![]() 「ちゃんとウィンリィに好きって言ってる?」 弟と食事をしている最中に何の脈絡もなく放たれた一言は、ちょうど口にしていたスープを噴き出すには十分な威力をもっていた。何を唐突に言い出すのだ、こいつは。反論したくても咽せてしまってはしゃべることなどできず、そうでなくても何と言い返したらいいのかわからない。さらっととんでもないことを言った張本人は、汚いものでも見るような視線を送ったあと、自分の食事に戻ってしまっている。どうやらこの反応でいろいろ察したらしい。時々、妙に厳しいのだ。 先程の問いにイエスかノーで答えるとすれば、間違いなく「ノー」だ。そんなことは自分自身が一番わかっている。もちろん彼女だってわかっているし、弟だってそうだと思っているからこそあえて聞いてきたのだろう。恋人同士となって数ヶ月。世間一般で言えばおそらく一番楽しく盛り上がっている時期なのだろうが、いかんせん幼なじみ期間が長過ぎた。幼なじみとはそういうものなのだから仕方がないと割り切っていても、もどかしさ以上の心地よさに甘えている自覚はあった。 「ウィンリィだって言ってほしいと思うけど」 「……そうかぁ?」 「そうだよ。だって嬉しいでしょ」 仮にも恋人なんだからさ、などと言うものだから、思わず「仮じゃねぇよ」と真面目に返してしまう。 生活にあまり変化がないせいか、甘い言葉を欲しているようには見えない。それでも、ふいに見せる表情なんかは変わったと思うけど。 (でもまぁ、アルはそれ見てないわけだし。……見られても困るし) どうとでも言え、としか言えなくて、残り少なくなったスープに口をつけた。 その日の夜、ウィンリィの部屋を訪れると、いつものように設計図を眺めていた。夜になると大抵作業場か自室にこもっているが、どちらにしろ機械鎧関係のことで頭がいっぱいなのだ。下心があって様子を見に行っているわけではないが、この状態で何をどう恋人らしく振る舞えというのだ。 「おい、もう遅いぞ。あんまり無理すんなよ」 「あ、うん。もうちょっとだけ」 「……ったく」 そうだろうと思って用意した熱いコーヒーを差し出すと、嬉しそうに微笑んだ。 「どうせそれオレのだろ? 別に急ぎじゃないんだしさ」 「あ、わかる?」 「当たり前だろ」 「ふふ。あんた怪我すること少なくなったのはいいけど、すっこーしずつ身長伸びるから微調整ばっかりで大変なのよね」 「……身長伸びるのは悪いことじゃねーだろ」 「拗ねない拗ねない」 コーヒーを啜りながら、彼女は再び図面と向き合う。この調子じゃ三十分以上はかかるだろう。小さくため息をついて、ベッドに腰を下ろした。ちょうどウィンリィの背中の位置にある。 正直に言えば、昼間のアルの発言のせいで少しばかり意識していた。しかし、実際に会うとこうだ。何事もなかったかのように、普通に会って、普通に話す。緊張していたのが馬鹿みたいに思えてくるほど。それはそれでオレたちの形なのだろうが、いろいろと進展させにくいのも事実で。 (でも……何を望んだってわけでもないんだよなぁ……) 背中で揺れるハニーブロンドを眺めながら、ぼんやりと考える。ずっと好きだった幼なじみが好きだと言ってくれたからこうなった。至ってシンプルなのだ、実際の関係は。だから、恋人同士になったからといって、その日を境に態度が変わるわけでもない。ゆっくりと、時間をかけていけばいい。この手を取ってくれたということは、その時間が与えられたということなのだ。 そんなことを考えていると、ふいにウィンリィが振り返る。 「いつもありがとね、様子見に来てくれて」 「なんだよ、今更」 「別にー。たまには言いたくなっただけ」 へへ、とはにかんでみせた笑顔に、思わず目を奪われた。 「……そういう優しいとこ、好きよ」 慣れない単語を使うことに勇気が必要だったのか、少しだけ溜めてから出した声は掠れていた。くるりとすぐにまた背を向けてしまったけれど、その前に一瞬見えた頬は赤く、細めた瞳はたしかに優しかった。恋人の、それだった。 「……あー、ったく!」 「え、な、なに?」 だって嬉しいでしょ、と言い切った弟の顔が思わず浮かんだ。 13.11.17. 恋人になって数ヶ月のエドウィンです 兄さんの一人称がいつを境に変わったのかははっきりしませんが、旅を終えてわりとすぐにウィンリィと付き合い始めて、一年以上経ってから「俺」に変わったのが理想かな かっこいい兄さんも好きですが、やっぱり一枚上手なウィンリィ、というエドウィンが好きです →back |