Close to you | ナノ


with Tomochika Shibuya




「付き合うことになった……って、ええっ!?」
 思わず飛び出た素っ頓狂な声に、慌てて自身の口元を押さえる。幸いここは二人の部屋で、誰に聞かれるわけでもないけれど。目の前の親友は、照れ隠しなのかクッションを抱え、窺うようにこちらを見ていた。
 なんだかそわそわして落ち着かない様子の春歌に、何の気なしに尋ねただけのつもりだった。何かあった? なんて、ある種の定型句だ。いいことがあったのか悪いことがあったのか、それとも何かが起こる前なのか。あまり深く考えて聞いたわけではない。だからこそあたしは、ベッドの上でごろごろと雑誌を眺めたままの体勢で、春歌の方に視線だけを向けて気楽に尋ねたのだ。
 だって、相手はあの春歌だ。「付き合って」と言ったら「どこに?」と返してきそうなほどに鈍感な彼女。それだというのに、「翔くんと付き合うことになった」なんて返事を、誰が予測できるだろう。
 慌てて姿勢を正し、春歌と向き合う。鈍感で恋愛に疎い春歌だけれど、今回彼女が言った「付き合う」のそれが、男女の関係のものであるということは疑いようがなかった。視線を彷徨わせる彼女をじっと見つめれば、クッションで隠しきれていない真っ赤な耳が覗く。春歌はいつも女の子らしいけれど、今は一段と可愛い。恋をしているのだと、一目でわかるほどに。
「……詳しく聞いてもいい?」
「うん。えっと、何から話せばいいかな……?」
「そうねぇ……じゃあ、まずいつ告白されたのか、から白状してもらいましょう!」
 冗談めかして告げれば、春歌は笑いながらも素直に「はい」と返事をして、その日を思い出すように瞼を閉じた。そして、二人が過ごした時間を、ぽつりぽつりと大事そうに教えてくれる。あたしはそれに、じっと耳を傾けた。
 まさか、春歌と恋バナをする日が来るなんて。たとえどんなに仲良くなれたとしても、この特殊な学園に入学した以上、することはないだろうと思っていた普通の女子高生のような会話。春歌はそもそも恋愛への興味が薄そうだと勝手に思っていたから、まさかこんな時間を過ごせるとは思っていなかった。
 それが、今は。
 恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに話す姿が眩しい。
「……ようやく、王子と家来なんてよくわからないあんたたちの関係にケリがついたわけね」
「と、トモちゃん……!」
「だってさぁ、端から見たらまどろっこしいのなんのって!」
 たぶんあたしだけじゃなくて、他にも思っていた人はいたと思う。二人はそれくらいわかりやすくて、焦れったくて、応援したくなるような可愛らしい恋愛をしていた。
「おめでとう、春歌。あんたが幸せそうでよかった」
 だからこそ、その言葉は素直に出てきた。翔ちゃんなら、春歌を――あたしの親友を大事にしてくれるだろうと思えるから、なおさら。
「……ありがとう、トモちゃん……」
 感謝の言葉とともに、微笑みを浮かべる春歌は綺麗だった。恋人同士になったとはいえ、簡単にハッピーエンドを迎えられるようなことはないだろう。きっとこれから、いくつもの試練が待ち受けている。けれど今の春歌の表情を見ていれば、そんな不安も消し飛んでしまうのだ。二人なら、きっと大丈夫だと思えてしまう。
 それは素直に嬉しくて、だけどほんの少しだけ、もやもやとしたものが心の中に渦巻いた。
(どこかで、あたしの春歌だって思ってたのかな……)
 パートナーは翔ちゃんだけど、女の子同士じゃなきゃ踏み入れられないテリトリーのようなものは確かにあって、そこに少しだけ優越感を抱いていたのだと自覚する。周りの方が焦れったくなるような二人の関係性に、応援していたのは本当だけれど、まだ対等なんだときっとどこかで安心していたのだ。
 恋にかまけて友達をないがしろにするような子じゃないってことくらい、わかっている。わかっているのにほんのり感じてしまった寂しさと嫉妬は、できることなら気が付きたくない感情だった。




2017.03.26.発行




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