百地槙が百地槙である由縁




僕の一番古い記憶はお墓参りの記憶。
小さな家の横に植えられた、大きな百槙の木の前に建つ小さな墓。
その前で父の真似をして手を合わせた記憶。

そこそこ財力のある家に生まれた僕は他の子よりも満たされていたかも知れないけれど、母親がいないという点に関してだけはぽっかりと穴が空いていた。母親は…かあさんは僕を産んで死んだらしい。

「血のように赤く、雪のように白い子供が産まれたら、私は幸せなのに」が口癖だったかあさんは、血のように赤い髪と雪のように白い肌を持った僕を見て微笑んで死んだそうだ。かあさんは昔に残した遺言通り、百槙の木の下に埋められた。

僕が11歳になった頃、新しいお母さんが来た。お母さんと僕は最初はぎこちなかったけれど、半年もすると本当の母親と息子のようになった、と思う。僕の中にぽっかり開いた母親という穴が埋まった気がするから。
けれど、お母さんはそうは思わなかったようだ。

僕が13歳になった時、あおりが産まれた。可愛い、僕の妹。大切な、大切な僕の妹。
僕はあおりを、父さんを、お母さんを愛していた。大切な僕の家族。かけがえのない唯一無二の宝物。
けれど、あおりが成長するのと同時に僕はお母さんに邪険に扱われるようになった。

僕はよくお母さんに怒鳴られるようになった。よく殴られるようになった。それでも僕は我慢した。父さんにもあおりにも気づかれないように、この家族を壊さないために。痛かったけれど、苦しかったけれど、それ以上にこの大切な宝物が壊れることの方が怖かった。

ある日、学校から家に帰ると2歳にあおりが笑顔で駆け寄って来た。

「リンゴ、たくさんとどいたよ!にーちゃもたべなさいって」

この時から少し、少しだけ嫌な予感はしていた。食べなさいと言ったのはお母さんだろう。普段の食事だって十分に摂らせてくれなかったお母さんが何故僕にリンゴを食べさせたいのか…わからなかったけれど。

「あおり、貴方は手を洗って来なさい。…槙、貴方は自分でリンゴをとるのよ」

そう言って蓋を持ち上げたお母さんの顔は…思い出せない。リンゴを入れるための箱にしては大きすぎる箱の中に四つん這いで入った。そして蓋を閉められ、おかしな匂いの中……そこで意識はなくなった。


意識が戻ったのは誰かの部屋だった。目を覚ました僕がはじめに見た顔は知っている顔、鮎川玲奈教官だった。教官は僕が目覚めてすぐに家に連絡しようとしたけれど、僕の話を聞いて取りやめた。それから僕が家に帰れるその日まで、百地槙ではなく、鮎川槙を名乗るようになった。

百地槙は死んだ。葬式が挙げられ、その墓標はかあさんと同じ百槙の木の下に建てられたらしい。

その話を聞いて、人気のすっかりなくなった夜、僕はその木の下に行った。
悔しくはなかった。悲しくもなかった。少し寂しいだけ。
窓から漏れるあおりの泣き声が、少し虚しく聞こえるだけだった。

木下には母さんの名前を刻んだ墓標の隣に僕の墓標があった。 あおりが大切にしていたハンカチと父さんが大事にしていた指輪が供えてあった。けれど、供えてあったものはそれだけではなかった。
宛先は百地槙、差出人は否戻夢。内容はサロン・ド・パピヨンで待つ。それだけ。

手紙にあった場所に向かい、語り部様から招待状をいただき、画して僕は童話部隊に所属、『兄』となった。

『兄』となった僕はそつなく仕事をこなし…ていれたかな?兎に角大きな失敗もなくついにその日がやって来た。

「貴方のお母様、黒軍から薬物を購入していたそうねぇ」

月に何度かあるお茶会で、語り部様はそう言った。

薬物は僕を眠らせたあれだろうか。白軍に要請したら捕まるとでも思ったのだろうか。そこまでしたのになぜ僕を殺さなかったのか。色々な思いが頭をよぎったが、僕のやるべきことは一つだけ。

「次の標的はあの人で?」
「継母とは言ってもお母様でしょう?難しかったら他の子にやってもらうけれど」
「ギーウェット!ご冗談でしょう語り部様!こんな機会に恵まれるなんて!僕はなんて幸運なんだ!」

僕がそう言うとくすくすと笑い声があがる。

「Iniruba ihedoda mak ahnasaako?」
「Enon usoot noda rakor ihsu!」
「目をえぐったら如何かしら?序でに踵とつま先を切り落とすのもいいわね」
「ギーウェット!僕は僕のやり方でやらせていただくさ!」

紅茶を飲みきって立ち上がる。何人かの目線を受けて僕はお茶会から抜けていった。


折角家に帰るんだから、お土産でも買っていこう。妹が欲しがっていた赤い靴、父さんが「若い頃はなぁ、父さんもこう言うのをつけてなぁ」なんて言って物欲しげに眺めてた金のチェーンの首飾り、それに母さんに何よりも重い重い僕の気持ち。


僕は百槙の木の上に登って歌うように呟いた。

「おかあさんがぼくを殺し、
おとうさんがぼくを食べた。
妹が、ぼくの骨を残らずさがし、
絹の布に包んで、ねずの木の下に置いた。
ギーウェット!
僕はなんて綺麗な鳥だ!」



その後?突然聞こえた僕の声に驚いた父に金の首飾りを、あおりに赤い靴を、お母さんには重い重い僕の気持ちをあげたのさ。その身が潰れてしまうくらいほどの思いをね!



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作中、萌華さま(@mk_kurukuru )宅の否戻夢先生、ドロワちゃん&ゴーシュちゃん、マイ神さま(@meinosousaku )宅の灰白媛ちゃんをお借りしました。この場を借りて御礼申し上げます。
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bkm




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