火箸朔斗が火箸朔斗である由縁



俺っちが産まれたその日は、雪が降っていたとどこかで誰かに聞いた気がする。
どこかで誰か、と言っても恐らくあの廃墟で母親から、だと思うけれど。
けれど、母親も別の誰かとごちゃ混ぜになっていたのではないだろうか。俺っちが産まれたのは4月の終わりなのだから。

兎に角、俺っちは町外れの古いビルの廃墟で10年間を過ごした。母親は娼婦だったから、お荷物の俺っちは3歳になった頃には放って置かれていたらしい。3歳になった俺を育てたのは母親ではなく、おじさん…一來人だった。
あとからから知ったことだけれど、母親は赤軍諜報部の末端の末端で來人おじさんの部下だったらしい。直属ではないけれど。

おじさんから学んだことは多かった。文字の読み書きや計算とか、小学生低学年レベルの教育と外国語。それと、殺しの技術。
近距離の組手もやったし、投げナイフも教えてもらった。銃は音がするからできなかったけれど。


俺っちの世界は廃ビルの一室と、時々帰ってくる母親とよく顔を出すおじさんだった。おじさんがいるときは組手をしたり勉強して、母親がいるときは酔った母親に殴られないように部屋の隅に縮こまり、誰もいないときは來人おじさんが持ってきた大量の工学の専門書を読み漁った。童話とかじゃなくて専門書って所がチャッカリしていると思う。

10歳になったとき、いつもと違う格好をしたおじさんに外に連れ出された。おじさんはいつも変な言葉が書いてあるTシャツとジーパンを着ていたけれど、そのときだけは厚手のジャンパーとゴーグル、口元はマスクで覆われていた。

「外に出ようか」
「どうして?」
「朔斗の生きる世界を見てもらうためさ」

そんな会話をした気がする。
すぐさま俺はブカブカのジャンパーを着せられ、ゴーグルとマスクを着けさせられた。ぶかぶかな真っ黒な手袋とブーツを着けて…拳銃を渡された。始めて持った拳銃は22口径の小さなオートマチックだった。


外に出るとひどく不快な臭いがした気がする。今ならわかる。あれは戦場の匂い。硝煙と鉄と錆の匂い。怨嗟の匂いだ。


″中央区虐殺事件″

白軍過激派による深夜に行われた虐殺騒動で、戦闘に関係のない一般人の虐殺が行われた。さらにそれは赤軍や黒軍に嗅ぎつけられ、中央区はすぐさま戦場となり、3ヶ月に及ぶ″中央区戦争″に発展した事件だ。

俺っちが連れ出されたのは事件が起きた翌日。白軍と黒軍より一足早く到着した赤軍の戦闘が勃発している最中だった。

死体の中をハンドガン片手に歩くおじさんに腕を引かれて歩いた。鉄筋に貫かれたもの、顔が判別できないもの、体の一部がないもの……絶景だった。

死体を見た瞬間、母親とおじさんと薄暗い部屋だけだった俺っちの世界は崩壊した。

小さな部屋を照らす夕日よりも艶やかな赤。コンロの火よりも透明な白い青。それが両立している芸術品。
母親とおじさんしか知らなかった俺っちにとって初めて見た苦悶の表情は、感情の爆発。何よりも人間らしい姿。人間が生きていた証。生きようとした、証。

ああああああああああ!!!!

なんて、なんて世界は美しいのだろうか!!


そう言うとおじさんは驚いた顔になって、それでいて微笑んだ。おじさんが許した相手は綺麗にしていいと言った。おじさんが教えた技術は人を綺麗にする技術なんだ。薄汚い黒軍や白軍の人は綺麗にしてあげよう。

「手始めに、あの人を綺麗にしてあげようか」

おじさんが指差した所には人がいた。俺っちたちに気がつくと駆け寄ってくる。
俺っちもその人に駆け寄って、そしてトリガーを引いた。

軽くて小さな発砲音。それを遮る断末魔。溢れる艶やかな赤。色を失う白い青。片手で目を覆うその顔は感情の爆発。生きようとする証。
あのときは、今でも覚えている。




ああ、今までで一番、綺麗だったよ。
″お母さん″
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bkm




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