、じっとしてる男はつまらないと思ったのは本当だけど、時々考えることがある。今はもうとっくにあたしの背を越したエドの、その横顔をそっと見て思うのは。
(こいつも、一つのところに落ち着く日が来るのかしら?)
 だとしたら、それはいつだろう。それなりに歳を取ったら?飽きるくらいに世界を見て回ったら?それとも……
「……おい、もう着くぞ」
 だいぶ長い間考え込んでしまっていたのか、ちょっと不機嫌なエドの声で我に返る。ごめんごめん、と謝りながら、さっきまでの考えに蓋をした。聞いてみたい気もするけれど、わくわくしながら考えて待ってみるのも、楽しいかもしれない。
 汽車を待つ間に小言を言って聞かせるのは、もうお決まりのやりとりで。ウィンリィもエドワードも、楽しんでいるのだ。相変わらず人気のないホームでは、誰の迷惑になることもない。せいぜい駅長さんやおばさんが「よく飽きないね」と冷やかす程度で、本人たちももういちいち照れるほど子供ではなかった。
 汽笛の音がして、エドワードがゆっくりと腰を上げた。ウィンリィもそれにつづき、自然と二人で見つめ合う。
「……なんて顔してんのよ」
 行きたくないとごねる子供のような、申し訳ないと謝る彼氏のような、そんな複雑な表情。思わず笑ってしまったウィンリィだけど、少しだけ嬉しくも思っている。
「……こういうときってホント、女の方が強いよなー……」
 ため息まじりに呟く彼に、今度こそウィンリィは吹き出した。今回の旅は、本人が望んで行きたがっているだけのものではなく、彼の元上司から頼まれた仕事でもあるのだ。世界を見るためだけの旅だったら、きっとこんな表情はしないだろう。めったに見れないものを見れて、それだけでウィンリィは満足だった。
「まったく、なんて顔してんのよ」
 あたしは大丈夫。もう怖くないって何回も言ったでしょ?それは、心からの言葉だった。
(それに……)
 言ってしまおうか、黙ってようか。直前まで迷っていたはずの言葉が、するりと零れる。
「……二人で、待ってるから」
 無意識のうちに、そっと腹部に伸ばしていた手。はにかんだように笑いながら、エドの反応をじっと待つ。
 一瞬、ポカンとした表情を浮かべたエド。きっと、頭の中ではいろんなことがぐるぐる回っていて、それでいて何も考えられないような、そんな状態。「え……」と、かろうじて絞り出した掠れ声。パクパクと無意味に開く口。それだけで動揺が見て取れて、ウィンリィは今度こそ満足した。
 エドワードが何か言おうとした瞬間、再びタイミングよく汽笛が鳴った。ほらほら乗り遅れるわよ、とウィンリィは彼の広い背中を押す。
 思えば、駅にはいろんな思い出がある。惚れていたのだと自覚したあのときも。プロポーズされたときも。どちらもエドワードからの恥ずかしい科白があったのだ。だからたまには自分が驚かせてみたくて、何か機会はないかと窺っていたのだけれど。言おう言おうと意気込んでいたわけじゃなく、自然と言葉が出てきたのは、きっとあのときのエドも同じね。
「ちょ、待てウィンリィ!」
「なによ、汽車出ちゃうわよ!」
「だからっておま、そんなこと言い逃げって……!」
 ずるいだろ!と言わんばかりに、エドワードはウィンリィの腕を捕まえる。あんただって散々同じようなことしてきたでしょ!というウィンリィの胸の内を知るはずもなく、身体が半分だけ汽車に乗った状態で、顔を真っ赤にした二人が見つめ合う。
「さっさと仕事終わらせて、帰ってくる」
「……うん」
「だから……」
 頭の中を、ぐるぐると思考が駆け巡る。帰ってきたときには、一緒に病院へ行ってみよう。ばっちゃんにも報告しなきゃいけないし、アルとタイミングが合えば、もちろんアルにも。
 一瞬だけ迷ったあと、少しだけ腕に力を込めて、ウィンリィを引き寄せる。ホームと汽車の境目で躓きそうになって、危ないじゃないの!と抗議しようとしたけれど。その前に、少しだけ乱暴な口付け。たぶん一秒も触れていなかっただろうけど、先程よりも顔が熱い。ひやりとした外気との差を、自身の肌ではっきりと感じる。
 ホームに身体を押し返されて、一連の強引さに気付けば流されてしまっていた。結局今回も、彼の方が恥ずかしいことをしている。
「待ってろ!」
 それだけ言い残して、彼が乗った汽車は動き出した。あのバカ……と呟くウィンリィは、煩い心臓の音をなだめようと胸に手を当てた。記憶が、鮮やかに蘇る。懐かしいというよりは、まだまだ新鮮な記憶。
(ほんっと、バカ……)
 言い逃げした彼も、喜んでしまう自分も。早く帰ってきなさいよ。おとなしく待ってるだけなんて思ったら大間違いなんだから。ねぇ?と呼びかけたのは、自分自身と、もう一人。




10.11.22.(いい夫婦の日)
原作最終回を見てからずっと考えていたネタなので思い入れがある作品です
ご結婚おめでとうございます 本当に




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