ふたりきりの部屋にて | ナノ


ふたりきりの部屋にて




 まだ日射しの強い午後一時。春歌はお気に入りのカフェのテラス席で、アイスカフェオレを飲みながら恋人が来るのを待っていた。ちびちびと飲んでいたそのグラスは汗をかき、触れた指先を冷たい水が伝う。ストローで氷を回せば、からんと心地の良い音が鳴った。
 意味もなく手帳を開きながら、ぼんやりと行き交う人々を眺めていた。車や人の音が入り混じる。都会での生活にもだいぶ慣れた今は、不思議とそれを煩わしいとは感じなかった。
「春歌」
 そんな様々な音の中から聞こえた、自分の名前。春歌の耳に届いたその声は、やはり特別だった。
 声がした方を振り返れば、帽子の下に隠れたスカイブルーの瞳と視線が絡む。その瞬間だけ、周りの音が止んだような気がした。
 Tシャツにワイドパンツというカジュアルな服装に、整った顔立ち。緩やかにウェーブのかかった金色のロングヘアが映えて、目を奪われる。「ごめん、待った?」と眉を下げる彼に、自然と笑みが零れた。いつもより声のトーンが高いのは、おそらく気のせいではないのだろう。
「ううん。しょ……唯ちゃんこそ、忙しいのに誘ってくれてありがとう」
 今日は、久しぶりに外でのデートだ。午前中に打ち合わせを終えた春歌の元に現れたのは、恋人の来栖翔であり、懐かしの小傍唯であった。その姿でモデルをしていた頃よりも、ぐっと男らしい骨格になった翔ではあるが、それをうまく隠し、違和感なく女性として見られる姿に変装したのはさすがである。もともと好き好んでやっていたわけではないはずなのに、服のセンスや化粧のテクニックはきちんと修得しているあたり、さすがはプロというべきか。見惚れてしまいそうな程に、唯は綺麗だった。
「……」
「……この姿で見つめられても、複雑なんだけど……」
「あっ、ごめんなさい。つい……」
 周りに聞かれないように、小声でそんなやり取りを交わす。
「いや、まあ、悪い気はしねーんだけどさ……」
 仕方がないとでも言うかのように、翔は明るく笑った。
「……行こっか、春歌」
 口調を改め、翔は優しく目を細めて右手を差し出す。女装した彼の口調は、親友である友千香のそれにどこか似ていると、春歌はいつも密かに思っていた。浮かべた明るい笑顔にも似たものを感じてほっとする。もちろん、いつもの翔の笑顔が好きなのだから、ほっとするのは当然ではあるのだけれど。普通に女の子と遊んでいる気持ちになれるのは、親友の存在があるからなのかもしれないと思った。
 キラキラと太陽を反射させる金色の髪。春歌は、差し伸べられた彼の温かな手のひらに自分のそれを重ねながら、どんな姿であっても彼は王子様なのだと感じていた。


(中略)


「力、抜いて」
「…………はい……」
 すでにじわじわと身体に熱を帯びていた春歌は、彼の言葉に甘えてくたりとその背中を胸に預けた。腰の辺りに当たる硬い熱には気付いていたが、翔もおそらくわかった上でそのままにしているのだろう。腰の辺りに回されていた腕もいつのまにか優しく愛撫を始めており、腹部から太腿へと滑らせている。内側を撫で上げながら際どい部分に触れ、熱を煽った。
 指先が割れ目に触れると、湯船のお湯とは異なるぬるりとしたものが絡み付く。翔は決して奥まで指を挿れることはせず、割れ目をなぞるように指を動かしていた。その刺激に身を捩ろうとしても、たいして広くもない浴槽の中ではうまく身動きがとれない。
「や、ん……っ」
 身体がジンと痺れたように疼く。翔との行為はいつも途中で何も考えられなくなってしまうのに、今日はゆるゆると刺激を与えられ続けているせいか、意識がはっきりと残っている。もっと奥まで触ってほしいと、淫らな想いが胸の中に燻っているのを自覚してしまう。言葉にして強請るのはあまりにも恥ずかしい気持ちをどうすることもできず、ただじっと熱が過ぎるのを待った。
「……春歌。悪い、立てる……?」
「うん……」
 問いかけに頷き、体勢はそのままで、支えられるようにしてゆっくりと立ち上がる。長く浸かっていたせいか、それとも愛撫され続けていたせいか、いつもよりも気怠さを感じる身体。湯気が纏う空気に目眩を覚えた。促されるまま前の方に数歩進むと、くぷりと秘部に指が沈められる。
「あっ、ひゃあっ」
 あまりに急なことで、我慢しきれず声が洩れる。縋るように壁に手をつき、力が抜けてしまいそうな身体をなんとか支えた。驚いた心とは裏腹に、待ち望んでいたかのようにそこは指を受け入れる。それがまた、春歌の羞恥心を煽った。
 翔は背中に唇を押し当てながら、指先を包む柔らかで熱い感触を堪能する。その身体を正面から見たい気持ちがないわけではなかったが、白い背中が熱で染まっている様子も、女性らしい身体のラインも、充分に高ぶらせる要因となっていた。腰のラインを辿るように手を這わせば、黒のマニキュアがやけに浮いて見える。
「翔く、んっ、あっ、あ、やぁ……!」
 慣れない体勢とシチュエーション。自身の声と水音が響くせいか、春歌の感度がいつもよりも良い気がする。溢れた愛液は指や太腿を伝って流れ落ちる。そのまま下の湯に混じり合って、溶けて。
(すっげ……)
 意味を持たない言葉ばかりを発する唇に、指を咥えさせる。彼女もおそらく鏡の存在を忘れてなどいないだろう。少し視線を横に向けるだけで、今自分たちがどんな体勢でいるのかが見えてしまう。それが視界に入らないようぎゅっと閉じられた瞳は、翔がそれを見ていることにも気付かせなかった。赤い舌の上で踊る黒のマニキュアに、翔は一人、ごくりと息を呑んだ。




2017.08.06.発行




back

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -