![]() エドは奥手だ。なんとなくそうではないかと予想していたのだが、実際に付き合ってみてそれは確信となる。 今までにしてきた恋人らしいことといえば、勢い任せに手を繋いだことくらい。それはただの幼なじみだったときにもしていたことだけど、いつもよりはドキドキしていた。たぶん、エドも。 それから、抱きしめられたことは何度もある。これはドキドキするというより落ち着くみたいで、あたしからもエドからもする。相手の温度を感じるだけで、こんなにあたたかい気持ちになれるとは思っていなかった。 でも、そこまで。どんなにそれらしい雰囲気になっても、キスしたことはない。抱きしめられたあとにふっと顔を上げて見つめ合っても、必ず逸らされてしまう。エドの視線を感じてあたしが顔を上げたとしても、同じ。 (そろそろいいんじゃないの?なんてね……) 思ってしまうわけで。お互い惚れてたとわかったから付き合っただけで、特に何かを求めていたわけではないけれど。それでも、キスしてみたいなとは思う。エドも、したくないわけじゃないだろう。したいけどできない、という顔をしているのだ。あたしもエドもそういうお年頃だから、そういうことを考えてしまうのはしかたないのかもしれない。だけど、それだけじゃなくて…… (エドだから……) 相手がエドだから。もっと知りたい。もっと感じたい。言葉以上の何かが、伝わる気がする。 そんなことをぼーっと考えていたら、エドが帰ってきた。おかえりとただいまのやりとりはもう珍しいものじゃなくなったけれど、じんわりとうれしい気持ちが広がるのは、あの日から変わらないことだった。だから、突然のハグには反応できなくて。あれ?と考えていたら、腕の力が強まった気がする。 「……どうしたの?」 「んー……」 何かあったってわけじゃないのかな。表情は見えなくても、いろいろわかる。これは、甘えだ。 「えへへ」 「……んだよ」 かわいいなぁと思ったら、思わず笑みが零れた。が、こいつは「かわいい」なんて言われたくないんだろうなと思って、再び笑ってごまかした。 「……こっち、見ろよ」 ドクンと心臓が鳴る。きっと、顔も赤い。自分でもわかるくらい、頬が熱い。 こっち見ろ、なんて言葉を、こういう状況で言われたことはあっただろうか。どちらかといえば、先に目を逸らすのが彼で。 (キスされる、気がする) 期待と緊張で、一気に鼓動が早くなる。至近距離で見つめ合ってるのが、なんだか急に恥ずかしいことに思えてきて。だけど、いつになく真剣な彼の瞳に。逸らされない視線に。ゆっくりと、自然に、あたしは瞼を閉じた。 エドの唇が触れたとき、背中の辺りがぞくりとした。ただ、触れるだけのキスなのに。思わず目を開けたくなるのを我慢して、ぎゅっと瞼に力を込める。 ほんの数秒の出来事だけど、それはすごく大切な時間で。そっと離れていく唇に合わせて、ゆっくりと目を開けた。エド、と名前を呼ぶ前に再びきつく抱きしめられて、こいつも恥ずかしいんだなって思った。 なんて言えばいいんだろう。何を言えばいいんだろう。「ありがとう」も「うれしい」も違う気がする。ドキドキした、なんて言うのもおかしいと思って。今の気持ちを素直に言うとすれば、きっと…… 「……しあわせ……」 この言葉が、ぴったりだ。独り言のように呟いた言葉も、ゼロの距離のエドにはきちんと聞こえたようで。ん、とだけ返事をくれた。 「……ね、エド。もっかい」 自分から言うのは恥ずかしかったけれど、もう一度してほしかった。はじめてのキスほどドキドキはないのかもしれないけれど、もう一度感じたくて。意外と丁寧なキスに、あたしはじんわりとしあわせを感じるんだ。 10.05.03.(エドウィンの日) 2010年の503Festivalさまに投稿させていただきました ×××といえばキス、という単純な発想のもと、その一瞬をどれだけ書けるかに挑戦してみたものです ヘタレな兄さんが好きです →back |