▼黒軍3 中央区023 にて
「つまり、俺は夏羽と合流して、黒軍と白軍の交戦の観測をすれば良いんだな?」
中央地区023、地図上では西地区との境になる大通りの一角で、坂本雄一は辺りを見渡しながら言う。
『そうそう。ゆうちゃんは夏羽の補佐をしてくれればいいから。黒軍を追いかけつつ、交戦し始めたら教えてね。夏羽向かわせる』
無線の向こう側でがちゃがちゃと音を立てながら和彦が言った。白軍の思わぬ勢力の戦闘参加を確認したためか、その分析の準備をしているのだろう。
『取り敢えず黒軍を見つけたら連絡ちょうだい。件の白軍を見つけても交戦しないで様子見してね』
ああ、わかった。
そう返事をしようとした瞬間に、背後で声が上がった。
「あー!!」
突然の大声に雄一は地面を蹴り後退しつつ振り返る。
そこにいたのは黒い制服を着て、満面の笑みで雄一のいた場所を鉄パイプで殴打する男、黒軍の鉄平が居た。
避けられたのにもかかわらず彼は笑みを絶やさない。これから野球しよーぜ!と近所の悪ガキ仲間を誘うように彼は、
「坂本雄一!!よぉ!喧嘩しよーぜ!!」
と言いつつ、雄一へ鉄パイプを再び振りかぶる。
「うおっ、まじかよっ!」
『えっなになに』
「鉄が来た!」
『…え…はやすぎ…ひく……』
「お前ふざけてるだろ!」
和彦の言葉を聞き流しつつ、鉄平の猛攻も流しつつ雄一は口を開いた。
「俺、今お前とやり合う気全くないんだけど!」
「ん?なんで?」
なんで?と聞いてはくるが攻撃は止まらない。
「なんでもだ!チッたく、てめぇの相手は後でいくらでもしてやるから今は見逃せ!」
「んん?ほんとか?」
後ろに後退して大きく距離を取ると鉄平は鉄パイプを手首でブンブン回しながら首をかしげる。その様子に交渉の余地があると判断した雄一が言い募る。
「ほんとだ、ほんと!白軍が片付いたらの話だが」
「ふーん。じゃあ、わかった。…え?ああ、うーん、聞いてみる」
了承の後に鉄平は顔を少ししかめた。不快感ではなく、何かを聞こうとしているような仕草に通信機を通して誰かと会話しているように見える。
「なぁ、白軍の強化兵の情報、なにか知ってるか聞けってうちの司令が」
「……」
雄一は一つ深くため息をつくとまぁ、いいかと小さく言ってから言う。
「三方向に展開する騎馬隊、その一つの小隊につき4人の強化兵がいるそうだ。うち南側は脱落者無しだが中央側が1人死亡している。北側はうちの兵が奇襲をして1人は仕留めたが1人は傷ひとつないとさ。頑丈そうな馬車を恐らく一発で粉々にしちまったとかなんとか。…俺たちが持ってる確定情報はこれで全部だ。ちゃんと通信したな」
「あ、悪い。もう一回言ってくんない?」
「てめぇ」
無線をがちがち弄りつつへらりと鉄平をぐっと睨んで雄一は彼に近寄り右手を出す。
「貸せ」
「ほい」
思った以上にすんなりと了承した鉄平を信じられないようなものを見た、とでも言うように見返した後、ああそういえばこいつはそんなやつだったと思い返して、雄一は受け取った無線に向かって口を開いた。
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『赤軍所属、坂本雄一だ。不本意だが情報共有するぞ。話半分に聞いてくれ』
「……すごいな高峰くん。どうやったんだろう」
突如流れてきた無線の声に栞は感嘆の声を漏らす。鉄平に情報を聞けと言ったのは自分だが、まさかその相手が直接無線を介してくるとは思わなかった。
他の小隊の無線から戸惑いの声が聞こえはするが皆冷静そして真剣に聞いてくれているようだった。坂本雄一本人から話半分に聞けと言われてから逆に信ぴょう性が高まったのだろう。
『白軍の一番槍、騎馬隊三小隊だが、あんたらが予想した通り、我が軍は薬物による強化兵であると断定した』
「やはりか……」
栞はそう呟いて地図上の飛車をひっくり返した。龍王と書かれたその文字が異様に大きく見える。
『南北中央に展開した三小隊だが、1つの小隊につき2名の強化兵が配属されている。そのうち、北側と中央の小隊は1名ずつ死亡が確認されている。中央小隊の1人は突然馬車から突き落とされ轢死、そして北側はうちの兵…まぁいっか…朔斗が奇襲を仕掛け1人の殺害に成功している。が、1人は取り逃がしている。なんでも鋼鉄の馬車を粉々にしたとかしないとか』
朔斗というと、火箸朔斗のことで間違い無いだろう。彼は先の戦争でたった一人で仲間を5人やられている。しかも彼はその時大勢を見逃したというのだから、実力は計り知れない。そんな彼が追撃せず一時撤退を決めた相手。それだけで強化兵の強さが伝わってきた。
それが2人削れたとはいえあと4人もいるとぞっとする。
『以上が今現在確定している情報だ。…と言うわけで俺は引かせてもらうぞ』
「ちょっと待ってくれないか」
思わず声が出ていた。はぁ?というわりに律儀に待ってくれる雄一に栞は、
「協力戦線を組みたい。君たちの目的は強化兵の分析、我々の目的は強化兵の殲滅。我々が戦っている間に君たちは情報を取る。どうだ、目的は一致しているだろう?」
というと、雄一は少し沈黙する。しかし一つため息をつくと
『確かにそうだが、悪いが俺の一存では判断できない。悪いが、相談させてくれ』
とこれまた律儀に返してくれた。
向こうで少し話し声が聞こえるが、栞は正直無理だろうと考えていた。
しかし彼の予想は大きく裏切られる。
『いいってよ。無線番号は99089608959だ』
「……だれかパソコンを。データの入っていないものがいい」
半拍遅れて栞は通信兵たちに呼びかけた。
まもなく新品のノートパソコンが目の前に届けられ、栞は意を決して無線番号を入力する。
するとノートパソコンの画面が一瞬黒くなった後、東区二〇三八の地図が一面に出た。
その地図には赤い点がそれぞれほぼ均等な間を保ってまんべんなく表示されている。白い点は西区の端と南北中央に分布しており、黒い点は東区全域に広がっている。
……なんだこれは。
まるでもうすでに終わった戦争の勢力分布図を見ているようだ。白軍はともかく、黒軍の現在位置がしっかりと特定されている。
『やほー!こんにちはー!僕、幸運乃七番って言いまーす!今回は協力戦線を組んでくれるということで!』
彼らはどこからこちらを見ているのか。十手先まで見通されているのでは無いのか。そんな恐怖を断ち切るように陽気な声がノートパソコンの粗悪なスピーカーから流れ出す。
『申し訳ないんだけど、僕、PC室の助手だから主任じゃないんだよねぇ。ちょっと役不足かもしれないけど、よっろしくぅ』
「……ええ。よろしくお願いします」
『あ、でもでも、僕は画像とか動画とかの分析担当なんだよね!うちの軍から強化兵の観測情報が流れ次第すぐに僕が分析するから、そこらへんは白と赤の情報共有のタイムラグは無いはずだよ!』
心の底から申し訳なさそうに言う七番にとまどいながらも栞は地図上の赤い点を見つめた。
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