独眼狼とマッドシューター



半壊のビル、真ん中からぼっきり折れた木の並木道、それと血痕、血痕、血痕、時々遺体。


とある道の中心、陥没した道路の穴に大量の灰が積もっている。

それの中心に灯火由香里は花を投げ込む。


ふと、火薬の強い匂いが鼻をかすめ、後ろを振り返る。

するとそこにはニタニタと口角を吊り上げた赤いフードの男が立っていた。その手にはショットガンが握られており、先に付いている鋭いナイフがギラリと鈍く光った。


「やぁ、狼さん。ばれないと思ったんだけれど。俺っちの認識が甘かったかなぁ?」

「…そう言うのならば、その染み込んだ臭いをどうにかするんだな。火箸朔斗」


由香里の言葉にフードの男、朔斗は大口を開けて嗤った。


「アハハハハハ!流石狼さんだよねぇ。こんな火薬の匂いが充満してる場所で俺の匂いが分かるの?フフ、お鼻効きすぎでしょお」

「…………」


由香里は灰にむかって黙祷すると、朔斗のすぐ横を通り過ぎていく。が、通り過ぎて直ぐに口を開いた。


「そうそう、言わなきゃならないことがあったんだよね。君にゾッコン中な女の子…夏羽の妹ちゃんの事なんだけどさ、」


その言葉を聞いて由香里は勢いよく振り返る。その顔は今までの無表情を完全に崩し、酷く焦っている。


「な…まさか、悠生か…?妹…姉、があのフードだと…ッ?!」


それを聞いた朔斗は由香里に背中を向けたまま言葉を吐く。


「あれ、夏羽の苗字出してないっけぇ?1って書いて『にのまえ』なんて読むような苗字、あまりいないと思うけどなぁ?」

「そんな、嘘だろ…?赤軍に…」


しかし呆然とした顔をした顔を直ぐに引き締めて由香里は口を開いた。


「…何軍でも構わん。合わせてやってくれ。悠生は、一悠生はずっと姉を探してるんだ」


朔斗は少し悩んだ後に頭の後ろに手を回す。いやに上機嫌な背中は今にも口笛を吹きだしそうだ。


「むぅ。本当は狼さんに土下座させるなり恥ずかしい思いをさせるなりしたいんだけど…時間がないから、いいや。夏羽と妹ちゃんは嫌でも会うことになるよ」

「…は?」


その言葉に由香里は愕然とする。可愛い後輩の為なら命を差し出す以外ならなんでも応じる気でいたのに、何も要求なしに情報を教えるなど、この男の意思であるとは考えられない。

そしてそれ以上に面白そうに言葉を吐いた朔斗に背筋がぞっと寒くなる。自分よりもずっと小さな背中を凝視する。
次に出てくる言葉を聞きたくない。


「だって、夏羽には一悠生の暗殺が命じられてるんだもん!」

「……ッ?!」


くるり、とダンサーのように半回転して朔斗は呆然とする由香里にウィンクした。そしてさぞかし面白そうに笑う。


「フードは、悠生のことを……」

「知ってるに決まってるじゃん!妹だよ?悠生は白軍で頑張ってるかなーっていっつも言ってるもん」

「な…!そんな、妹を、暗殺対象に、するわけ、妹だぞ…?自覚してるのに、受諾した、のか…?」

「おっもしろいこというねー!したよ!全く悩まずに、直ぐに!フフ、雄一ちゃんがちょっとビックリしてたけどねぇ!」

「………ッ!!」


由香里は自身の腰の長刀を抜刀し、朔斗の喉元に押し付ける。その間一瞬もなかったが、朔斗も同じだった。ショットガンを額に当て、先についていたナイフは由香里の耳元に添えていた。


「…止めるんだ。フードを、一夏羽を」

「むーりぃ。楽しいことをなんで潰さなきゃならないのぉ?」


朔斗は自分のくちびるを由香里の耳に押し当てて囁く。


「狼さんが止めればいいでしょ?自分の、身を呈して。夏羽は狼さんどころか、俺っちより弱いけれど暗殺は得意なんだよ?狼さんのだぁいすきな悠生ちゃんは夏羽の攻撃を避けられるのぉ?」

「ッ!!うるさい!!腐った口で悠生の名を呼ぶな!!」


由香里はそう叫ぶと朔斗の首を切り裂くように長刀を手前に引こうとする。しかし、朔斗の方が速かった。


朔斗は銃口を由香里の額から離し、耳元に銃筒を押し付け、発砲した。


「だ、あああああああああああああああああああ!!!」


標的のない弾はただ壁に幾つもの穴を上げるのみだったが、音によって耳を潰された由香里は長刀を手放し、蹲った。

由香里の耳はただ、キィンと言うけたたましいほどの耳鳴りが響き、それ以外の音は全く拾うことがない。


「うああ、ああああ!ひ、ばしぃ…!…きさま…ッ!!」


「それはハンデね。流石に夏羽も狼さんの護衛付きだと何もできなさそうだしぃ。まぁ狼さんは音なんてなくても大丈夫かもだしぃ。あ、俺っちの声も聞こえてないとかぁ?」


アハハ、と笑って朔斗は歩いてその場を去る。喉元の深い切り傷を物ともせず、ただ、笑って。










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会えて良かった?の序の直前の話。
あの時、由香里は急性音響外傷だったので夏羽にギリギリまで気がつかなかった。
ただ、気配と空気の流れと臭いで夏羽の居場所が分かってたから庇えた。
因みに、ここから夏羽に殺されるまでの意思疎通は読唇術でどうにかしてた。由香里ちゃんのスペックは怪物並みである。
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bkm




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