![]() 「お先に失礼します」 軽く頭を下げて裏口から外へ出ると、深夜であるにも関わらず、じとっとした風が纏わりつく。嫌な気分だ。何も考えずに歩き始めたものの、しばらくすると頭の中で勝手に男の声が再生されて、妙はさらに深いため息をついた。 あの男――坂田銀時におかしなことを言われてから、一週間が過ぎようとしていた。唐突に紡ぎ出された言葉は予想もしていなかったもので、それ以来、悔しいことにそのことばかり考えてしまっている。家に一人でいるとどうしても考えてしまうからと、妙はいつも以上に熱心に働いた。働いている間は、余計なことを考えずに済む。案の定、彼も現れない。ただ、こうして一歩店の外に出てしまえば、また考えてしまうのだ。 ――私は、あなたのことをそういう目で見たことはありません。 それが正直な答えだ。……でも、言えなかった。言いたくなかったのか、呆けていただけなのかはわからない。ただ、その場では彼に答えを返すことができず、彼も答えを求めず、「帰るわ」と一言だけ残して去っていった。ほんの一週間前のことだ。あれ以来顔を合わせていないけれど、鮮明に思い出せる。そして、なぜか私はまだ答えを探していた。 言ってしまえば、家族のような存在なのだ。弟の雇い主以上であり、友達ではなく、では何かと言えば、家族のような関係。兄ではない。父でもない。それはあくまで「家族のような」関係であり、具体的にどのような関係かまでは考えたことがなかったのだ。それ以上踏み込もうとしなかったのは、お互い様なのかもしれない。 (それを、なんで……) 壊す必要なんて、きっとどこにもなかったのに。 「ったくよォ、我ながらわけわかんねーよ。ありえねーよ」 大きくため息をついて、左手で顔を覆う。なんで俺はあんなことを言ったんだ。……んで、なんで長谷川さんなんかに愚痴ってんだ。 「いやー、いいんじゃねェの? ある意味銀さんっぽいって、その言い方」 「……俺っぽいってどこがだよ」 「曖昧な言い回しっつーか、ずるいっつーか……好きです付き合ってくださーい!って感じじゃねーもん」 グイッと安い焼酎を煽りながら話す長谷川さんは、完全に他人事だと思って楽しんでやがる。こっちは真剣に悩んでるってのにひでぇ奴だなオイ。 ふらふら歩いているときに偶然出会い、ちょっと飲もうぜと屋台に誘ったのは自分だ。相談したいだなんて気持ちはこれっぽっちも持ち合わせていなかったはずなのに、酒を飲んだらそのことで頭がいっぱいになった。思い出したら我慢することができなくて、先日の出来事をベラベラ喋っていたのだ。 告白と言っていいのかも怪しい言い逃げをしてから一週間。あれから、妙とは顔を合わせていない。道場にもすまいるにも近づかないようにしていた。新八も特に姉の様子がおかしいといった旨の話をすることはなかったし、このまま時間が過ぎれば、お互いなかったことにできるかもしれない、なんてことを考えていた。 「……で? これからどうするわけ?」 「……」 言った言葉は本当だ。けれど、だからどうなりたいとか、そこまで深く考えていなかったのも事実だ。考える前に口から出ていた、が正解かもしれない。 なかったことにしたいというのは、半分本音で半分嘘。なかったことにしたいわけじゃない。ただ、今の気まずい空気をなくしたい。このまま避け続けるのもおかしいが、なんでもないように接するのも難しい。そこは妙も同じであると、なんとなく予測できる。 「俺は……」 「……見つけた」 凛とした声に振り向けば、真後ろに立っていたのは、もちろんあの女で。俺も、そして長谷川さんも、言葉を失った。妙はただまっすぐこちらを見下ろしており、その表情にいつもの作り笑顔はない。かといって怒っているわけでもなく、いつになく真剣な表情だった。が、長谷川さんに向かっていつもの笑みを浮かべるのと同時に、腕を掴まれた。 「ちょっと銀さん借りていきますね」 銀時は、妙の斜め後ろ辺りを歩いていた。方向的に道場へ向かっているのだけはわかったが、終始無言の彼女に掛ける言葉が、今の銀時にはない。頼むから何か言ってくれ、という想いとは反対に、全部自分のせいか、という気持ちも生まれてくる。酔いはいつの間にか醒めていた。 「……なァ」 「……なんですか」 ピタリと足を止めたものの、こちらを振り向く気配はない。ああ、ほら。だからやっぱり、できることならなかったことにしたい。 「なんで、何も言わねーの」 そう言った瞬間、殴り倒されていた。あまりにも突然すぎる出来事に銀時の頭はついていかず、見下ろしている妙をぱちくりと見やったあとで、ようやく頬に痛みがきた。 「それはこっちの台詞ですっ!」 深夜であるにも関わらず、妙が声を響かせる。射抜くような視線を、逸らすことはできなかった。 「言いたいことだけ言って、逃げて……何で何も言わないんですか! あなたがどうしたいのかもわからないから、私は……っ」 ――気付いたら、あなたのことばかり考えていて。 震える声とともに視界が滲む。涙を見せるつもりなんてなかったのに。 身体から力が抜けて膝をつけた妙の肩を、銀時はそっと抱き寄せた。泣かせたくなどなかったのに。 想いを伝えてどうしたかったのか。その答えは、今でもはっきりとしない。ただ、伝えたかったのだ。想いだけは日に日にはっきりとしていって、気付いたら口にしていた。……それはきっと、今の妙も同じ。ぎゅうっと抱きしめる腕に力を込めれば、背中にそっと腕が回った。 12.10.28. 銀さんはきっとこんな感じでグダグダな告白みたいなことをするんだろうと思っているのですが、お妙さんの返しはもっと上手いやり方があったんじゃないかと今でも悶々としています 長谷川さんと銀さんがグダグダ飲むシーンはもっと書きたいです 今度は愚痴からの嫁自慢大会で →back |