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小さな秋に恋せよ乙女




 もしかしてこいつは、まだあたしのことが好きなんじゃないだろうか。
 二人が帰ってきてから、そんなふうに感じたことが何度かある。それはふとした瞬間のほんの些細な雰囲気で、特別な何かがあったわけではない。だからこそ、そんな気がするだけで、確信は持てない。かといって、幼い頃のように無邪気にそんな話ができるほど、子どもではなかった。
 エドと二人きりになる時間は、意識してみると驚くほど多い。整備中はもちろん、ばっちゃんやアルが席を外していればリビングでだって二人きりになるし、徹夜で仕事をしている最中に様子を窺いに来てくれることもある。
 たとえば、そんな時に感じる視線。優しげな瞳や、真剣な眼差し。あるいは照れたような表情。その一つ一つを、あたしはどうしたって気にしてしまう。だって、幼なじみ以上として見ているのは、こっちなのだから。
(……やっぱり、そのせいかなぁ……)
 整備室で作業をしながら、ぼんやりと思う。目の前にあるのはエドの左脚だ。残ってしまった機械鎧。鈍く輝く銀色を、手袋をはめたままの指でそっと撫でる。集中力が切れてしまったことを自覚して、ため息を吐きながら机に突っ伏した。
 エドとあたしを繋ぐもの。少しでも二人の支えになりたくて、必死に勉強したあたしの誇り。まだ彼らが旅をしていた頃、傷ついてボロボロになった機械鎧を見ると、不安になると同時に少しは彼らを守るために役に立ったのかな、と思うことがあった。本来の使い方と違うとしたって、本人が受けるはずだった傷だと思えば、機械鎧は替えが利くだけマシだ。エドには言わなかったけれど。
 あの頃は、ただ純粋に整備に励んでいたはずなのに。今はといえば、つい余計なことを考えて手が止まってしまう。
 全部全部、思わせぶりなあいつのせいだ。
(……バカエド)
 八つ当たりにも似た小さなぼやきが、静かな部屋に響いた。


* * * 中略 * * *


「ねぇ、エド。あれ見て」
「ん? 家……にしちゃ小さいな」
「ちょっと見てみようよ」
 パキン、と足元の枝を折りながら、木の間を縫って歩く。家のようにも見えるが、それにしては小さいし、こんなところにひっそりと建っているのにも違和感がある。白く塗られた建物の周りには、ツタが伸びていた。かといって古びた様子はなく、どちらかといえば可愛らしい。
「……あ」
 建物の前に辿り着くと、そこにはボードが置かれていた。
「カフェだったのか」
 後ろから顔を覗かせたエドの言葉に、うんと頷く。入口に置かれたボードには、手書きの文字でランチメニューが三種類並べられている。あらためて建物を見ると、森の中というのが似合うひっそりとした佇まいだ。けれど上の方にある看板や、そこに書かれた文字は女性向けの洒落たデザインがなされていた。ドアノブには「OPEN」の文字が掛かっており、その雰囲気にどうしても惹かれてしまう。
「ねぇ、せっかくだからお茶していこうよ」
「は? おまえさっき朝メシ食ったばっかだろ」
「エドはコーヒーだけだったじゃない。お腹空いてないの?」
「別に。昼まで待てるし」
「えー、せっかく見つけたのに……」
 ものすごくお腹が空いているのかと問われれば、答えはノーだ。エドに言われたとおり、朝食は食べたばかりである。けれど、せっかくこんな場所で素敵なお店に出会えたのだ。入ってみたくなる女心を、少しは汲んでほしい。
(……ま、エドだもんね……)
 このくらいの方が、らしくていいのかもしれない。
 そうは思ってもなかなか簡単に諦めることはできず、もう一度看板に書かれたメニューを見てしまう。ドリンクのメニューも豊富で、眺めているだけでも楽しいのに。
「あ」
「……まだ見てたのか」
 呆れたように呟くエドに、こっちこっちと手招きする。
「見て、ほら。アップルパイもあるんだって」
「はいはい」
「……あれ?」
 これならエドも気に入ってくれるかも。そう思って呼んだのに、彼の反応は相変わらず冷めたものだった。思わず顔を見上げて、金色の瞳をじっと見つめる。エドもエドで、疑問の眼差しを向けてきた。
「なんだよ」
「なにって……だって、好きでしょ? アップルパイ」




その果てを願う




 しばらくして起きてきたウィンリィが身支度を整えたあとに、二人揃って家を出た。二人で暮らすために建てた家は、ロックベル家よりも旧エルリック家があった場所に近い。特別広い家ではないけれど、二人で暮らすには十分事足りた。
(……いや、三人か)
 墓地までの道を並んで歩きながら、ちらりとウィンリィを盗み見る。まだ目立ってはいないが、彼女の腹部は少しだけ膨らんでおり、そこには新しい命が宿っていた。
(自分の子ども、か……)
 新しい家族の誕生。生命の神秘。純粋にはしゃいでいた頃とは違い、自分が父親になるという事実に、喜びと同じくらい戸惑いがあった。子どもが産まれるまであと数ヶ月。今でも、その漠然とした不安が完全に拭えたわけではない。
 けれど、ウィンリィは笑ってくれる。あたしだってそうよ、と不安を微塵も感じさせない顔で。
「エド? どうかした?」
 黙っている俺を不思議に思ったのか、ウィンリィが顔を覗き込んでくる。大きな瞳で見上げてくる様子は、まだ母親という感じではない。ただの、同い年の女の子。
「いや……なんでもない」
 そもそも、まだ俺たちは十代だ。こんなに早く結婚して、子どもができるなんて、誰が想像できただろう。ほんの数年前までは身体を取り戻すための旅をしていた自分が、こんな生活をしているなんて。幼い頃から想い続けていた彼女と、想いが通じ合うなんて。あらためて考えると、自分でも驚いてしまうことばかりだ。
 そんなこともあってか、なおさら二人で子どもを育てるということが想像できない。それでもきっと、数ヶ月後には母親としての姿を見せてくれるのだろう。できれば、自分もそうでありたいと願う。
「ちゃんと、報告しねぇとな」
「子どものこと?」
「それもだけど、おまえと結婚したことも」
「……そうだね」
 喜んでくれるかなぁと呟く彼女に、当たり前だろと返す。はにかむ表情が愛おしくて、彼女の左手を取った。


* * * 中略 * * *


 ウィンリィが話してくれたのは、どれも俺が知っている親父からは想像ができないものだったけれど、それでも受け入れられないほどではない。きっとそうだったんだろうな、と思えばどれも笑えるものだった。
「つーか息子の前でなに惚気てんだよ、あいつは」
「えー、いいじゃない。あんたも言えば?」
「は?」
「ちっさい頃からずーっと好きだった幼なじみだって」
「んなっ……!」
「あはは、エド真っ赤!」
 言われなくたって、顔が熱い自覚はある。けれど、目の前のからかってきた張本人だって、寒さのせいだけでなく頬が紅くなっていた。彼女の言葉が事実なのが厄介で、言い返す言葉は見当たらないけれど。
 苦し紛れにそっぽを向いて、広々とした土地を見渡した。薄暗い空。殺風景な風景に、いくつもの十字架。ロックベル家の方にも報告しなきゃな、とそちらの方向に視線を寄越す。
「……あ」
 それは、唐突に頭をよぎった。何かきっかけがあったわけではないが、ふと思い出してしまった隠し事。つい声に出してしまったものだから、気付いたウィンリィがこちらを向いた。目を合わせずとも、視界に入ってくる。きょとんとしたまま首を傾げる姿は、言葉にせずとも「どうしたの?」と促していた。
 怒られるかも、という直感があった。できることなら、このまま見逃してほしいのが本音である。そんな弱気なことを考えながら、おそるおそる彼女と向き合った。鼻先は寒さでほんのりと赤くなっており、黙ったままこの場に長居するのは避けたいところだ。
「……言い忘れてたんだけど」
 見逃してはくれなさそうな雰囲気に、ため息を吐きながらそう前置きをすると、ウィンリィの顔にも少しだけ緊張が走った。しかし、いざ言葉にしようとすると、うまくいかない。遠回しに、できるだけ重くならないよう話そうかとも考えたが、自分にはあまり向いていないのだろう。開いた口から出た言葉は、直球そのものだった。
「俺、たぶんそんなに長生きできねぇ」




2016.05.04.発行




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