出雲禊が出雲禊である由縁



率直に言って、俺の家はいわゆる名家だ。
俺の家、出雲家は黒軍を古くから支え続けてきた一本の柱とまで言われている。
出雲家は禊神社という神社を管理している。主祭神は『大皇禊命(オオスメラギノミソギノミコト)』

そう、要するに現人神を祀っている。

出雲家本家で生まれた、または出雲家本家の養子となった長男、あるいはその他の男児は禊と名付けられ、その息子あるいは養子も禊と名付けられる。そう、俺の名前は『禊』父親に当たる男も『禊』その祖父に当たる男も『禊』俺に息子や養子ができればそいつもまた『禊』つまり一度に多くの『禊』が存在する場合があるというわけだ。『禊』は本来次代禊が二四歳になる、或いは当代禊が死ぬと代替わりする。『禊』としての仕事はその時初めて当代から次代へと受け継がれ知らされるそうだ。

俺は次代禊だ。先代の禊が三十八歳で亡くなったため、当代禊は十四歳で『禊』を継いだ。そしてその同年に俺が産まれた。俺の親父はとんだマセガキだったのかもしれない。

そして、次代の禊は本来当代の禊に会うことは通常は無い。と言うのも当代の禊は神社の敷地の奥にある本殿のそのまた奥の祭壇にある社の中に半ば監禁されるからだ。禊神社の本殿の祭壇は他の神社のそれと比べて規格外にでかい。現人神と言えど人間が一人その中で住んでいるのだからまぁおかしくはないのだが。

しかし、俺は俺が『禊』となる前にその人に出会った。


あの日はそう、とても綺麗に晴れた秋の日だった。
その時六歳だった俺は他人と接触する機会がてんでなかった。無理もない・・・といえば無理もないのだろう。『禊』は現人神。その神を継ぐ人間がおいそれと外に出してもらえるわけもない。『禊』は孤独に生まれ、孤独に生き、孤独に死ぬ。そう生まれた時から決まっているのだから。

とにかく、『禊』になる前からすでに軟禁を虐げられていた俺は、ぼんやりと中庭で空を見上げることが多かった。
四隅は壁に囲まれた高い空。その向こう側を恋しく思うこともなく・・・こともできず、ただぼんやりと眺めていた。

その時、風もないのに急に紅葉の落ち葉がはらはら、というよりもどさっと落ちてきた。突然のことに驚いた俺は尻餅をつく。

「あっ。坊主!大丈夫か?」

紅葉と一緒に頭上から降ってきたのは若い男の声だった。男はなぜか紅葉の木に乗っていた。

「天狗さん?」

と俺はいった気がする。しょうがないだろう、長い髪の毛を一つに縛って尻尾のように垂らし、まるで修験者のような衣装を身にまとっていたのだから。第一木に乗っているし。

その男はちっげーよといって俺の横に降りたった。

「天狗じゃねえっての。お忍び服だっての。わかったか坊主」
「坊主じゃないよ!俺は禊!」

俺がそういうとそいつは一瞬目を見開いて、けれどすぐに呵々と笑った。

「はっ!あんたは坊主で十分だ!・・・で、坊主。あんた、一体何をしていたんだ?遊んでた・・・っつぅわけじゃなさそうだな」
「お空を見ていたよ」

男はぽかんとしてそれだけ?といった。俺はそれに頷く。
すると男は額に手をやって何かぼそぼそいったあと俺の額をつまはじいた。

「いたい!」
「っっかーーー!坊主!あんた、夢がねえなあ!外に出てえとかそんなん感じねえわけ?」

”外に出る”それは俺が認識できなかった言葉だった。

「外って何?」
「は?・・・外ってーと・・・あーー・・・なんなんだろうな」

男は本気でわからなかったようだ。神社の外が、とか世界が、とかそんな感じのことを言っている。

「知らないの?」
「知ってるよ!あーっとほら、ウミ、とかヤマ、とか・・・タニとか?」
「それはお話の中の話でしょ?」

この時は外の概念さえもわかってなかった。俺にとっての世界は俺の部屋とこの四角い中庭だけだったから。読み聞かせで出てくる海や山や谷や島なんかは想像上のものだと思っていた。
俺の答えを聞いた男は俺を見下げていう。

「そんな場所が、本当にあったらどうする?」
「え?」

考えたこともなかったことだった。想像上の場所に行けたらなんて。そんなこと有り得ない、不毛だだなんて思っていた枯れた六歳児だったから。

「お前、ここに閉じ込められてる自覚あるわけ?」
「とじ・・・?」
「そう、この壁の向こう側はずっと広い世界が待ってるんだぜ。あんた、それを知りたいとは思わないのか?」
「・・・・・・」

じゃあ、と前置きして男は言い募る。

「あの壁の向こう側であんたを守るために、大事な人を守るために人が死に続けているって言ったら?」
「えっ」
「・・・あんた、今年で六歳だよな?六歳には早かったかね」

その男は頭をカリカリ書いてから衝撃の抜けきれない俺の背中をばしっと叩いた。

「まっそういうわけだ。お前、ちょっとは”ゲンジツ”見れたか?」
「・・・・・・」
「あんたには多くの可能性が待ってんだよ。だからもっと視野をひろぉく持つんだ」
「・・・・・・」

「ここか御上ぃ!!!」

と、俺の中のモヤモヤをかき消すような怒号が背後から飛んできた。
男がびくっと肩を揺らし、からくり仕掛けの人形のようにぎ、ぎ、と首が回る。

「す、すーたむ・・・」
「てめぇ・・・こんなところにいやがったんですねぇ・・・。・・・?」

怒鳴った男は文官の格好をした男だった。俺を見るとはっと息を飲む。

「・・・御上、」
「はいはいはい!!鳥さんはお籠に戻りますよっと。戻ればいいんしょ戻れば!」

男はそう言って文官の男の元へ向かう。その前に俺にむきなおり、ひとつ頭を撫でた。

「お前にはまだ時間がある。縁、あんたには、な」


今思えば、あの若い男は俺の父親である当代禊だったにちがいない。あの家で御上なんて呼ばれるのは当代だけだ。
それから俺は必死に蔵人頭に頼み込んで外に出ることができた。そこで出会った颯をきっかけに俺はこの戦争に参加する決意をしたのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なぁ、すーたむ」

煌々と燃える火、泣き叫ぶ女の悲鳴。それを背景にして男が文官を呼ぶ。

「すーたむ、と呼ばれるような年齢ではないのですが」
「縁は・・・もう17になるのか」
「・・・ええ。戦争の前線で健闘なさっていると息子から報告が有ります」

文官、杉原隆善が頷く。
悲鳴が違う人間のものに変わる。赤い鮮血が辺りに飛ぶ。

「俺さ、」
「・・・・・・」
「こんなこと、縁にみせたくないな」
「・・・・・・それが禊命の使命にございます」

隆善の言葉に男は俯く。しかし顔を上げて隆善を見上げた。

「じゃあ、せめて、縁が二四になるまでしっかり生きないと、」
「・・・・・・ええ、私は最期の時まで、お側に」

隆善がそういうと、男は呵々と笑った。

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