愛の言葉 | ナノ


愛の言葉




 茶を啜る音が部屋に響く。居心地の悪さを誤魔化すかのように、わざと音を立てていた。お互いに。銀時はジャンプをわざとらしくゆっくりと読み進めていたし、妙は手元をじっと見続けていた。
 本来、銀時と二人でいるからといって、沈黙で居心地が悪いなどということはなかった。むしろ、沈黙でも心地よい、そんな関係であったはずだ。それが、今日は違う。――いや、今日に限ったことではない。ここ数日、銀時の機嫌が悪く、どうしても気まずくなりがちなのだ。
(何かしたかしら……)
 事の発端はいつだっただろう。はっきりとした覚えはない。誰だって機嫌が悪い日はあるし、どうせ翌日には元に戻るだろうと気にしなかったのだ、たぶん。
 原因が自分にあることだけは確からしかった。弟の新八に尋ねてみても、ふだんは特に変化がないらしい。いつものように、万年金欠のマダオな主。ただ、妙が来たときに、妙と一度も目を合わせようとしなかったことには弟も気付いたらしく、その態度には疑問があったとのことだった。「喧嘩でもしたんですか?」と聞かれても、答えはノーだ。いつものような口喧嘩さえできないほどに、今の銀時と妙の間には会話がない。
(……最後に会ったのは、いつだったかしら)
 まだ、きちんと目を見て話してくれたのは。くだらない口喧嘩をしながらもいつものように話した、あの日はたしか――そう、銀さんがすまいるに来た日だわ。
「……銀さん」
 湯のみを置いて、正面から隣へと移動する。それでも彼は、ジャンプから目を離さない。わざとらしく無視され続けるのは、苛立つというよりも悲しかった。
「私のこと……恋人のこと、困らせて、そんなに楽しいですか?」
「……」
「私が悪いのなら謝ります。でも、原因もわからないのに無視され続けるのは、納得いきません」
 あの日は、暴言を浴びせた覚えも手を出した覚えもない。飲み過ぎて忘れているわけでもない。本当に、わからないのだ。
 最初はだんまりを決め込んでいた銀時だったが、じっと見つめてくる妙に負け、大きくため息を吐いた。ジャンプを傍らに置き、彼女の体をぐいっと引き寄せる。妙は一瞬、驚きに身を固くしたものの、抵抗する様子はない。腕の中でおとなしく、されるがままに身を委ねている。そのぬくもりに、ほっとした。目を合わせることもせず、避け続けていた数日。ほんの数日だったはずなのに、久しぶりに触れたような気さえする。すべて、自分のせいだというのに。
「敵わねェなぁ……」
「え?」
 銀時の独り言も、この距離では妙に筒抜けである。なんでもねーよ、と薄く笑うと、彼女の頬に手を伸ばした。その動作は自然で、妙もゆっくりと瞼を閉じようとする。仲直りのキス、という言葉が頭に浮かんで……しかし、途中で銀時の動きが止まった。
「……銀、さん……?」
 銀時は、それ以上距離を縮めようとしない。それどころか、背中に回されていた腕も離れ、自然と距離ができていた。彼のらしくない行動に、不安が過る。どうしよう、声が出ない。
「……俺さァ」
 ピクリ、と妙の肩が揺れる。不安そうな瞳で見つめてくる彼女の髪を、銀時の手が優しく撫でた。
「金も無ぇし、仕事もあるような無いような感じだし、おまえとも結構歳離れてるし?」
 そのとき、ふっと思い出した。あの日、銀時がすまいるに来たあとに訪れた客のことを。
「今はこうやってダラダラ過ごしててもいいけどよ、先のことを考えたらなんつーか……ちゃんとおまえのことを幸せにできるのかなーとか」
 相手は金を持っており、妙を指名してきた。銀時には、指名されていたわけではない。なんとなく、彼が来たときに手があいていたら、自分が行くことになっていただけだったから、指名してきた客を無視することはできなかった。だからそのときは、銀時に断りを入れて、その客の元へと向かったのだけれど。でも、それだけ。たしかに顔がよかったような気はするし、職も安定したもので、妙にも終始紳士的な態度であった。でも、それだけだったのに。
「他の奴の方が、おまえのこと幸せにしてやれんのかな、とか思ったわけ。……でも」
 やっぱ無理だわ。俺が。
 そう言って再び抱きしめてくる銀時は、なんだか甘えているようにさえ見えた。不安か嫉妬かわからないけれど、避けられていた原因がそこにある。しかも、散々人のことを不安にさせておいて、結局結論は自分で出したらしい。それはそれで彼らしいけれど、思わず零れそうになる笑みを堪えて、銀時の頬を抓った。妙の頭の中から、あの客の顔は消えていた。元々気にしていたわけではないし、それどころか忘れてさえいた男に、条件がいいという理由だけで嫉妬していたというのか。
「随分と自分勝手ですね」
「い、いひゃいいひゃいごめんなはい」
「……勝手に決めつけないで」
 手を離した妙は、真剣な瞳で彼に告げる。
「私、銀さんに幸せにしてもらおうだなんて、最初から考えてないですよ。……私が幸せになるために、あなたが必要なの。万年金欠のマダオだってことくらい、知っててあなたを選んだんです」
 それくらい、わかってるでしょう?
 一気に捲し立てられた言葉に、銀時は一瞬呆けてしまう。自分で言ってて恥ずかしくなったのか、目を逸らし、顔を真っ赤にする妙。好きなんてめったに言わない彼女の、それ以上の愛の言葉。
「……ったく。そんな殺し文句どこで覚えたんですか、お妙さん」
 苦笑しながらも再び頬に伸ばされた手に、妙は今度こそ瞼を閉じた。




12.03.29.
めぐさんからのリクエストで、銀妙でした
お妙さんが他のいい条件の男に言い寄られて銀さんが自信をなくしたところを、お妙さんが「あなたがいいんです!」というリクエストをいただきまして
設定だけでニヤニヤしました男前なお妙さん大好きです
うじうじ銀さんでもよかったのですが、そこはやっぱり手放せない銀さんであってほしいなーと
リクエストありがとうございました!




back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -