猿田道明が猿田道明である由縁
万物は旅人である。
時間も、草木も、動物も、無機物も旅人である。
生涯という長いような短いような時の中で笑い、泣き、怒り、殺し、殺され、死んでいく人々もまた無自覚ながら旅人である。
旅とは時間や草木、動物、無機質、そして人を映す鏡のようなものだ。
何が言いたいかというと儂は旅が好きだ。
与えられた時間の中で多くのものを見て、多くを感じ、多くを得て、多くを失いたい。
だからこそ、漫ろ神に憑かれたように心がそわそわして道祖神がこちらを手招いているような感覚に陥った時には着の身着のままふらふらと放浪するのが趣味だ。
その時だって、その旅の途中であった。
硝煙に包まれた小さな村であった。ぷすぷすとどこからか小さな音がし、むわりと臭う鉄と硫黄の臭い……。その日の寝床を物色するはずだったその場所は死臭漂う生き地獄に成り果てていた。
「……だれか、おらんかえ」
そう声をかけるも返事はない。予想はしていたが本当にないとなると物悲しい。
この村はだめだ。これでは寝床どころの話ではない。まだ火の燻る音が聞こえるところから襲撃されて間もないのだろう。またいつ鬼の所業を行なった何処ぞの軍人が帰ってくるかもわからない。
そう思い、少し急いで村の物色をはじめた。
何故この村が襲撃されたのかは知らないし知る必要もないが、どの軍がこの村を襲撃しどの道で帰還したのかは知らなければならない。鉢合わせになって殺されては困る。
家々の外観には特に今まで見てきた村との違いはない。光り輝く都や軍の要所とは違いまるでここだけ何十年も昔のような茅葺屋根の残骸やら木材だけで作られた家はさぞ萌えやすかったのであろう。
「邪魔するぞ」
念のため一言声をかけてから茅葺を持ち上げる。が、手に取ったそれはばらばらと崩れ落ちた。
……収集がつかない。
仕方なく茅葺の塊だったものを掻き分けながら進む。ぬちゃりと何かを踏む感覚のあと凄まじい異臭がしたのは気のせいだと思い込んで進むとかつん、と何かに躓きそうになった。
どうか、骨ではありませんように。骨であっても付属物が付いていませんように。
そう心の中で願いながら硬い何かを持ち上げる。
それは両手でやっと持てるほどの、それでいて非常に軽い像であった。
形作られていたのは彼岸花を咥えて仲良く並ぶ烏と蛇だ。烏は黒軍、蛇は白軍、彼岸花は赤軍の象徴だ。それがこう揃って大人しくしている像というと、平和主義者か何かの作った物だろうか。
ただ、彼岸花……曼珠沙華の汁や根には毒性があるというのをこの作者は知っているのだろうか。これでは彼岸花の一人勝ちでは……と思ったが杞憂だろう。杞憂だと思いたい。
さらに物色を続けると不思議なことにこの像はどの家にもあることがわかった。多分この村自体がそういった思想を持つ者の集まりであったのだろう。それがひょんな事で何処かの軍にバレて襲撃された、と。
別に知る必要のなかった事がわかったが、知る必要のある『どの軍が仕掛けたのか』がわからない。
まず赤軍はないだろう。こんな辺鄙なところにある村、赤軍が襲ったところでいい点がない。あの軍はまさに花火のような軍なのだ。多くの人に見せて意味があるのだから。
となると白軍か黒軍だが……いやはや、わからない。どちらにも動機がある。
さて困った。ここは皮肉にも日ノ本を大きく東西で分けると丁度中央部。南北にも各軍の要所があるのだ。避けようがないではないか。
「……あ、」
ふと、足元からしゃがれた声が聞こえた。
見下ろすと、そこにいたのは黒い影……と表しても良いほど真っ黒な子供だった。生焼けの肉がきゅうと収縮して胎児のように曲がった腕を、動かしにくいだろうにこちらに必死に伸ばしてくる。ぱらぱらと肉が剥がれ落ち、関節と関節の間であるような場所があらぬ方向に捻じ曲げられていた。
先ほどからする嫌な臭いとぷすぷすという音の発生源はどうやらこの子のようだ。
「相、すまぬ」
ぐし、と思いきり槍でその子の背中を突く。そうすれば裾を掴んでいた手がぱたりと落ちた。
黒い影となった子供、崩壊した茅葺屋根、酷い臭い、なんとも惨い光景だ。
時間があればしのびごとでもあげてやれるのだが、今はとにかくここから離れなければならない。
とりあえず何処かに腰を落ち着けて各要所の確認を急ごう。そう思い至り立ち上がる。そして一回り村を見渡してからこの場を去った。
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どんな光景を見ようとも儂は旅が好きだ。地獄であろうと天国であろうとこの地にあるものは全てみたい。人の営み、自然の表情。全て儂にとて宝物になる。
ただ、今回ばかりは少しうんざりとしてきたぞ。
「お前は何者か。里のものか」
目の前にいる人間がこちらに刀を突きつけながらそういう。頭の位置で上げた手を軽く振りつつ
「違う。儂は旅をしているだけだ」
というとそいつは少し警戒を解いた。それでも刀を下げることはしない。
先ほどの村から歩いてたったの15分もたってないだろう。そこでこの男とであった。出会ってしまった。儂はあらゆるものとの出会いを求めて旅をしているが、この出会いは求めてなかった。
「旅だと?その年でか?」
「失礼な。儂はもう14だぞ。立派な大人だ」
子供じゃないか。という男の小声は無視する。
その男は少し考えるように沈黙すると、少し声音をやわらかくしていった。
「お前、親は?」
「親元に帰すといっても無駄だぞ。儂は親の顔を知らん。親代わりの爺と一緒に旅をしてきたが、爺も4年前に死んでいる。…おい、哀れむような顔をするのではないぞ。爺は90まで生きた。大往生だったな」
儂がなんと言おうと男の表情は悲しみに染まっている。おい、お前お人よしだろう。
儂がそう思っていることなど知らずにその男は刀をおろした。おい、いいのか。
「……お前、私の部下にならないか?」
「は?」
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と、言うわけで行く当てもなかった儂を杉原隆善が拾い、黒軍に入隊したということだ。いや、旅を続けたいから結構だ、とも言ったのだがね、給料も出て戦況報告という形でいろんな場所に旅が出来る上に経費も下りるぞと言われてつられてしまったのだ。
この後、太陽殿に声をかけられてアマテラス部隊に入隊することになるのだが……それはまた別の機会に。
……そうそう、あとで調べたらあの地獄を作り上げたのは白軍だったという。何でもあの村は元白軍の少将様が思想の変化により白軍を裏切った後に潜伏していた村だったんだとか。
あそこの村人、老若男女全員が平和的な思想を持った人間だったという。それが邪魔だったのだろう。
確かに平和主義が軍の中に居ると軍が腐る。不穏分子は早急に排除するべきだ。しかもその思想は赤軍が作り世にはびこらせたとも言う。平和という外套を着込んだ族が仕込んだことなのだろう。だから白軍だけでなく黒軍まで出張って隙あらば村を壊滅させようとしていたらしい。
皮肉なものだ。ただ彼らはみなが一緒に仲良くすごすことを願っていただけだろうに。
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bkm