sherry | ナノ


sherry




 夜まで続いたバラエティ番組の収録。久しぶりの長丁場の仕事を終え、空気の冷たさに震えながら携帯を確認すると、レンからメールが届いていた。
『お疲れ様。時間があったらオレの部屋においでよ。知り合いから良いワインをもらったんだ』
 お、と思わずその誘いに食いついてしまったのは、冬の寒さのせいかもしれない。しかしよく見るとメールを受信したのは二時間以上前のことで、出遅れてしまったことは否めなかった。自分以外にも事務所の様々な人に送っているらしく、すでに解散してしまっている可能性もあるだろう。事務所の同期とは仕事で顔を合わせることも多いため、誘われること自体は珍しいことでもないのだが。ちょうど明日は午後からの仕事で、翔としてはぜひ行きたいところではあったのである。
 吐き出した息が白い。迷っていても仕方ないか、と通話ボタンを押した。
「おー、お疲れ。悪い、メール今気づいた。……マジで? 行く行く。……そうだなー、たぶん三十分くらいだと思う。何か買ってくものあるか?」
 腕時計で時間を確認する。おそらく日付が変わる前には着けるだろう。レンの部屋には、翔が想像していたよりもずっと多くのワインがあるらしい。蘭丸が手料理を振る舞い、軽くホームパーティーのような状態になっているそうだ。
 電話を切って駅へと向かう。先程まで仕事をしていたとは思えないくらい、足取りは軽かった。

* * *

「今日、レディは?」
「渋谷と飲んでる。あいつら二人して強ぇから、盛り上がると長くなるんだ。ここ来る前に一応連絡したんだけど、まだ飲んでるって」
「意外だよねぇ。カクテル一杯で酔っちゃいそうな顔してるのに」
 コロコロと笑いながらも優雅にワイングラスを傾けるレンに、渋い顔をして頷いた。様になっているのが悔しい。
 彼が言うことはもっともだ。未成年だった頃には当の本人だって知らなかったけれど、春歌が酔っている姿はあまり見たことがない。翔だって決して弱い方ではないが、二人で飲みに行くといつも同じくらいのペースで飲んでいる。今となってはそれはそれで楽しめるのでいいのだが、酔っている姿にも純粋に興味があったため、正直最初は少しばかり残念に思ってしまった。春歌には言えないけれど。
「……うまくいってんだな」
 ぽつりと零れた言葉は蘭丸のもので、翔は少しばかり動揺した。春歌との仲はすでに事務所公認ではあるものの、同期以外と話をする機会は滅多にない。
「あー……はい、まあ……」
「まあ、ってなんだよ。別に悪い意味で言ってるんじゃねぇ」
 蘭丸先輩もワインが似合うんだよな、なんて呑気なことを考えながら、伏し目がちなオッドアイをこっそり窺う。彼が好き好んでいるロックが良く似合う風貌。口調や態度が荒い面もあるが、レンや真斗と同じく財閥の息子らしい雰囲気も持ち合わせている。ソファにどっかりと座りながらもゴツゴツした指で細いグラスを持つその姿は、男から見ても魅力的だった。
「学園の恋愛禁止令を無視して堂々と交際宣言をした男がいるって聞いた時にはどんな奴かと思ったもんだが……」
「……」
「いざ会ってみたら二人してンなことしそうにねぇ奴らだっだから、なおさら面白かったぜ」
「お、おもしろいって……」
「あはは、ランちゃんの言うとおりだよ」
 酔っているのか先輩がいてテンションが上がっているのか、レンもいつも以上に上機嫌で話に交ざってくる。
「オレたちも最初は驚いたけど、二人ともお互いのことを意識してるのはバレバレでさぁ。見ていてとってもじれったかったから、上手くいってよかったよ」
「ば、バレバレってほどあからさまじゃなかっただろ!」
「いやいや。気付いてなかったの自分たちだけじゃない?」
「そこから何年だ? もうだいぶ経ってんだろ」
「そっすね……喧嘩もしねぇし、春歌の曲は相変わらず俺のことわかってるって感じで……」
 あまり人には言えないけれど、あの時期に付き合い始めたことには意味があると翔は思っている。二人だからこそ乗り越えられた場面はたくさんあって、それは学園時代から変わらない。今では薄くなってきた胸の傷跡も、二人だから乗り越えられたことの一つで。彼女のおかげで今の自分はここにいる、なんてありふれたセリフも、翔と春歌にとっては真実で、重みのある言葉だ。
「それにしても、手を繋ぐだけでドキドキして目も合わせられなくなっていた二人が、今は……ねぇ?」


(中略)


「あっ、あっ、だめ……もう……っ!」
 春歌のナカがぎゅっと収縮し、指を締め付ける。快感に耐えている間、びくびくと身体は震え続けた。どろりとした愛液が指を伝って溢れていく。
 顔を上げれば、ぼうっとした瞳で春歌はこちらを見つめていた。潤んだ瞳と火照った頬。キスで濡れた赤い唇。乱れた髪が汗で張りついており、暗い寝室ではなかなか見られない彼女の姿に、ごくりと息を呑む。
「……やべ」
「え……?」
「なんか……すげー、色っぽい……」
「ンンっ」
 角度を変えて、何度も口付ける。息苦しさがむしろ心地良く、ぼんやりと思考が鈍っていく。そんな頭の片隅で、レンの言葉が思い出された。
『女の子はね、愛を感じたいって思うんだ』
 だからこそ時間をかけて、ゆっくり丁寧に愛してあげるんだよ、とも言っていたような気がする。
(愛、か……)
 難しいな、と心の中でひとりごちながら、唇を離す。ぼんやりと目を開けた春歌は、戸惑いながらこちらを見つめていた。
 その瞼に、軽くキスを落とす。ん、と小さく声が漏れた。
(……かわいい)
 反対の瞼に、それから額に。頬を撫でて、耳を甘噛みする。春歌は耳が弱い。舌でなぞって、時々喰んで、キスをする。近くで漏れ聞こえる甘い声が、翔自身も気持ちよくさせた。唇にちゅ、ちゅ、と軽いキスを繰り返すと、珍しいねと春歌は笑う。お返しとばかりに、春歌からもキスが降ってきた。
「大人のキスも気持ちいいけど……こういうのも、好きです」




18.01.21.発行




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