幸せを共に 「……っ、ただいま!」 息を切らしながら、勢いよくドアを開ける。時計に目をやれば、時刻は0時を少しだけ回っていて。 「おかえりなさい、翔くん」 「あー、間に合わなかったか……」 「きゃっ」 玄関に顔を出した春歌の腕を引き、そのまま腕の中に閉じ込めた。 「しょ、翔くん?」 「……誕生日おめでとう。遅れてごめんな」 「……ううん、ありがとう」 柔らかな髪を撫でながら呟けば、嬉しそうな声が返ってくる。ぎゅっと腕に力を込めれば、同じように背中に腕を回された。 春歌の誕生日は、数分前に終わってしまった。前日から泊まりがけの仕事が入っていた翔は、間に合わないかもしれないと連絡を入れておいたものの、なんとか終わらせて当日中に直接おめでとうと伝えるつもりでいたのだが、ほんの少しだけ間に合わなかったのだ。 「嬉しいです。翔くんががんばって仕事を終わらせてきてくれたの、わかってるから」 「ん……」 お疲れ様です、と優しく声をかけてくれる愛しい彼女に、誕生日にこだわっていたのは自分だけかもしれないな、と苦笑した。それでも、特別な日を一緒に過ごせるのは恋人の特権だと思ってしまう。喜ばせたいと思うのは、男としての小さなプライド。些細なことでも幸せそうに微笑んでくれる彼女の笑顔をもっと見ていられるように、何かしてあげたいなと思う。 「えっと……翔くん、疲れてるでしょう? 先にお風呂にする?」 「……いや、先にプレゼント渡したい」 腕の力を緩め、そのまま手を繋いでリビングへと向かう。ソファへと場所を変えたことに特に意味はないが、ここで二人並んで話すのが一番落ち着くのだ。 (あらたまって渡すのも、なんか……恥ずかしいな) それは春歌も同じようで、いつもより少しだけ緊張しているような期待を滲ませた瞳を、そわそわと彷徨わせていた。 「……ハッピーバースデー、春歌」 鞄の中から取り出した小箱を、彼女の手に乗せて両手で包み込む。 「へへ、なんか緊張するな」 「……うん。でも、嬉しい方が大きいかな。……開けてみてもいい?」 「おう、いいぜ」 そっと手を離すと、春歌がゆっくりとリボンを紐解いた。ドキドキしながらその様子を見つめる。――感嘆の声とともに、彼女の瞳が大きく見開かれた。 「俺さ、前も言ったけど、いつでもお前を最優先にすることはできないと思うから。だからって言うと、俺のエゴになっちまうけど……それ、ずっとつけててほしいんだ」 いつでも想ってる。その気持ちを、受け止めてほしい。 「っ、もちろんです!」 「……サンキュ」 つけさせて、と春歌の手からそれを受け取ると、髪に引っかからないようにそっと首の後ろへと手を回した。 彼女の胸元に、ピンクゴールドのネックレスが輝く。華奢なデザインのそれは、彼女の白い肌の上で小さく存在を主張した。決して派手すぎず、けれど今までの彼女とは違う魅力を上手く引き出す。それは、翔ならではのセンスだった。 「ん、やっぱ似合うな!」 「……ありがとう。嬉しいです」 誕生日当日に翔と過ごせないことを寂しく思う気持ちは、春歌にだってあったのだ。しかたないと思っても、ほんの少しだけその気持ちは顔を出す。けれど彼を困らせたくはないからと、必死に隠していた。 しかし、今は違う。自分のことを、自分たちのことを、彼はこれほどまでに真剣に考えてくれている。見え隠れする独占欲までもが愛しい。 「……あと、さ……」 「?」 「今のは俺があげたかったプレゼントじゃん? 春歌が欲しい物、何かあるか?」 「え……?」 「せっかくの誕生日だからな、なんでもいいぜ!」 「え、でも、ネックレスもすごく嬉しいのに……」 「いいからもらっとけ。……つーか、もっと喜ばしてーの」 ポン、と頭を撫でれば、春歌はわかったようなわからないような、曖昧な表情で首を傾げた。答えを促すように何も言わずに待っていると、彼女は躊躇いがちに口を開いた。 「えっと……じゃあ、欲しいものというか、してほしいことでも、いいですか……?」 「……、お、おう……」 「じゃあ、ぎゅってして、ください……」 「……え。そんなんでいいの?」 いつもしてるけど、と念のため声をかけたが、彼女は「はい!」と頷いた。最後の方は消え入りそうなか細い声での、彼女らしいささやかなお願い。あまりにもささやかすぎて、拍子抜けしてしまうほどに。 「翔くんにぎゅーってしてもらうと、幸せな気持ちになるんです。すごく幸せで、嬉しくて、それなのにドキドキして……」 「あー、わかった。わかったから」 にやけそうになる口元を必死で隠しながら、素直すぎる彼女の言葉を遮った。 先程の、プレゼントを受け取ったときの嬉しそうな表情にしてもそうだけど、本当に心臓に悪い。 「してやるから、ほら」 目の前で両手を広げてみせた。 13.05.05. ヘアピンにしてもそうだけど、翔ちゃんは身につける系のプレゼントをあげたがると思う 春ちゃんは大好きな翔くんに自分のためだけに歌ってほしいと思いつつ、彼女なりに誕生日だからと甘えたい思ってのハグ選択なのです キスはこのあと強請らなくてもしてくれます →back |