▼赤軍 中央区

「共同戦線?黒軍とォ?」
『そうそう。こっちの情報は向こうに筒抜けになるから、念のため気をつけてね。あ、あと雄一と合流予定だったけど、そこ、トトさんに変えてくれない?』
「ハイハイ、りょォかァい」
『よろしくネー!』
「こっちこそォよろしくゥ」

軽く挨拶を済ませたのを確認し、タブレット、見てくれない?という和彦に促されて一度建物の陰に隠れてタブレットを見る。

『今二人がいるのは中央地区。夏羽は009区、トトさんは013だね。で、合流は011でよろしく。011、拡大するよ』

その声とともに中央地区011の地図が拡大される。ビルのある場所に覆面を被った小さい記号のような顔、ビルとビルの間の道にフードをかぶった顔がぴこぴこと点滅している。
夏羽は周りを確認しつつタブレットを横目にちらりと見てから建物の影から躍り出て移動を始めた。

『その点滅してる顔が二人にいてほしい場所。夏羽は建物の影から手榴弾の……えっと』
「九八式柄付手榴弾-丙?」
『そうそう。その特製とんでも手榴弾を投げて白軍騎馬隊を撃破してね』
『撃破?観察だけジャナク?』

トトの問いかけに和彦うーんと重々しく唸る。

『もうちょっと弱かったら高みの見物ができたんだけど。見物する前に黒軍がのされちゃいそうだから、強化兵を北側部分だけ残して他を削りたいなーって思って」
『じゃあ見つかる前にヤっちゃえっこと?』
『ヤっちゃえれば僥倖。傷をつけられれば十分ってとこかな。トトさんは建物の中から観察して夏羽にタイミング教えてあげて』
『りょーかい』


少し歩けば指定された地点にすぐにたどり着いた。夏羽は物陰に隠れるとその場に座り込んだ。
静かに時が流れる。夏羽はじっとトトの号令を待つ。

『ナツちゃん、来たみたいダヨ』

どのくらいの時が流れただろうか。トトの声で夏羽は手にした手榴弾をいじる。

『白軍、西から来てるネわ時速30キロくらいカナ』

『カウントするヨ。10,9,8,.....』
トトのカウントに合わせて右足を後方に踏み込んで構える。

『3,2,1っふぁぃあ!』

その声と同時に大きく夏羽は腕を振り落ろした。放射線を描いてそれは飛ばされる。
やがてカカンッと小さな音を立てて地面に叩きつけられたそれの上を騎馬隊が横切る。

刹那、激しい爆発音がその場を包み込んだ。

ーーーーーーーーーーーーーー

「北側が襲撃にあったらしい。馬車がぶっ壊れて馬に乗り換えたから速度が上がるそうだ」

南地区を駆け抜ける白軍騎馬隊。それを率いる新志は隣を走る悠生に言った。悠生はちらりと後ろの鋼鉄製の馬車を見る。

「……あの馬車が壊れるって。なんですか、手榴弾でも投げ込まれたんですか?」
「……さぁな。兎に角俺たちはこのまま敵軍に突っ込んで様子を見てから撤退だ」
「どうしてこんな無茶な進軍を考えるんでしょう。流石に私達もこれでは待ち伏せされて各個撃破されてしまうのでは」
「……今回は目的が目的だかららな」
「はい?申し訳ありません。もう一度お願いします」
「なんでもない」

小さな呟きを拾われなかったことに少し安心して新志は後ろの様子をちらりと見る。
4頭の白馬が率いる鋼鉄製の馬車には2名の白軍の制服を着た女がいる。首や腕に青いリボンを巻き、まるで人形のように微動だにしない以外は普通の女のように見える。が、この小隊の中で新志だけが彼女らがただの人間ではないと知っていた。

「しかも後ろの人は相方を突き落としたんでしょう?何考えてるんだかわかりません」
「ああ、俺にもわからない。でもそう言う命令が出たんだろうな」
「あれ、こっちの無線には指示は飛びませんでしたよ。命令系統が違うんですか?」
「ああ」
「それでは、」

尚問いかけようとした悠生を新志は一瞥した。そして再び前を向いた彼の表情は黙って走らせろ、と雄弁に語っていた。悠生は、失礼しました。と一言消えゆるように言って視線を前に戻す。

視線の先には黒軍の兵士がいるはずだ。い るはずだがまだその影は見えない。当たり前だ。黒軍はきっとまだ軍を展開させているところだろう。
今回は兎に角突っ込めと言う司令が出ている。馬は長時間の運用はできないため、本当に指示はタッチアンドリターンになるのだろう。
突っ込めと言う指示もおかしい。いや、騎馬隊の運用としては全くおかしくないのだが、「突っ込め」の後の指示が「その場で待機」なのだ。その上に「手を出すな」と。それでは我々騎馬隊は黒軍と接触した際には戦わず、恐らく後ろと、さらにその後ろにある馬車に乗っている3人を見守っていろと言う事なのだろうか。

そう思考を動かしているあいだ、カランカラン、と鉄が転がるような音がした。
隣の新志が何か叫び、悠生の腕を引っ張る。

その瞬間、 轟音が鼓膜を襲い、目の前が真っ白になった。

ーーーーーーーーーーー

『九八式柄付手榴弾、丁。着弾しました。馬車の破損は確認されていませんが、騎馬隊およそ30名の軽傷は確認しました。死亡者はいませんが戦闘可能状態にあるものは恐らくゼロかと』
『ありがと、沙羅ちゃん。そのまま周囲の警戒よろしくね。』
『了解しました』
『朔斗さんは強化兵の確認とできれば撃破。俊くんは退路の確保と朔斗さんのバックアップ』
「了解しました!朔斗さんの背中は己が守ります!」
「はーい。頼んだよぉ」

南地区009。その場所で潜んでいた赤軍2名が騎馬隊の前に歩いて出る。突然の轟音と閃光に驚いた馬たちは何頭かは騎手を振り落として走り去り、何頭かは地に倒れ伏してビクビクと痙攣している。その側で学徒たちも倒れ伏し気絶しているものが殆どだ。

それらを踏まないように朔斗と俊は中心にある鋼鉄の馬車のそばに歩み寄る。
沙羅の報告通り馬車には傷は付いているものの破損部は見られない。

「う〜ん。やっぱ閃光と音を入れると殺傷能力がなぁ。捕縛には使えそうだけど。案山子ちゃんに報告書提出しよう」
「朔斗さん、あいつらじゃないですか、件の、」

襲撃現場をぐるりと見渡す朔斗に俊は声をかける。
その場所に目を向けると倒れ臥す男がいた。その足首には青いリボンが巻かれている。

『ラブ様、強化兵は見えていますか?』
『うん!ばっちし見えてるよ沙羅ちゃん!そのヒト、朔ちゃんたちは見えてるみたいだね。攻撃に備えてね。黒軍にも映像を送るね』

七番の言葉が終わるや否や、倒れ伏していたその男はゆらりと蜃気楼のように立ち上がった。壊れかけたブリキ人形のようにガクガクと首と指先を動かした。あらぬ方向に向いた足をそのままに朔斗に向かってゆっくり歩き出す。

「きっもちわるいなぁ。これ本当に人間?」
『脳の指令で筋肉を収縮させながら動く人型の生き物を人間というなら人間だねー。痛みは完全にシャットダウンされてるなぁ。麻薬でも使った?』
「うーん。取り敢えず壊すけどいーい?」
『いいよー!』

ラブの声と同時に朔斗は引き金を引いた。こめかみ、それから30秒ほどまってから心臓を撃ち抜かれたそれはばたりと崩れ落ち、少し痙攣してから完全に動かなくなる。

『撃破確認。でも頭打った後も生命活動は止まってなかったよ。頭を狙うならしっかり延髄を狙ってね。他の場所を撃っても止まる保証はないよ』
「こわ……夢に出てきそう」
「まだ死ぬから。へぇきへーき」

幽霊の類が嫌いな朔斗がけらけら笑いながら怖がる俊に言う。朔斗は自分が撃ち抜いた男を跨いで馬車に寄る。
俊に手伝うように促して馬車を持ち上げる。かなり重いそれを少しずらすとその下敷きになった女が2人いた。2人も例に漏れず手首と首にリボンを巻いているが、手首にリボンを巻いた少女は首が少し潰れていて既に事切れている様子だ。

「うーん、生きてないよね?」
『頚椎がやられてるね。それと圧迫による窒息死だ。薬による驚異的な回復力、みたいな作用はないみたいだね』
「己、頚椎損傷治る薬が出来たらバカ売れすると思う」
『副作用半端ないだろうね。僕みたいに外に出れなくなっちゃうかも。…まって、隣の子、なんか言ってる』

その言葉に朔斗は首にリボンを巻いた女が を見る。彼女は目は虚ろに空を眺めていて口には笑みが浮かんでいた。俊は自分の首元にあるマイクを取り外し、女の口元に持っていく。

その場にいる3人と赤軍の司令室にその微かな声が言葉となって聞こえてくる。

『じーく、はいる、ろーてあーみー…さゆり、だいじょうぶよ、おねぇちゃんが、ちゃんと、まもって、あげるから、あかぐんが、たすけに、きてくれるから、へいきよ、いたくないわ、だいじょうぶよ、おねぇちゃんが、ちゃんと、まもって…』
「……最高に気分が悪い。実験なんて人でなしなことをやると思ってたけど、何あいつらにとっては他軍はただのモルモットなだけなわけ?」
「そんなの今に始まったことじゃないでしょ。ラブ、どうするのぉ?」
『ラブ様、この方を保護はできないでしょうか?』

沙羅の言葉にうーん、とラブは唸った後言う。

『わかった。受け入れの準備はおじさんに頼んでおくね。俊はちゃんとマイク消毒して、ウィンドジャマーは交換してね!』
「……うん」

小さく俊が頷き、マイクを離す。そして女を持ち上げようと屈んだその瞬間、女の体が大きく痙攣し、笑みを浮かべていたその顔が恐怖で引きつる。

「いや、いや、いやよ!やめて!これいじょうそれをいれないで!いやだ!さゆり!にげて!いや、いや!こわい!いたいよ!やだ!たすけて!いや、いやあああああああああああああああああ!!!!」

今度は無線越しではなく、彼女の口から、先ほどよりもずっと大きな声で叫び、最後に絶叫すると女は白目を剥きがくん、と落ちるように意識を手放した。

「え、ちょ、え」
『そんな…』
『……生命活動の停止を確認したよ』

戸惑いを隠せず絶句する俊と沙羅を地に叩き落とすように七番が言う。
中途半端な姿勢で固まって、それから地面にぺたんと膝をついた俊を横目に朔斗は女の首元のリボンを取り外し、沙羅に、そして司令室のモニターに映るように掲げる。

「これ、内側に針が入ってるんだけどぉ。見えてる?」
『見えてる見えてる。多分薬品を入れられたね。確かにこれなら遠隔操作ができる。それ、持って帰ってきてね!遺体は後回しして。南側はクリア扱いにするから俊くん沙羅ちゃんは一番初めにいた場所に戻って白軍の観察をしてだって!朔くんは取り敢えず夏羽ちゃんと合流してって』
「りょぉかーい。じゃ、2人とも頑張ってぇ」
「……はい」
『……了解、しました』

3人は各々返事をし、指示された持ち場に向かい、走り出した。事切れた3つの遺体を横目に。

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